第二十五・五話 王女様のわがまま
第二章 ガーデン・パレス編 番外 になります。
ネタバレはありません。
本編で語られなかった空白の時間を書いていますので、本編と合わせてぜひお楽しみください♪
(今回の第二十五・五話では、二十五話目と二十六話目の間に起きた出来事を描いております。)
シャルルのもとに、ガーデン・パレスからの知らせが届いたのは、定例の国防会議が終わったころのことであった。
所長からの手紙を、警備についていた同じ騎士団の人間から受け取り、王城の長い廊下で立ち止まる。
掃除の行き届いた窓枠の縁に体を預け、その手紙を開く。
マリア以外の調香師からはすでにチェリーブロッサムの香りも受け取っており、残すは彼女だけ、となっていたところにこの知らせ。
「さて、どんな香りが完成したかな」
シャルルは思わず顔をほころばせた。
シャルルの大本命は何といってもマリアである。
先代のリラは、王妃様の専属の調香師であり、その孫マリアもまた、リラのレシピに基づいて調香を続けているとはいえ、王妃様がパルフ・メリエからの仕入れをやめないだけの腕前を持っている。
何より、仕事に対してのあの熱意。
他の調香師の熱意がない、といっているわけではない。皆、真剣に調香に向き合っているが……マリアほどの人物も珍しい。
寝食の時間を惜しんでまで、ひたむきに仕事に向き合う彼女の姿勢は、同じく仕事に心血を注いできたシャルルにとっては非常に気持ちの良いものであった。
「シャルル?」
名前を呼ばれて、シャルルは顔を上げる。美しいブロンドの髪が揺れ、淡いブルーがキラキラと輝いている。
(これまたずいぶんと……)
乙女の顔で駆け寄る少女の姿に、シャルルは苦笑した。
「ディアーナ王女。廊下を走られては、少々お転婆が過ぎるかと」
まだまだ子供だが、れっきとしたこの国の王女、ディアーナに、シャルルはできるだけ優しく声をかけた。
「ご、ごめんなさい!」
ディアーナも、我に戻ったかのようにその足を止め、そして姿勢を正して歩く。
「こんな時間まで会議でしたの?」
大人の使うような口調で尋ねるディアーナの、精一杯の背伸びが、シャルルにはかわいらしく映る。
「そうですね。ディアーナ様は、もうお眠りのお時間では?」
「子ども扱いしないでちょうだい!」
ディアーナから向けられる視線に、シャルルはつい作り笑いを浮かべてしまう。自らの勘違いでなければ、十中八九、ディアーナが自分に抱いている感情は、知らないほうがいいものであり……憧れと、羨望の紛い物である。
いずれ彼女を悲しませることがないよう、彼女に勘違いをさせぬように、とシャルルはいつも明確に線引きをする。
「失礼しました、ディアーナ王女」
子供扱いをするのもその一つであり、こうして王女様として扱うことも、その線引きの一つである。
ディアーナはどうにもそれが不服なようで、不機嫌を隠すこともなく頬を膨らませた。
「そういう言い方も嫌いよ」
シャルルは肩をすくめて苦笑する。
(これも、あなたのためですよ。ディアーナ王女)
ディアーナは、気を取り直したように、シャルルの手に握られている手紙を見つめる。
「ガーデン・パレスからの手紙?」
封を止めていたシーリングワックスの紋章を目ざとく見つけ、ディアーナは再び瞳を輝かせる。
「今度は何を企んでいるのかしら?」
ディアーナは子供らしい笑みを浮かべて、シャルルの方へずい、と体を寄せた。
シャルルは一方後ろへと体を引き、そして思案する。
ディアーナ王女への誕生日プレゼントの話を王妃様から依頼されたが、確かその契約の中に、ディアーナ王女へは内緒に、という文言はなかったはずである。
これくらいなら、契約違反にはならないだろう。
「ディアーナ王女へのお誕生日プレゼント、だそうですよ」
「本当!?」
まだ数か月は先だが、翌月にはディアーナ王女も婚約準備が始まるのだ。誕生日プレゼントが少々早まることには、ディアーナも気にならないらしい。
「明日、それを受け取りに行くのね!?」
こういう頭の回転の速さは、親譲りだろうか。シャルルは、まったく目ざとい、と笑みを浮かべた。
「ディアーナ王女は、音楽のお勉強があるのではなかったですか?」
「午後からよ! 早朝にでも出れば間に合うわ!」
待っていればいつかは必ず受け取れるプレゼントを、どうしてもいち早く見ておきたいらしい。
「王様も、王妃様も、朝早くにディアーナ王女がお出かけになられると知っては、驚かれますよ」
「だから、内緒にしてちょうだい! シャルル、あなたならできるでしょう?」
ディアーナはずいぶんとシャルルに信頼を置いているようだった。
まったく、わがまま放題な王女様である。
だが、ことの発端は自分である。言えばこうなることは予想できたが……ディアーナがマリアと出会うことに興味を示さずにはいられなかった、というのも一つの要因であろう。
お互いに良い刺激を受けることは間違いないのである。
「……わかりました。僕が言い出したことですからね、責任は取りましょう」
シャルルが笑うと、ディアーナはますますその瞳を輝かせた。
「それじゃぁ、明朝に」
おやすみなさい、とシャルルがディアーナに微笑みかければ、ディアーナは上機嫌でうなずき、再び廊下を駆け出して行った。
左右に揺れるブロンドの髪。彼女の後姿に、シャルルは思わず苦笑する。
先ほど、廊下を走ってはいけない、といったにもかかわらず、走り出してしまう彼女はやはりまだまだ子供なようだ。
「ディアーナ王女に、婚約者、ねぇ……」
シャルルはふっと笑みを浮かべた。
騎士団本拠地へ戻ると、案の定、ここにも仕事の虫が一人。寝食を惜しんで働くケイの姿を見つけて、シャルルは声をかけた。
「やぁ、ケイ。精が出るね」
昼間には巡回に出ていたように思うが、書類仕事をしているところを見ると、何か事件があったようである。
「お疲れ様です、団長」
ケイは眉間のあたりを軽く手でおさえ、シャルルの方へと視線を向けた。
「お疲れなところ悪いんだけど……」
シャルルが口を開けば、ケイの表情はさらに真剣なものへ変わる。
「明日の朝、ディアーナ王女がガーデン・パレスに行きたい、と言い出してね。僕と一緒に、警備を頼むよ」
ケイでなくても問題はないが、ガーデン・パレスにはマリアがいる。マリアもケイも、お互いに顔見知りの人間がいれば、多少の緊張もほぐれるだろう。
シャルルの言葉に、ケイはあからさまにげんなりとして見せたが
「わかりました」
と小さくうなずいたのだった。




