05-03 私に触れるな
「……と、いうわけだったんだよ」
仁は必死でエルザに説明をしていた。その甲斐あってか、ようやくエルザも誤解だったことを理解したようである。
「そうだったの? でも自動人形が情緒不安定……聞いたことがない」
「礼子はいろいろ特別だから」
そう言って仁は空を見上げる。もう星が出始めていた。
「そろそろ中に入ろう」
そう言うとエルザも肯き、2人は庭から部屋へと戻る。
「おや、お散歩でしたか」
そこにやってきたのは乳母。彼女は仁に冷たい視線を投げた後、
「夕食の仕度が調ったそうですよ」
それでエルザは乳母と一緒に食堂へと向かった。仁は一旦部屋へ戻り、礼子を連れてくる。
礼子は仁にだけ聞こえるように、自分は食事を必要としませんと言うが、仁はそれに対して、
「でもまあ、ここの村長にまでお前が自動人形だってことを教える必要もないからな」
そう言い聞かせたので礼子は素直に肯いた。
ところで礼子は食事のまねごとは出来る。あとでこっそり排出しなければならないのだが。
因みに排出は固形化した食物を更に圧縮、玉状や針状にしたものを口から出す事になるが、攻撃にも使えるので、ある程度は体内に溜め込んでいる。
更に付け加えると、口の中には分析機能があって、仁の好みの味などを分析し、料理に生かせるようになっている。本来は毒などの検出機能なのだが、仁が強化した結果がこれである。
その日の夕食は豪華だった。はっきり言って仁は初めて食べるようなものばかり。
高級料理にはまるきり疎いので、料理名を聞いてもさっぱりわからない。『シャリーフのブルスケッタ』とか『ゲクブルルのアヒージョ』とか『アウフラウフ』とか。
好き嫌いはないので、食べるには困らなかったが、こちらのマナーがわからず、エルザの見よう見まねで食べたのでなんとなく気疲れし、食べた気にならなかった仁である。
* * *
その夜、仁が部屋でくつろいでいるとドアがノックされた。
たまたま礼子が多すぎた食べ物を排出しに行っていて不在だったため、仁が開けてみると、立っていたのはエルザの乳母。
近くで良く見ると、まだ20代とも見えるほど。栗色の髪を頭の後ろでまとめ、茶色の瞳をしている。
「どうぞ」
仁の招きを断った彼女は、
「ジンさん、お嬢様の乳母として申し上げておきます。ご一緒の馬車に乗っていいとお嬢様がお許しになったからといって、決して勘違いなさらないように。不埒な真似をしたらねじ切りますから」
「は、はあ」
何を勘違いするのか、何をねじ切るつもりなのかさっぱりわからない仁だったが、前世の経験で、こういう物言いをする女性には絶対に口答えをしてはいけないとわかっているので素直に肯いておく。
「わかっていればよろしい。では」
それだけ言うと彼女は身を翻して去っていったのだった。
ドアを閉め、どういう意味だったのか考えてもわからなかったので、仁は悩むのを止めて寝ることにする。
ちょうど礼子も戻って来たので魔導ランプの明かりを消し、布団に横たわるとさすがに疲れていたのか、仁はすぐに眠りに落ちた。
* * *
翌朝は早めの出発であった。次の宿泊地になるモフト村までが少し遠いのだそうだ。
焼きたてのパンとヤギに似た家畜の乳、それになにやら野菜の塩漬けで朝食を済ませた一行は、村長に見送られながら、フラットヘッド村を発ったのである。
朝日に映えるフラットヘッド山は美しかった。
「あー、結局ダンパーを作れなかったなあ」
不安定になった礼子を宥めるのと、エルザの誤解を解くのに忙殺され、ダンパーの開発が出来なかったのだ。だが礼子が、
「大丈夫です、お父さま。今度は私が癒してさしあげます」
そう言ったものだから同乗するエルザの目が丸くなった。
「え? もしかして、レーコちゃん、癒しの魔法、憶えたの?」
「はい、おかげさまで」
「……」
