05-08 襲撃
「賊!?」
まさか、こんな場所で襲われるとは思わなかった一行である。
「ここは、峠から急勾配で下りてきた場所。峠からは見えない。距離もあるし衛兵も気が付かない」
エルザが冷静に分析する。
「普通は上から攻めるのが有利。だけど、こっちは武装していない。逃げ道は上。でも勾配がきつくて難しい」
「そうか、そういう場所と知って襲ってきたんだな」
「多分だけど。私が往復すると見越して、待ち伏せていた」
ポトロックへ行ったならば、ほとんどの場合、同じ道の往復となる。それを狙われた、とエルザは言った。
「賊の人数は?」
仁の問いに、礼子が窓を少し開けて外を見た。
この馬車には簡単だが魔法結界の魔導式が描かれているので、中からの気配察知は難しく、目視によることになる。
「10人、いえ、11人です」
襲ってきているのが10人で、後1人は離れた場所に立っている、と礼子が報告した。
「そうか。あ、そうだ。こんな時で何だけど、エルザ、これをあげる」
仁は身の回りの小物を入れている袋から指輪を取り出し、エルザに差し出した。
「……? ジン君?」
怪訝そうな顔で仁が差し出す指輪を見つめるエルザ。
「あのな、この指輪は俺が作ったもので、保護指輪と言うんだ」
そう言って、エルザの手に押しつけるようにして渡す。
「とにかく、はめてみてくれ」
「ん」
指輪がはまるちょうどいい指を探すと、左手の薬指だった。なぜかちょっと嬉しそうな顔で指輪をはめるエルザ。
「はめてみた」
「よし、1分もすれば魔力が馴染むから、発動の魔鍵語、『バリア』と唱えれば、大抵の攻撃は防ぐことが出来る」
「……え?」
「詳しく話している暇はない。礼子、『桃花』はどうした?」
「はい、荷物の中です」
さすがに刀を常時携帯しているわけにはいかないので、馬車の後部にある収納スペースにしまってあった。
「よし、出してこい。そして、賊を迎え撃て」
「はい」
「ジン君、あなたたちはここでじっとしてて。賊なら私たちで対処する」
エルザがそう言うが、仁は首を振って、
「そういうわけにもいかないだろ。非常時なんだ、みんなで力を合わせて切り抜けなきゃ」
そう言って、礼子と共に馬車の外へ出た。そこには乳母がいて、短いナイフを手に、馬車を守ろうと身構えていた。
「あなたたち?」
「俺たちも戦える。手伝いますよ」
エルザも一緒に出ようとすると、
「お嬢様! いけません!」
乳母は必死にそれを止めようとする。仁も、
「エルザは中に入っていてくれ。この馬車、魔法防御が施されてるんだろ?」
「……わかるの?」
「ああ。だから、中にいた方が安全だから」
だが、エルザは言うことを聞かず、馬車を出て降り立った。
「お嬢様……」
乳母はもう涙目である。エルザは平然として、
「力を合わせるなら、私は魔法が使える。だから私もやる」
そう言って坂の下を見る。
今、正に賊が護衛と接触するところだった。
「貴様等! ショウロ皇国子爵令嬢の馬車と知ってのことか!」
執事が大声で怒鳴った。
「知らねえよ、誰の馬車かなんて、そんなこたぁどうでもいいんだ。金になりさえすりゃあなあ!」
そう言って先頭の賊が、剣を大上段に振りかぶって斬り掛かってきた。
それを受け止めたのは礼子を撫でたいと言っていた護衛の男。
「そうかい、それは残念だったな! 金ほしさに命落とすことになるぜ!」
護衛の男は相手の剣を受け止めた後、滑らせるようにしてその刃筋を逸らし、賊の懐へと入り込む。そして剣の柄で鳩尾を一撃。
斬り捨てない理由はただ一つ。エルザに血なまぐさい場面を見せたくないためだ。
「ぐぇっ」
護衛としての腕は確かなようで、その一撃で賊は気を失った。
「お嬢様には指一本触れさせん!」
その横では、執事が警棒のような杖を振るい、賊の剣を弾き飛ばし、脳天に一撃を喰らわせて昏倒させていた。
だが、残った下男は、棒を持ってはいるものの及び腰で震えている。馬車を守るので精一杯なようだ。
そんな3人を振り切って、エルザ達の方へ4人が駆けてきた。
「お嬢様! 何で外に出てらっしゃるんですかあ!」
執事が叫んでいるが、エルザは気にせず、右手を水平に差し出す。そして、
「風の弾丸」
見えない弾丸を大量に発射した。
「ぐ、何の!」
だが、1発1発は大した威力のない風の弾丸、賊達は顔を庇いながら、じりじりと接近してくる。
「礼子、行け!」
「はい」
エルザの矜恃を考え、初手を譲ったが、これ以上は危ない。仁は礼子に指示を出した。
「ん? ちびっこが何する気だ?」
10歳くらいの女の子に何が出来る、と鼻で笑っていた賊達だったが、礼子が手にした『桃花』を振るうとその顔色が変わった。
