03-22 謎が解ける時
「それでは、お互いの健闘を讃えて、乾杯!」
今、仁、礼子、マルシア、ラインハルト、エルザの5人(4人と1体)は、先日の高級レストランで祝賀会をしていた。
仁もマルシアも、大会終了後、貴族やら金持ちの商人やらに勧誘されて辟易していたので、ラインハルトからの誘いに喜んで乗ったのである。
「いやあ、ジン、君には負けたよ! まさかローレライが敗れるとはね」
「ほんと。最終ステージ、ローレライがオーバーワークした時は信じられなかった」
ラインハルトもエルザも、素直に負けを認めていた。
「ジン、とりあえず一つだけ教えてくれ」
とりあえず、と言っている所を見ると、いろいろ聞きたいこともあるらしい。
何だい、と仁が言えば、
「君がこの大陸へやって来たという転移門のことだ」
やはりその話が出たか、と仁は内心で思っていた。
「ああ、だけど、あまり教えたくはないな。万が一、壊されでもしたら、故郷へ帰る手段が無くなってしまうから」
無難な断り方をする仁。それを聞いたラインハルトは確かに、と肯き、
「うーん、そうか。調べてみたかったんだが、駄目か……」
「ライ兄、誰にでも一つや二つ、他人に言えないことはあるもの」
エルザがそう言った。この場合には若干相応しくない気もするが、ラインハルトはそれで引き下がった。
「悪いな。でも、いつかきっと、俺の本拠地に招待するから」
半分外交辞令で仁がそう言うと、ラインハルトが食いついた。
「おお、そうか! それは楽しみだ! 明日から僕は外交官としてこの国の首都へ出向かなくちゃならん。残念だが、いずれ必ず伺わせてもらおう!」
「あ、ああ」
まずいことを言ってしまったかな、とちょっとだけ後悔する仁であった。
それからは競技の話で盛り上がりながら食事が進む。
話題は、仁と礼子が捕らえてきたゴーレムの話になった。
「結局、操船者のリーチェには不正が見られなかったので、逮捕はされなかったな。バレンティノは拘束されて取り調べ中だ」
「うーん、まあ納得いく、のかな?」
バレンティノにいろいろ含むところのあるマルシアは複雑な表情だ。
「マルシアはいろいろ苦労したもんな」
仁はそんなマルシアの気持ちはわかる。
そんな2人を見て、ラインハルトは、苦労話を聞かせてくれ、と頼んだ。
普通ならあまり話したくもない内容なのだが、優勝して浮かれていたこと、ワインを飲んでほろ酔いになっていたことで、マルシアは出場までの苦労の話をし始めたのだが、
「何? ちょっと詳しく、順序立てて話してくれ」
と、いつになく真剣な顔つきでラインハルトが聞き返してきたのである。
それでマルシアは、ぎりぎりまで魔法工作士が見つからなかった事から始めて、魔石が買い占められていたこと。
更に青銅も倍の値段を吹っ掛けられたこと、品質の悪い青銅を売りつけられたことを話す。
「うーん、その後か、あの放火騒ぎは」
ラインハルトが消してくれた火事もあった。あれは完全に船を狙ってきていた。
と、その時、今この時を置いて話す機会もないだろうと、仁も口を出すことにした。
「あのな、実は、予選の前々日の夜なんだがな……」
礼子が撃退、遠くへ捨ててきた侵入者の話をした。
「なん、だと。うーむ……」
額に指を当て、考え込むラインハルト。
「ライ兄はこう見えても頭がいい」
エルザが微妙なほめ方をする。
「伊達に外交官任されてるわけじゃない」
そのラインハルトはしばらくすると考えがまとまったらしく、顔を上げ、
「まず言えることは、マルシアを出場させたくなかったという意図があったということだな」
仁はそれに同意し、
「ああ。だけど、その理由がわからない。なぜマルシア限定なんだ? 他の参加者は無視しているだろう?」
ラインハルトはにやっと笑うと、
「僕が考えていたのはまさにそこさ。ひょっとすると、狙われたのはマルシアじゃなくて、船かも知れないぞ?」
「えっ?」
つまり、とラインハルトが続けて説明したのは、双胴船を消したかったのではないか、と言うことだった。
「消したい、って誰が?」
「もちろん、バレンティノさ」
競技に出られなくなれば、マルシアの話から見て、双胴船を手放さざるを得なくなる。そうすれば、多少金を積めばマルシアは自分に売るだろう。ラインハルトはそう推理する。
「まあ、お金もなかったしね、来年までの維持費もあるから、金額によっては売っただろうね、相手があのバレンティノでも」
マルシアがラインハルトの推理の裏付けをした。
そして、彼の推理はまだ続く。
「マルシアが競技参加資格を得たからには、競技終了までは船を買い取ることなど出来ない。そこでとった手段が放火だ」