絶句するエルザ。それはそうだろう。たった1度見聞きしただけの魔法を再現できるというのは並大抵の事ではない。
* * *
普通は詠唱、イメージ、魔力、それに加えて『魔法のカタログ』とでもいうべきものを『記録』している『資料庫』に接続する才能と精神力。
これら全てが適切でなければ魔法は発動しない。
『魔法が使えない』ということは、それらのどれかが足りないと言うこと。
仁が攻撃魔法をほとんど使えないというのは、そのうちの『攻撃魔法の資料庫』に接続出来ないためだ。
逆に、『工学魔法の資料庫』へはほぼ無制限のアクセス権を持っているといえよう。こればかりは持って生まれたものなので、致し方ない。
魔法をコンピュータープログラムに例えて言えば、呼び出し可能な関数が『資料庫』に存在するといえる。
y=sin(x)という関数を呼び出すかわりに、四則演算(加減乗除)だけで三角関数を解けるかどうかというような話に例えればいいだろうか。
すると、なぜ被造物である礼子が仁以上の攻撃魔法を使えて、にもかかわらず工学魔法に制限があるのか、という疑問になると思う。
これは、攻撃魔法を初めとする通常の魔法は、その結果が単純であるため、イメージしやすいことがある。同時に発動させる『関数』も比較的簡単なものが多い。
対して工学魔法は、結果だけでなく過程までイメージする必要があるため、使う者を選ぶのである。
最高品質の魔結晶に、最高の技術で書き込まれた魔導式による頭脳を持っているとはいえ、礼子のイメージ力、創造力は仁に及ばないのである。
逆に、『攻撃魔法の資料庫』に接続出来なくても、体内の記憶用魔結晶に『関数』を書き込むことさえ出来れば、次からは参照すればいいので、礼子は大抵の魔法を憶えることが出来るのだ。
仁が自分用に作った腕輪も同じこと。
但し、書き込めないほど複雑だったり方法がわからなかったりした魔法は無理である。まあ仁や礼子の解析能力だと既存の魔法はだいたい分析できてしまうのだが。
* * *
「礼子には一部、古代遺物の技術が使われているからな、出来るんだよ」
仁はそう説明するに留めた。まあ嘘ではない。全部も一部のうちであるから。
『古代遺物』の名を出されたエルザはそれ以上疑問を挟むことはせず、口を噤んだ。
今日は窓から外を眺めている仁。その方が酔いにくそうだからだ。
街道は次第に登りに変わっていく。部分的にかなりの急勾配も出て来た。この世界の馬は力強い。2頭立てでこれだけの馬車を引いているのだから。
「ジン君、そっち行っていい?」
エルザが言う。確かに、上り坂で後ろ向きに腰掛けていると揺れた拍子にずり落ちそうになるだろう。
「ああ、いいよ」
3人掛けであるし、礼子は小さいので十分余裕がある。仁は少しだけ窓側に体を寄せた。それに合わせて礼子も仁によりそうようにくっつく。
必然的にエルザは反対の窓側に座ることとなる。
「この先はずっと登り。今日の宿泊地、モフト村はハンバルフ峠の下に広がるなだらかな傾斜地に作られた村。主要産業はチーズ」
そうエルザが説明してくれる。確かに、もう2月も終わりというのに、次第に風景は冬に逆戻りしているようだ。
「山だけど雪はほとんど無い。そういう地域を選んで街道が通っているから」
エルザも礼子の魔法習得に驚いていたようだが、それなりに納得したか、昨日のように話をしてくれる。
その時、がたん、と馬車が一際大きく揺れたかと思うと、傾いだまま止まってしまった。
「お嬢様! 申し訳ございません、穴に車輪を取られました!」
御者の声が響いた。
3人は急いで馬車から降りる。そのあたりは斜面を横切るように付けられた道で、上から流れてきた水のためにところどころが抉れており、その穴の1つに馬車の車輪がはまり込んでしまっていた。
「ほれ、がんばれ!」
