03-15 小群国の動静
ラインハルトの案内でやってきたのは、港町ポトロックの中央にある貴族街、そこの1番高級なレストランだった。
「えーっと、あたしこういうところ入ったことないんだけど」
とはマルシア。仁だって同様だ。あらためてラインハルト達が貴族だということを思い知る。
が、現代日本育ちの仁はあくまでもそこ止まり。貴族というものを知識でしか知らないので、態度が変化する事は無かった。
一方、マルシアはまさかこんな高級レストランだとは思っていなかったようで、
「あのさ、やっぱり伯爵家の子息と子爵家令嬢と言うことでそれなりの態度をしないといけないのかい?」
と及び腰。だがそう尋ねられたラインハルトは笑って、
「僕は今までと同じに話してもらいたいよ。で、ここでは個室を取ってあるから、マナーとかも気にしなくていいから」
「そうかい! なら安心した。そうでなきゃここで帰ろうかと思ったよ」
そう言って仁を見る。
「ジンは落ち着いてるね。こういうところ来たことあるのかい?」
「いや、初めてだけど」
地球にいた時、上司と共に顧客接待で高級料亭に行ったことがあるくらいだ。なので落ち着いているのではなく、何をすればいいか判らなかったのでじっとしていただけなのである。
「まあ、個室だから今まで通りにしていてくれたまえ」
そう言ってラインハルトを先頭に店へと入る一行。仁、礼子、マルシア、そして最後はエルザ。
「いらっしゃいませ、ラインハルト様でございますね。こちらへどうぞ」
もう話は付いていたと見え、入ると同時に店の者が一行を個室へと案内していく。
「どうぞごゆっくりなさってください」
そう言って案内した男は去った。
そこには豪華なテーブルと椅子がある部屋。そしていつ人数を確認したのか、椅子はちゃんと5脚あった。そして、
「お待ちしておりました、若様、お嬢様」
「御苦労」
メイド服の女性が2人。ラインハルトとエルザの侍女らしい。彼女等が合図すると、
「いらっしゃいませ、料理はすぐお持ちしてよろしいでしょうか?」
すぐに給仕役のウエイトレス達がやってきた。
「ああ。頼むよ」
ラインハルトが一声言うと、数名のウエイトレス達が入れ替わり立ち替わりやって来て、見る間にテーブルの上は料理でいっぱいになった。
「あとはわたしたちがやりますから」
そう言って2人の侍女はウエイトレス達を部屋の外へ出し、扉を閉めた。
「さて、それじゃあまずは乾杯しようか」
そう言ってラインハルトはグラスを掲げる。礼子以外の全員がそれに倣った。
侍女達はそこに発泡性のワインを注いで回る。そして、
「それでは、知り合えたことに感謝して」
ラインハルトの音頭でグラスが合わされ、微かな音が響いた。
発泡ワインを飲んだラインハルトは、
「うん、この国のワインもなかなかいいな」
そう言って空になったグラスをテーブルに置いた。
「さて、マルシア嬢、そしてジン殿。いろいろ話を聞かせてもらいたい。よろしいか?」
と、いつもとは違う、真面目な口調で話し出すラインハルト。
「1番気になっているのは、ジン殿、貴殿の事だ。レーコ嬢といい、あのゴーレムといい、船の水車といい、只者ではないと見ている。もし差し支えなければ、教えてもらえないだろうか」
仁はやや甘口のワインを一口飲み、
「俺は孤児だった。親は知らない。俺は俺の師匠に全て教わった。もう師匠はいないけどな」
と、話し始めた。それは以前にも話したことのある、嘘ではない、けれど真実を全て語ってはいない内容。
「俺の住んでいたところは孤島で、古代遺物である転移門があった」
「転移門!? それは珍しいな!」
さすがに黙って聞いていられなくなったラインハルトが驚きの声をあげた。口調がラフに戻っている。
「その転移門でこの大陸に来て、あちこち見て回っている。因みに来たのは最近なので、世間の常識に疎い。……まあ、このくらいで勘弁して欲しい」
あんまり詳しく話すとぼろが出そうなので適当に切り上げたが、半ば真実を語っているので、聞いている者達は納得した。
「そうか! だから、考え方が特殊なんだな! 君のお師匠様は何と言う方だったんだい?」
一瞬、仁はどうしようかと迷ったが、これについては真実を言うことに決める。
「アドリアナっていうんだ」
それを聞いたラインハルトは首をかしげ、
「うーん、聞いた事あるような、ないような」
すると今まで黙っていたエルザが、
「ライ兄、大昔にいたという伝説の魔法工作士の名前と同じ。確か、アドリアナ・バルボラ・ツェツィって言った」
仁は驚いた。1000年以上前に生きていた先代の名前が今も伝えられているとは。
「そうか、そうだった! 何でも、当時としては異端とも言われるほどユニークな魔法工作士だったとか。なるほど、その人にあやかったんだな、君のお師匠様は」
「た、多分」
あやかるも何も本人なのだが、それを口にするほど仁は愚かではない。横にいる礼子は、母親の名を知っていたことで2人に対する好感度を引き上げていたが。
「そうか。それじゃあジン殿に聞いてばかりなので次はマルシア嬢、あなたにもお聞きしたい。あの船の形状だが、あれはあなたが?」