「な、何だ!?」
『桃花』の1振りで賊の持った剣が根本から無くなった。折られたのではない、『斬ら』れたのだ。
「う、うわあ!」
2振りで2人の剣が、3振りすれば3人の剣が斬り飛ばされた。そして4人目は辛うじてその剣を振りかぶることが出来た、が。
「ひい!」
賊の頭上をかすめるようにして跳んだ礼子に、その剣も斬り払われた。そこへ、
「風の一撃」
エルザが魔法の一撃を放った。
「がはっ」
風の中級魔法をもろにくらい、賊は吹き飛ばされ、そのまま起き上がってくることはなかった。
「あと3人」
エルザが目を転じると、残った3人は既に礼子が峰打ちで気絶させていた。
「これでこちらは大丈夫だ」
仁がそう言うと、
「お嬢様、魔法が使えるからといって、無茶なさらないで下さい。ミーネの寿命が縮まってしまいます」
と乳母。エルザはそんなミーネを言葉少なに宥めていた。
「そろそろむこうもけりが付きそうだな」
仁が呟く。その声にエルザも坂の下に目をやる。
執事と護衛の活躍で、賊4人が地に伏せており、今5人目が執事の足元に倒れるところであった。
「執事さんも強いんだな」
「うん。アドバーグは格闘技の達人」
「そうなのか」
「そしてヘルマンは騎士級の剣の使い手」
護衛はヘルマンというらしい。今、6人目の賊が倒されたところである。
これで残るは遠くで眺めている1人を残すのみ。
そう思った矢先のことであった。
「ひゃはあ! 油断したなあ!」
そう叫んで2人の賊が坂の上から飛び出してきたのだ。
「きゃあ!」
賊の剣にミーネの短剣が弾かれ、血が飛沫く。肩から斜めに切られ、ミーネは倒れた。
「ミーネ!」
「……える……にげ……」
そしてもう1人の賊はエルザに襲いかかった。
慌てたエルザは保護指輪を使う事も忘れ、頭を抱えてしゃがみ込んでしまう。
「バリア」
仁がしゃがみ込んだエルザに覆い被さるようにして庇い、魔鍵語を唱える。
次の瞬間、賊の振り下ろす剣が仁を襲う。が、その剣は見えない障壁に阻まれ、仁に届くことはなかった。
「な、何で?」
信じられない、という顔で一瞬固まる賊、その次の瞬間には礼子の刀で峰打ちに叩きのめされていた。もう1人の賊も既に気絶している。
だが、ミーネは賊に斬りつけられ、深い傷を負ってしまっていた。
「ミーネ、大丈夫? しっかりして! 『治せ』」
駆け寄るエルザ。即座に治癒魔法をかける。が、傷は深く、なかなか血が止まらない。
「お嬢様……ありがとうございます……もうよして下さい……」
青い顔で治療を断るミーネ、無駄だと思っているのだろうか。
「だめ。あきらめない。『治せ』」
少しは傷が塞がるのだが、傷はあまりにも大きく、焼け石に水。
見かねた仁は、礼子に周囲の警戒を解かないよう命じてから、
「エルザ、ちょっと俺にやらせてくれ」
そう言ってミーネのそばに寄り、
「『快癒』」
腕輪の魔法を発動させた。
中級の治癒魔法だが、腕輪と仁の大きな魔力に支えられたそれは、上級魔法並の効果をもたらす。
見る間に血が止まり、傷口が塞がった。
「もう大丈夫だ」
仁の言葉を聞き、涙目で見ていたエルザはミーネに縋り付き、
「ミーネ、よかった……」
「お嬢様……」
そんな2人を見て仁もほっとし、
「傷は治ったけど、大分血を流したから、無理はしないほうがいい」
そう言って顔を上げる。
最後に残った賊が動いた。
固まって襲ってこなかったので、礼子といえども1振りで3人4人の剣を斬り飛ばせなかったのです。桃花は50センチくらいしかありませんしね。
護衛さんもやっと名前が出て来ましたね。
お読みいただきありがとうございます。
20130522 20時15分修正
(旧)仁が魔鍵語を唱え、しゃがみ込んだエルザに覆い被さるようにして庇った。
(新)仁がしゃがみ込んだエルザに覆い被さるようにして庇い、魔鍵語を唱える。
庇ってからバリア張らないと。逆でしたね。
20130617 16時33分
表記の統一
「お嬢さま」を特に理由のない限り「お嬢様」に統一します。
20140508 誤記修正
(誤)エルザ、これを上げる
(正)エルザ、これをあげる
20150626 修正
(誤)3振りすれは3人の剣が斬り飛ばされた
(正)3振りすれば3人の剣が斬り飛ばされた
(誤)即座に『治療』をかける
(正)即座に治癒魔法をかける
(旧)「ミーネ、大丈夫? しっかりして!」
駆け寄るエルザ。即座に『治療』をかける。
(新)「ミーネ、大丈夫? しっかりして! 『治せ』」
駆け寄るエルザ。即座に治癒魔法をかける。




