第十七・五話 二人の女子会
第二章 ガーデン・パレス編 番外 になります。
ネタバレはありません。
本編で語られなかった空白の時間を書いていますので、本編と合わせてぜひお楽しみください♪
(今回の第十七・五話では、十七話目と十八話目の間に起きた出来事を描いております。)
髪を乾かし終えたマリアの部屋を、トントンとノックする音が聞こえた。あとは寝るだけ、というタイミングでの訪問客である。
マリアがそっと扉を開けると、そこには同じくパジャマ姿のリンネが枕を抱えて立っていた。
「リンネちゃん!?」
マリアのすっとんきょうな声に、リンネはニカッと笑みを浮かべる。
「じゃじゃーん」
枕の陰から、お菓子の袋をいくつか見せたリンネは、
「お邪魔してもいい?」
とマリアに満面の笑みを浮かべた。
マリアは荷物を簡単にまとめて端の方へ寄せると、ベッドへと腰かけた。あいにくと一人部屋のため、椅子が一つしかないのだ。リンネは椅子に腰かけ、机の上にお菓子の袋を置こうとして手を止めた。
「これ、すごいね……」
マリアのノートが広げられたままだったのである。詳しい内容までは分からないが、ノートにびっしりと書かれた文字の細かさから、マリアがどれほどの努力家なのか、透けて見える。
「あ! ごめんね、すぐに片づけるから!」
「いいよいいよ! でも、汚しちゃ大変だから、少し避けておくね」
マリアが立ち上がろうとするのを制して、リンネはそっとノートを机の端へと動かす。
「マリアちゃんって、すごく真面目なんだね」
リンネの素直な褒め言葉に、マリアは曖昧に微笑んだ。もはや趣味の領域に近いので、真面目に努力している、という感覚すらないのだ。
リンネは少し思案してから、眉を下げて笑う。天真爛漫な笑みではなく、大人びた表情だった。
「もしかして、お邪魔だった?」
リンネなりに、色々と気を使ってくれているのだろう。こうして夜遅くとはいえ、部屋を訪ねてきてくれているのも、マリアが慣れるまでの間、リンネなりに世話を焼いてくれているのだ。
「まさか! リンネちゃんが来てくれて嬉しい。お泊り会なんて、学生の時以来だから」
ミュシャとは先日、パルフ・メリエで一夜を過ごしたが、それとこれとは話が別である。同性の友達、というのはもはや卒業して以来あまり顔も合わさなくなってしまった。
「それなら良かった!!」
リンネも、男性の割合が多いガーデン・パレスで、それも、年の近い女の子が来たとなれば、はしゃぎたくなるというもの。
二人は顔を見合わせて、笑いあった。
マリアが備え付けのポットでお湯を沸かし、持って来たトランクケースに入っていた茶葉を使って紅茶を注ぐ。カップは一人分しかなかったので、リンネは自らの部屋に取りに戻ったが。
「わぁ……! すっごく良い香り!!」
リンネは、ふわりと立ち込める爽やかなリンゴとシナモンの香りに目を細めた。
冬に作ったブレンドティーの残りだったが、どうやら気に入ってもらえたらしい。
「リンネちゃんが持ってきてくれたクッキーも、すごくおいしい!」
マリアも、リンネがくれたアーモンドクッキーに顔をほころばせる。甘さは控えめだが、小麦とバターの芳醇な香りと、ナッツの香ばしさが口いっぱいに広がる。
そこから二人の会話は、このあたりの美味しいパン屋やケーキ屋、カフェの話になり、それは大変盛り上がった。
「マリアちゃんは、いろんなカフェを知ってるんだね! うらやましいよ! 私なんか、一緒に行ってくれる人を探すのが大変でさ」
特にリンネは、若い世代の研究員が少ないこともあってか、普段の鬱憤をこれでもか、と晴らすようにしゃべり続ける。
「ガールズトークが出来て嬉しい!」
これをガールズトーク、と呼ぶのか、マリアには分からなかったが、マリア自身も同世代の女性と話をするのは久しぶりのことで、自然と笑みがこぼれた。
「あーあー。マリアちゃんが、ずっとここにいてくれたら良いのに」
リンネは口をとがらせて枕を抱え込む。その仕草が子供っぽくて可愛らしい、とマリアは目を細めた。
「マリアちゃんって、調香師なんでしょ? 植物にも詳しいんだし、ガーデン・パレスで働けばよかったのに!」
「ガーデン・パレスって憧れの場所だもんね、こうして立ち入れるだけでも夢みたい」
「このままずっと、ここにいてくれてもいいのに!」
残念ながら、期限付きで場所を間借りしているだけなので、それは叶わないのだが。
マリアはリンネの気持ちと、自らが置かれた現実の狭間で苦笑する。
「まだしばらくはいるから、その間にたくさん、ガーデン・パレスのことを教えてね。リンネちゃん」
どっちつかずの返事をすれば、リンネははぐらかされたことに気づいていないのか
「もちろん、まかせてよ!」
と胸を張った。
その後、二人並んで歯を磨き、いよいよ寝るだけ、というところで、リンネはマリアの隣、ベッドに腰かけてニヤニヤと笑みを浮かべる。
「ね、マリアちゃん」
「どうしたの?」
今日はこのまま二人で一緒にベッドで寝るのね、と学生時代を思い出していたマリアは、リンネの表情を見て、きょとんと首をかしげた。
「何か面白いことでもあった?」
「違うよ~! まだ、話してないことあるでしょ?」
リンネの笑顔に、マリアは思考を巡らせ、はて、と再び首をかしげる。リンネは、わざとらしくため息をついたまま、ボスン、とベッドへ寝転がった。
「教えて、リンネちゃん。ね?」
マリアも同じくベッドに寝転がり、そっとリンネの方へ柔らかな視線を送る。リンネは、
「マリアちゃんって、ずるい」
マリアの愛らしい表情に顔をしかめ、
「これは、男の人も放ってはおきませんなぁ」
と、おじさんくさいセリフをこぼした。
「ま、今度でもいいか。ね、ガーデン・パレスで、良い人が見つかったら、私に言ってね! 仲ならいくらでも取り持つから!!」
リンネはそういうと、マリアの手をぎゅっと握る。
「へ!?」
予想もしていなかったセリフにマリアがパチパチと目を瞬かせると、リンネはニヤリと微笑んだ。
「ど、どうしてそうなるの?!」
マリアが起き上がってリンネを問いただすも、リンネはそしらぬ顔。
「ふふ、マリアちゃんってば可愛い」
リンネは満面の笑みを浮かべると、ベッドにもぐりこんで布団をかぶってしまう。
「え、え!?」
顔を真っ赤にしたマリアの声にこたえる者はおらず、マリアもまた、リンネの隣にもぐりこんで
「リンネちゃんの方が、可愛いよ」
とその背中に呟いた。
リンネの背中が少しだけもぞり、と動き、マリアがクスクスと笑えば、
「もう! そういうところがずるいんだってば!」
と今度はリンネが声を上げたのだった。




