第十四・五話 騎士団長の根回し
第二章 ガーデン・パレス編 番外 になります。
ネタバレはありません。
本編で語られなかった空白の時間を書いていますので、本編と合わせてぜひお楽しみください♪
(今回の第十四・五話では、十四話目と十五話目の間に起きた出来事を描いております。)
シャルルとケイを乗せた馬車が、王城へと向かっていることに気づき、ケイは顔を上げた。
「騎士団本拠地へ戻らなくても良いのですか?」
「少し寄るところが出来たからね」
シャルルの表情はどこか楽しげだった。
王城前で馬車が止まり、ケイはシャルルに言われるがままに後をついていく。王城には何度も警備で訪れているが、慣れるものではない。
「謁見の間は初めて?」
「ええ、まぁ」
シャルルは、といえば緊張とは無縁のようで、目的地に向かってずんずんと進んでいく。
もしや、とケイは眉間にしわを寄せた。
謁見の間。王と王妃に認められた者のみが出入りできる場所。
自らと同じように騎士団の制服に身を包んだ青年が二人、大きな扉の前でシャルルとケイの姿を見止めて敬礼する。
「お疲れさま、調子はどう?」
「はっ! こちら異常ありません」
シャルルの爽やかな笑みとは対照的なケイの表情に、見張り二人は声のトーンを落とした。
「そ、その……何かあったのですか?」
シャルルはその言葉に首を傾げ、ケイの方へと振りかえって「なるほど」と苦笑する。
「何もないよ。通してもらってもいいかな?」
「で、ですが……」
青年二人はケイの顔をちらりと見やったが、シャルルがケイの肩を軽くたたくと、
「すまない、これはその……緊張、だ」
とケイも顔をしかめたままに答えた。
謁見の間に通され、シャルルとケイは深く頭を下げる。
「どうかしましたか?」
突然の面会にも関わらず、王妃は気にした様子もなく二人へ声をかけた。
「チェリーブロッサムの調香依頼のことでお話が」
シャルルもまた、王妃相手だというのに普段と変わらぬ様子で答え、ケイは思わずそんなシャルルを見つめてしまう。
(これくらいの人間でなければ、騎士団長は務まらない、か……)
「実は……」
都合の悪いことであっても、包み隠さず全て本当のことを伝えるのが騎士団長の務め。
それは、国が最悪の事態に立たされた場合でも、全ての責任を背負う覚悟があることの裏付けでもあった。
シャルルがことの顛末を話せば、王妃はうなずいた。
「事情は分かりました。ガーデン・パレスへの、マリアの立ち入りを認めましょう。ただし、今回はあくまでも特例です。不用意に他言しないように」
ガーデン・パレスは、王国最大の植物園であるとともに、王国直轄の研究施設である。関係者以外の立ち入りが許されていないのは、あくまでも動植物の生態を守るため。
マリアの許可が下りたのは、調香師という職業柄、植物の知識を有していることや、今までの調香の実績があるからだろう。
何より、とケイは横にいる騎士団長、シャルルを盗み見る。
絶大な信頼関係。騎士団長としての今までの功績によって、王族からの厚い信頼を受けていることが一番の要因であろう。
シャルルが言うなら、といったところか。
シャルルに倣って深く頭を下げ、謁見の間を出ると、ケイはようやく肩の力を抜いた。
「そんなに緊張しなくてもいいのに」
シャルルはケロリと言ってのけるが、今の王国でそんな態度をとれるのは、シャルルくらいなものである。どうすればそんな風に堂々と立ち振る舞うことが出来るのか、ケイには不思議でしょうがなかった。
「さ、王妃様からの許可はきっちりもらったし……次は、ガーデン・パレスに行こうか」
シャルルはのんびりと、まるでその辺の公園に散歩でも行くような口ぶりである。
「はぁ」
謁見の間に比べれば、大したことのない場所かもしれないが……ガーデン・パレスも、普段は立ち入ることの出来ない施設のはず。
ケイは、ますます騎士団長という立場……もとい、シャルルという男がどれほどの人間であるかを認識するのだった。
ガーデン・パレスの警備を顔パスで通り、シャルルは一直線に所長室へと向かう。ノックの後に「どうぞ」と男の声がする。
「こんにちは、所長」
お久しぶりです、と爽やかな笑みを向けるシャルルに対し、所長と呼ばれた男は、明らかに動揺した様子でひきつった笑みを浮かべた。
「お、おかけください。シャルル団長殿」
だらだらと冷や汗を拭いながら、ケイの方を一瞥して、
「そ、そちらの方も……」
と所長はソファをすすめる。
「そ、その……今日は、どういったご用件で?」
どうやら過去にひと悶着あったのか、所長は視線を彷徨わせている。ケイが怪訝な瞳を向ければ、「ひ」と小さな悲鳴が聞こえた気がした。
シャルルはニコニコと笑みをたたえながらも、その瞳は冷たいアイスブルーに光っている。
まるで、カエルとヘビ、とケイは心の中でそんなことを考えてしまう。
「いえ、実は、王妃様からのご依頼を受けましてね。急な話で申し訳ないが、ガーデン・パレスに一人、明後日から数週間ほど調香師をお迎えいただきたい」
「あ、明後日からですか! そ、それはまた急ですな」
「確かまだ、研究宿舎にいくつか空きがありますよね?」
シャルルの言葉に、所長の顔はすっかり青ざめ、言葉を飲んだ。
(そういえば、団長はどうしてガーデン・パレスの研究宿舎に空室があると知っている?)
ケイが首をかしげると、シャルルの笑みがより深みを増した。笑っているのに、恐怖感を与えるその表情には、ケイも思わず目をそむけてしまう。
「所長ご自身が、数年ほど前に解雇を言い渡した優秀な研究員たちのお部屋が、まだ空いたままになっているとお聞きしていますよ」
所長の顔がみるみる青ざめていくが、シャルルは笑顔で続けた。
「それにしても、皆様がお優しくて良かったですね。あんな不当解雇だったにも関わらず……示談金で和解いただけたようで」
結果的に、所長は「喜んでお話をお受けいたします」と頭を下げた。シャルルは満面の笑みで、ケイは不満をあらわにして所長室を出る。
「団長……」
顔をしかめたままのケイに、シャルルは肩をすくめる。
「僕は、必要なことならなんだってやるよ」
それが騎士団長としての責務であり、覚悟だ、ということはケイにも分かった。
「ま、所長に関しては、本当は降格か、クビか、どちらかにすべきだけど。後継者も育っていなかったし、本人も反省していた。何より不当解雇された研究者も納得していたからね」
実際、研究員たちが納得をした裏にも、シャルルが解雇された研究員たちの雇用先を見つけ、所長にもきついお灸を添え、示談金で和解してくれるよう交渉したからに他ならないが。
シャルルは
「ケイには、正攻法以外も覚えておいてほしいんだ。もちろん、こんな手を使わないに越したことはないし……ケイにはいつだって真っすぐでいてほしいけどね」
とどこか遠くを見つめて微笑む。
ケイは、そんなシャルルの姿に、まだまだかなわない、と思うのであった。