これにより、船が欲しいのではなく、船があっては困るらしいということがわかるんだ、とラインハルトは説明した。そこで彼はワインを一口飲んで喉を潤し、先を続ける。
「放火が失敗した。船にはジンが作った自律型のゴーレムが乗っている。下手に手を出すと、犯人が特定される可能性がある」
一同、口を挟むことなく、ラインハルトの推理に耳を傾けていた。
「そこで最後の手段に出た。マルシアに危害を加えるもしくは誘拐する等して競技に出られなくする手だ。だがそれも失敗」
いつもとは違う顔つきで説明するラインハルトはまるで別人のようだった。
「最後の最後の手段があの水中ゴーレムだ。だがその企みもレーコ嬢の活躍で水泡に帰した。ついでに他の船も邪魔してあわよくば優勝を狙ったなんていじましいじゃないか」
つまり、とラインハルトはそこで一呼吸置き、
「双胴船を調べれば何かわかるに違いないぞ」
と締めくくった。
今、1位から3位までの船は競技委員会の管理下にある。おいそれと手を出せるものではないが、これまでの手口を見ていると安心は出来ない。
まして、バレンティノは領主補佐である。まあ今はいろいろと取り調べを受けているかも知れないが。
「調査するなら早い方がいいな」
ラインハルトのその言葉に、一同は残った料理を手早く片付けると、連れ立ってレストランを出た。もう外は真っ暗である。
魔導ランプに照らされた街路を歩き、港へと向かう。夜の潮風はひんやりとし、ほろ酔いの顔に心地よかった。
歩きながらラインハルトはマルシアに質問を投げかける。
「あの双胴船、造ったのはいつ頃だい?」
マルシアは少し考えて、
「2年前、かな。それからちょこちょこ手直ししたけど。ああ、去年、大改造をしたっけ」
「去年、か……バレンティノがマルシアを妾にしたいと言い出したのは?」
「去年……あっ!」
やはり、何か関連性がありそうである。
やがて一行は港にある公営のドックに着いた。一応守衛が1人番をしている。
「ご苦労さん。ちょっと船を見てきたいんだが、いいかな?」
2位のチーム、『青い海』のオーナーであり、賓客のラインハルトの意向である。守衛は一つ頷くと、ドック通用口の鍵を開けた。
簡単に礼を言って中へ入る。真っ暗だが、明かりの魔法を仁、礼子、ラインハルト、エルザが使ったので十分に明るくなった。
「さて、マルシア、船を調べてくれるかな?」
船を造ったのはマルシア、さっそく調査にかかった。
まず艇体全体を調べる。と言っても、仁が表面処理で漂白しているから、特に何も見つからない。
次いで右の艇体。内部は構造材以外の場所は空洞である、筈だった。
「何だ? これ」
右の艇体、その後部隅の桁材の隙間に、見なれない羊皮紙が押し込まれていた。
「こんな隙間に入っていたんじゃ今まで気が付かなかったのも無理ないな」
マルシアが取り出したそれには紋章らしきものと文字、それに絵が書かれている。マルシアがそれを読み上げてみる。
「うん、なになに、エルラドライト4個の取引、契約証?」
それを聞いたラインハルトとエルザの目が見開かれた。
「それは……」
「え、『エルラドライト』?」
驚いた声をあげる2人。だが仁は、
「何だい、それ?」
仁も知らない宝石であった。
「ああ、それは……」
ラインハルトが説明する。曰く、100年ほど前に発見された宝石で、非常に稀少であること。
魔力を増幅するという特性を持っているため、多くの国では、流通が規制されていること。
ここエリアス王国でも、国の専売になっている筈であること。
1個でおそらく1000万トールは下らないだろうということ。4個なら4000万トール、約4億円相当。
そんなものを個人が取引している。それはつまり密輸である。
「あ、あたしはこんなもの知らないよ!」
マルシアが叫んだ。そんな貴重な宝石の取引に自分が関わっていたと思われてはたまらない。
「わかっているよ、一般人に手に入れられるような宝石じゃない」
この契約証を見られたくなかったんだな、とラインハルトが口にしたその時。
派手な音と共にドックの正面扉がこじ開けられた。
ようやく、マルシアと双胴船が狙われていた理由が明らかに。ラインハルトはああ見えて推理力があります。だから4男なのに外交官やっているのです。
お読みいただきありがとうございます。
20130617 誤記修正
(誤)取調
(正)取り調べ
20130506 誤記修正
(誤)捉えてきたゴーレム
(正)捕らえてきたゴーレム
(誤)考え込んむラインハルト
(正)考え込むラインハルト
20140725 表記修正
(旧)派手な音と共にドックの正面扉が破られた
(新)派手な音と共にドックの正面扉がこじ開けられた




