03-19 デッドヒート
「ゼッケン35が出た! 速い速い! 今、2位のゼッケン3と並びました!」
「うーん、ゼッケン35の本領発揮のようですね」
実況も解説も目を見張るほどの快進撃である。どこの者とも知れない、無名の造船工と魔法工作士のチーム。
それがトップ争いを演じているのだ。
「ああっと、ゼッケン35、ついに2位に上がりました! そして次はトップを狙っております!」
トップを行くゼッケン1、『エリアスの栄光』のリーチェは焦りを憶えていた。名工とうたわれるヴァレリオ卿の作った、オールを漕ぐことに特化したゴーレム。
それをほぼ全力全開で駆動しているというのに、ぽっと出のチームの船がじりじりと追い上げて来ているのだから。
「あたしにも意地があるから」
そう呟いてリーチェはわずかに船の進路を変えた。
「くっ! 小賢しい事を!」
マルシアが吐き捨てる様に言う。リーチェは、マルシアの進路を塞ぐように船を動かしたのだ。
「だけど、それだけ向こうも焦っているってことだよね」
マルシアは落ち着いて船の進路を変える、が、リーチェはうまくそれを察して、マルシアに抜かせない。
「ゼッケン1、うまく進路を塞いでいます! ゼッケン35は抜くに抜けません!」
「もっと離れた進路で抜きにかかれば良かったのですが、これだけ近いと難しいですね。このあたりはベテランのリーチェ選手らしい技術です」
進路妨害は、船体が接触しない限り違反ではない。そして、追い抜き時に船体が接触した場合は、後方にいた方が悪いと見なされるのだ。
2隻がそんな駆け引きをしていると、ゼッケン3、青い海のエルザは十分離れたコース取りで疾走。
「ああっと、ここでゼッケン3が出た! ゼッケン1と35がもつれている間に、トップを奪いましたあ! ゼッケン28は少し遅れ始めています!」
そしてトップグループは、第4ステージ、折り返し地点、無人島『イオ』へとさしかかっていった。
* * *
一方、仁と礼子は、急いで、これも無人島『イオ』へと向かっていた。
どうせここまで出て来たのだから間近でマルシアの活躍を見たかったのである。
「しかし、あの凶魔海蛇、なんであんなところに……」
凶魔海蛇はもっと北の海に棲む魔物の筈。あの後、ラインハルトがそう言っていたのである。
「百手巨人と同じように、何かから逃げてきたのでしょうか?」
「うーん、わからないな。とにかく今は、レース優先だ」
情報が無さ過ぎるので、考えようがない、と仁は割り切った。
(飛行機作りたいな……)
そんなことを考えていた矢先、思わぬアクシデントが起こる。
「あ」
礼子が駆動していた外輪、その片方が、軸が折れて海中に沈んでいったのである。疾走中のあっという間の出来事だった。
「探してきます!」
慌てて言う礼子に、仁は、
「いや、お前でも難しいだろう。魔力を帯びているわけでも無し、この深い海に沈んだら、見つけるのにどのくらい時間がかかるか」
既に落とした地点から数10メートル進んでいる。いくら礼子でも、不可能ではないにせよ時間がかかるだろう。
すると礼子はしょげて、
「申し訳ありません。私としたことが、お父さまの作品を無くしてしまうなんて」
仁は慰めるように、
「いや、もともと耐久性に難のある材質だったから、仕方ないさ。それより、無事な方の外輪を外してくれ」
「はい」
礼子は無事だった方の外輪を仁に手渡した。
「あー、こっちももう少しで折れるところだったな。……変形」
外輪は、仁の魔法により、小さなパドルに変わった。材料不足で大きな物は作れなかったのだ。
「礼子、悪いがこれで漕いでくれないか」
「わかりました」
さっそくそれを使って漕ぎ始める礼子であるが、速度が全然出なかった。
「駄目か……」
質の悪い青銅のため、硬化魔法も利きが悪い。礼子が10パーセントの出力を出そうものなら、ロッドが折れてしまいそうだ。
「間に合いそうもないな……」
残念そうな仁を見て、礼子は、