普段無口な御者が、馬を励ますように怒鳴り、鞭をくれる。が、いくら強い馬とは言え、かなりきつくはまり込んでしまった車輪は動き出さない。
先を行っていた馬車もそれに気付いて止まり、4人の従者が降りてきた。
「エルザ様、おまかせ下さい」
そう言って乳母以外の3人は馬車を持ち上げようと力を込めた。が、馬車の重さと、きつくはまり込んだ車輪はびくともしなかった。
見かねた仁が、
「礼子」
と一言言うと、
「はい、お父さま」
そう短く返事をして、男達を押しのけるようにして馬車に近づいた。
「おいおいお嬢ちゃん、何するつもりだい?」
1人が乱暴な言葉遣いでそう言ったが、礼子は取り合わず、服が汚れるのも構わずに馬車の下へもぐり込み、
「えい」
馬車をかついで立ち上がった。
「な……!」
「お、俺たちゃ夢見てるのか?」
小さな女の子が、馬車を両手で持ち上げ、更にそれを運んでいく光景を目にして、男達3人はぽかんと口を開けたままそれを眺めていた。
何せ、2頭の馬までが半ば足を浮かせてしまい、引き摺られるように移動していたのだから。
荒れた路面が無いところまで馬車を移動させると、礼子は馬車をそっと下ろし、戻ってきた。少々泥が付いていたが、体を一振りすると汚れは取れてしまう。レア素材ならではだ。
「ご苦労さん、礼子」
仁は戻ってきた礼子の頭を撫でて褒める。いつもに増して嬉しそうな礼子。
「レーコちゃんは自動人形なのにゴーレム並みの力があるの?」
エルザも驚いたようにそう尋ねる。
「ああ、そうだよ。っていうか、前に見たじゃないか。ポトロックのドックで」
エルザはそう言われて、あの時はゴーレムに襲われて気が動転していた、と言った。だから今まで忘れていた、とも。そして、
「普通の自動人形は人間と同じくらいか、ちょっと強いくらい。あんな力が出せる自動人形なんて見たことない」
「そうなのか……」
そんな会話をしていたら、さっき礼子に声を掛けた男がやってきて、
「なあなあ、お嬢ちゃんって自動人形なんか?」
「そうですが」
礼子がそう答えるとその男は、
「……俺も撫でていいか?」
と聞いてきた。だが礼子は冷たい声で、
「駄目です。許可無く私に触れていいのはお父さまだけです」
と言い放ったので、その男はがっくりして引き下がったのだった。
「……彼は娘さんと離れて半年くらいたつ。だからレーコちゃんを撫でてみたかったんだと思う」
エルザがそうフォローした。話を聞くと、彼が護衛役だといった。あれでも剣の達人なんだそうな。
遅くなるとまずいので、一行はそれからすぐに旅を再開した。
うっかりこちらの本文が1話前に混じってしまい、大変ご迷惑をおかけしました……
えー、礼子が食べたものをどうやって処理するか考えた結果、固めて口から発射出来る事にしました。ほかから出すのはなんかいろいろイヤだったので。
某修羅の技みたいに「●霞!」とか。
シャリーフのブルスケッタはトマトみたいな果実をトッピングした焼いたパン、ゲクブルルのアヒージョは豚肉みたいな味の肉を煮込んだもの、アウフラウフはお好み焼きみたいなもの。
(現実の料理とは関係ありません、それらしい名前を借りただけです)
魔法理論。ゆ●理論ぽいトンデモ理論です。読み飛ばすなりそういうものなのだと諦めるなりして下さっても結構です。
『魔法のカタログ』を『記録』している『資料庫』、まあその世界の法則を決めている場所、アカシックレコードのようなもので、現実世界に比べてかなり緩いのでしょう。
そこへアクセス出来る才能を持った者が魔法使いである、というわけです。
更に才能があると、そこへオリジナル魔法を書き込めるのです。
礼子は高度な工学魔法を使えても使いこなせないというわけです。
お読みいただきありがとうございます。
20131205 11時59分 誤記修正
(誤)だからレーコちゃん撫でてみたかった
(正)だからレーコちゃんを撫でてみたかった




