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第四十五・五話 エトワール異動事件

第三章 王城編 番外 になります。

ネタバレはありません。

本編で語られなかった空白の時間を書いていますので、本編と合わせてぜひお楽しみください♪

(今回の第四十四・五話は、第四十四話と第四十五話の間のお話になります。)

 ディアーナとの会食を終えて数週間。

 騎士団本拠地では、エトワールをめぐり、ちょっとした騒動が起きていた。

 事の発端(ほったん)は……ケイにとっては思い出したくもない出来事だが、およそ三日前にさかのぼる。


 騎士団本拠地、事務室。

 ここは、第六部隊の隊員のための部屋であり、基本的に一般の隊員はよほどのことでなければ訪れない。


 そんな場所に、なぜかエトワールは騎士団長自ら呼び出しを受けた。頭にはてなマークを浮かべつつ、エトワールはその扉をノックする。

 だが、返事はなく、エトワールはおずおずと扉を開けた。


「団長! どうするんですか、こんなに謝礼金をいただいて! 王妃様から突然……一体何をされたんですか? (もう)ければいいというものでもないんですよ!」

「団長! それならもう一人くらい、経理に人を(やと)いませんか?」

「あ、食堂を作るとかはどう?」

「そこまでのお金はありませんよ! だからこそ困るんです!」

「しょうがないですよ。団長って無意識に人を(たら)し込むところがあるし」

「あー……何か買い替えるものなかったっけ?」


 エトワールは、事務室の和気あいあいとした雰囲気……もとい、これでもかと騒がしい声に思わず目を見開いた。経理に人事、事務といった裏方仕事を一手に引き受けることで有名な第六部隊にはお堅いイメージがあったのだ。


「やぁ、エトワール。よく来たね」

 そんな第六部隊の真ん中で、書類の山に囲まれたシャルルが、(さわ)やかな笑みを浮かべる。

「あ、えっと……こんにちは?」

 第六部隊の面々は、あいまいな笑みを浮かべるエトワールの姿に目を丸くして、おしゃべりを中断した。


「お、エトワール君。来たね」

 シャルルの隣でひょこりと顔をのぞかせるのは、エトワールが入団した際に制服を仕立ててくれた人物である。街の広場で洋裁店を営んでいる男で、騎士団の制服などを作ってくれている。どうしてそんな人物がここに、とエトワールはますます首をかしげた。


「今日は、少し採寸をしてもらおうかと思ってね」

 シャルルは、エトワールを大きな鏡の前に立たせる。

「ま、楽にしててよ。そんなに時間もかからないはずだから」

 状況は呑み込めないが、シャルルの言うことだ。エトワールは、わかりました、と仕立て屋の男になされるがまま、両手を広げた。


「団長、説明が足りていないようですが」

 経理担当の青年から突っ込まれ、シャルルは書類から目を離さずに微笑む。事務用品のリストを(なが)める男も、

「どうみても、困惑してるもんね」

 とエトワールをかばう。


「エトワール君、第三部隊はどうですか? ケイ隊長は、怖くないですか?」

 エトワールに声をかけるのは人事担当の男。

(やはり、隊長は怖いと思われているのか)

 実際はあれほどよくできた上司も珍しいだろう、とエトワールは思うが、いかんせん見た目で損をしている。


 エトワールの左手の先から、右手の先までを測り終え、背中側へと男が巻き尺を当てていく。その間も、事務室でのしゃべり声は絶えない。

「あ、そうだ! 団長! エトワール君を経理にするなんてどうでしょう?」

 人事担当の言葉に、シャルルは、なるほど、とうなずく。

「そういえば、エトワールは、筆記試験の点数も良かったね」

「そうなんですか。でも、やめた方がいいですよ。……苦労します」

 経理担当の青年は一瞬目を輝かせたが、すぐに自分の境遇を思い出し、ため息を一つ。


「確かに。団長に文句やわがままの一つくらい言えないとね」

 クスクスと笑って、事務の男はシャルルへ書類を渡す。シャルルはそれを一瞥(いちべつ)すると

「コーヒーマシンの増設はしないよ。今年増やしたばかりだろう?」

 やり直し、と事務の男へ突き返した。

 エトワールはそんなやり取りを呆然(ぼうぜん)と見つめる。シャルルにわがままや文句など、考えたこともなかった。


「第六部隊って、もっとお堅いお役所のようなイメージでしたけど……なんだか、皆さん楽しそうで、すごく良いですね」

 エトワールが心の底からポロリと本音をこぼせば、皆どこか嬉しそうに微笑んだ。


 さて、そんなやり取りをエトワールたちがしているころ。

 偶然にも事務室の前を通ったケイの顔は青ざめた。わが部下であるエトワールが、第六部隊の事務室にいることも不思議だが、第六部隊がよい、といったエトワールの声がなぜかケイの耳について離れなかった。


 ケイは(あわ)てて隊長室へと向かい、そして中にいた同じく隊長としての責務を果たす同僚たちに声をかける。

「ぶ、部下が……!」

「どうした?! そんなに(あわ)てて」

 いつもケイをからかっては楽しんでいる第五部隊の隊長も、ケイの表情に今はそんな余裕などない、と察する。


「部下が、第六部隊の方がいい、と……俺が、普段から不愛想なのが原因だろうか」

 本当は、もっと和気あいあいとした雰囲気が良かったのかもしれない。エトワールは快活で、真面目な好青年であり、努力も(おこた)らず、ケイも認めていた。だが、それだけに、今エトワールを失うのは痛い。

「そりゃぁ、まぁ……そうかもしれんが」

 落ち着けよ、と第一部隊の隊長に言われ、ケイはようやくそこで席に着く。


 こうして、ケイの勘違いから始まった、エトワール異動事件は、三日とたたぬうちに尾びれや背びれがついて、騎士団の仲間内に広がっていった。


 ◇◇◇


 そんなわけで、今、現在、エトワールはケイの前で苦笑を浮かべる。

「えっと、僕は異動をするつもりはありませんが……」

 ケイは苦虫をかみつぶしたような顔で、頭を抱え込んだ。


 エトワール自身も、食堂で同僚から「第六部隊に異動するんだろう?」と(たず)ねられた時は驚いたが、ことの顛末(てんまつ)を聞いて、ケイという男にもずいぶんとかわいらしい一面があるものだ、と思わずにはいられなかった。


「す……すまない……」

 ケイの顔には、申し訳なさが半分、安堵が半分、入り混じっている。よほど、エトワールのことを気にかけていたようである。

 エトワール自身、あの第六部隊での採寸が一体何だったのか、シャルルからは詳しく聞くことはできなかったので、うまく説明できないことがもどかしいのだが。


「その……僕は、第三部隊が好きですし……それに、ケイ隊長のことも、尊敬していますから」

 とにかく、それだけは伝えておかなければ、とエトワールが言えば、ケイは目を丸くしてエトワールを見つめた。

 まさかそんなことを言ってもらえるとは思っていなかったのだろう。


 ケイは珍しく顔に柔らかな笑みを浮かべ、エトワールに手を差し伸べた。

「これからも、よろしく頼む」

「はい! ケイ隊長!」

 エトワールもその手を取り、明るい笑みを浮かべた。


「それにしても、どうして採寸なんか……」

「さぁ……シャルル団長のことですから、何かお考えがあるのでしょうけど」

 ケイとエトワールの疑問が解決されたのは、それから数週間後のことであった。

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