「お父さま、私が泳いで押していきます」
そう言うが早いか、服を手早く脱いで一糸まとわぬ姿になると、仁が何か言う前に水に飛び込んだ。礼子なりに外輪を片方無くした責任を感じていたらしい。
そして礼子は水中で船を掴み、華奢な素足で水を蹴り始めた。
「お、おお、これは速いな」
以前、仁を捜して暴走した転移門で海へと飛ばされた時は服を着て荷物を背負ったまま時速100キロ以上を出した礼子である。
あの時より更に強化された今、仁を乗せた船をその背で支え、時速100キロを楽に出す事が出来た。
端から見れば、何もしていないのに、信じられない高速で走る船に見えるだろう。
「あれがイオ島らしいな」
仁の目に折り返し地点らしい島影が映った。周囲には観光客を乗せているらしい船も何隻か浮かんでいる。
「礼子、そろそろスピードを落とさないと不思議がられるぞ!」
水中にいる礼子に聞こえるか心配なので大声で怒鳴った仁。だが、聴力も普通ではない礼子、ましてや『父親』仁の声である。すぐに聞き分け、泳ぐ速度を落とした。
ゆっくりと仁の乗った船は、競技観戦の観光船の間へと進む。少しでも違和感を減らそうと、一応パドルを手にする仁であったが、外海にこんな小船がいること自体がもう怪しい。
だが幸い、観光船の観客は、迫り来るトップグループの熾烈な争いを見るのに忙しく、誰も仁の小船には注意を払っていなかった。
* * *
「まもなくトップを走る3隻は折り返し地点にさしかかります!」
「この第4ステージの鍵は、いかに短い時間で折り返すかにあります。イオ島の大きさは差し渡し1キロ、ほぼ円形の島です」
解説が続く。
「島は火山らしく、円錐形をしていますので、岸辺は浅く、離れるに従って深くなっています」
「と、いうことは」
「そうです、小さく回ろうとすれば座礁する危険性が。安全を取って大きく回り込めば時間がかかってしまいます」
「そのへんをどうするかが鍵なんですね」
「ええ。でもトップを走る3隻はいずれもぎりぎりで回ることを選ぶようですよ」
解説者のその言葉通り、3隻は無人島『イオ』から数メートルというギリギリな距離で回り込む事を決めたようだ。
* * *
「何とか間に合ったか」
今、トップグループの姿が見えてきたところである。
「ゼッケン3、1、35か。いいポジションじゃないか。この島を折り返したらあとはスピード勝負だっけ?」
仁は競技のステージ構成を思い出してみる。と、そこに、
「お父さま、お話が」
水中から礼子が顔を出した。
「礼子、どうした?」
「はい。水中に、妙なゴーレムが2体いるのが見えました」
「水中にゴーレムだって?」
また妙なところにいるものである。
「それで、何をしているんだ? そいつらは」
「今のところは、何も。じっとしています」
「…………」
意図がつかめない。大会で設置したにしては位置がおかしい。わざわざ水中にという理由が分からない。
「所属とかはわからないのか?」
「お待ち下さい。……そうですね、製作者はおそらくヴァレリオとかいう魔法工作士でしょう。ゼッケン1のゴーレムと同じ魔力の臭いがします」
「何だって? ……うーん」
気障男バレンティノ絡みだとすると、何か引っかかる物を感じる。今度こそ妨害かも知れない。
「よし、礼子、ここはいいから、その2体を監視して、競技の邪魔をするようであれば阻止しろ」
「わかりました。破壊していいでしょうか?」
「あー、それは駄目だ。脚とか腕とかならいいが……そう、動けなくするのはかまわないが、証拠として提出できるよう、ゴーレムの制御核は傷付けないようにしろ」
「了解です」
礼子は水中に姿を消した。
まもなく、トップグループはイオ島にさしかかる。
この作品中では、パドルと言えば、ダブルブレードパドルとしています。
謎のゴーレムの目的や如何に?
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