またやや固い口調で話すラインハルトに、
「そ、そうだよ……です」
まだ若干緊張気味のマルシア。ラインハルトは笑って、ラフな口調に戻す。
「今まで通りの口調でいいっていっただろう。そのための個室でもあるんだから」
そう言って先を促す。
「じ、じゃあ、お言葉に甘えて。あの船、ジンは『双胴船』って呼んだけど、あれはあたしの父親が原型を作り、あたしが完成させた」
「ほう、あなたの父上も造船工だったんだな」
マルシアは肯いて、
「なんて言うか、あまり仕事熱心じゃなかったな。博奕三昧で、女作って行方不明ときてるから。でも父親が遊び心で作ったあの双胴船だけは、あたしは気に入ったんだ」
そう言ってグラスのワインを一気に飲んだ。すかさず侍女が注ぎ足していく。
「最初はもう少し太い船だったんだけど、細い方がスピード出そうなんで、細くした」
「なるほどなるほど。細い方が確かにスピード出るからなあ。でも安定が悪くなる。その分、双胴船は安定がいい」
そう言いながらラインハルトもワインを飲み干し、侍女に注がせた。そしてまた仁に向かって、
「そうするとジンは、あまりこの大陸に詳しくないだろう?」
そう言われて仁は肯く。
「じゃあ僕の国について話をする前に、簡単に今の大陸情勢について説明しよう」
ワインを一口飲んでラインハルトが言う。
「300年ほど前に魔導大戦が起きた。その時に人間側の中心となった国がディナール王国だが、その後、小国家に分裂して今の小群国となったのは知っての通り」
実は知らなかったのだが、一応肯いておく仁。
「ディナール王国の王都があったあたりに国を構えているのがセルロア王国だ。小群国では1番の文化を誇っている。それというのもかつてのディナール王国、その遺産を引き継いでいるからだ」
なかなか興味深い話だ、と仁は聞き耳を立てた。
「ちょっと今、セルロア王国がきなくさい動きをしているという噂もあるが、それはまあここで話すことではないな」
とは言え、もう聞いてしまったわけではあるが。
「その一方で、僕の所属するショウロ皇国は、ディナール王国のディナール1世、その弟が王国の西方に建国した国だ。だから正確には元ディナール王国とは言えない」
「なるほど」
黙っているのも間が持たないので、適度に相槌を打つ仁。
「一方、クライン王国、フランツ王国、エゲレア王国、そして今いるエリアス王国、それに大陸の東端にあるレナード王国は元ディナール王国だ」
「ふうん」
「で、なぜディナール1世の弟がショウロ皇国を建国したかというと、更に西からの侵略を防ぐためだったと言われている」
「侵略?」
「そうだ。ショウロ皇国の西側には大きな沙漠が広がっているのだが、その沙漠の向こうには異民族がいる」
「異民族か」
「ああ。魔導大戦の後、1度だけその尖兵が攻めてきたことがあるという。大戦で疲弊した我々を与し易しと見たんだろうな」
それは納得できる理由だ。
「だが、当時のショウロ皇国には、魔導大戦前から伝わる古代遺物があった」
「古代遺物? それは?」
するとラインハルトは笑って、
「それはここでは教えられない。ジン、君が我がショウロ皇国に客人として来てくれたら別だが」
そう言ってラインハルトは、
「さあ、食事にしよう」
そう言って2人の侍女に給仕を命じたのである。
それからは食べながらの当たり障りのない話に終始したのであった。
仁がショウロ皇国にあるという古代遺物に興味を持ったのは間違いない。
* * *
その夜のこと。大会委員会が管理するドック。ここには、決勝戦に出場する船とゴーレムが保管されている。
因みにゴーレムは、魔石もしくは魔結晶の消耗を抑えるため、一時的に動作を停止してある。
1人の不審な人影がやってきた。
そしてその不審な人影がドックの鍵を開けようとごそごそしていた、その時。
「何をやっているのですか?」
「何って……なんだお前は……うわああああ!」
翌朝、ぐるぐる巻きに縛られた男がドック前に転がされていた。
その男はなんと港湾警備隊の隊員であった。非番の夜に何をしてこのような目にあったのかはこれから尋問する予定なのだが、若干錯乱しており、自分を縛ったのは小さな女の子だった、とか口走っているという。
20130430 15時20分
誤字修正
(誤)豪華の (正)豪華な
この世界でのアルコール摂取の年齢制限はありません。
そして双胴船、確かに安定はいいのですが、もしも転覆したら最後、元には戻らないという欠点も。まあ、めったに転覆しませんが。
テーブルの上に並べられている他に、取り皿とか調味料とか、ものによっては切り分けるなどが必要なので食事を始めるには侍女のサポートが必要なのです。
ラインハルトは古代遺物で仁の気を引きたかったようです。
そしてこの先、ずっと先への伏線らしき話も。
おまけとして、やっぱりいました不審者。こいつの処遇も含め、結末はレース後に。
お読みいただきありがとうございます。
20130805 21時34分 誤記修正
ラインハルトが礼子を呼ぶ時はレーコと表記しますので「礼子嬢」を「レーコ嬢」に修正。




