17-25 全氏族会議
空からの観察、魔力の探知を含めて、イレギュラーは発見できなかった。
『ヘッド』の記憶用魔導装置と魔族4人が拉致されていた場所を守っていたゴーレムの制御核を解析した結果では、もう『負の人形』は残っていない。
但し、廃棄された『負の人形』のうち001と13号が生き延びた理由はわからなかった。
また、ドネイシアを含む4人を拉致してどうするつもりだったのかも不明のままだ。
このようにまだ幾つか謎は残っているものの、『負の人形』絡みの事件は片付いたといって良い状況であった。
もう9月12日、魔族の領地へ来て丸1ヵ月が過ぎてしまっていた。
「そろそろ潮時かな」
戦争の危機も回避でき、魔族の食糧問題も解決の目処が立った。
人類と魔族を憎み、殲滅しようとしていた『負の人形』の脅威も排除した。
そして、大半の氏族とは友好関係を結ぶことができた。
仁に取って、納得のいく結果であった。
だが、若干一名、まだ満足していない者が。
「……アルシェル……」
妹を見つけられなかったベリアルスである。歳の離れた妹が心配らしい。
「おそらくだが、まだローレン大陸にいるんじゃないのかな」
推測を仁が述べると、ベリアルスは力なく頷いた。
「……多分、そうなんでしょう」
「俺ももうじきローレン大陸に戻る。そうしたら気に留めておくから。アルシェルはそれなりに強いんだろう? きっと元気でいるさ」
だがベリアルスは弱々しく首を振った。
「ジン殿を見ていたら強いって何だろうと思ってしまいましたよ……」
そんなやりとりをしつつ、仁たちは『諧謔』の氏族の居住地へ戻った。
もちろん、正気に戻ったドネイシアと、それを追っていた3人の魔族も一緒である。
「おお、ドネイシア!」
バフロスクの喜びはひとしおである。何せもう20名しかいない氏族なのだから。
「氏族長、すみません、あたい……」
ドネイシアは事情を説明した。バフロスクは黙ってそれを聞いていたが、恐縮して身を縮こまらせているドネイシアの肩をぽん、と叩き、気にするな、と一言。
「我々は皆、考え方を変えていかねばならないのだろう。それは俺も同じだ。だから、気に病むな」
「氏族長……?」
「これからのことを考えなくてはならん。ジン殿は協力を申し出てくれたが、な」
微妙にピントのずれたフォローであるが、それよりもドネイシアは氏族長の態度に目を丸くしていた。
バフロスクが曲がりなりにも氏族員に気を使うようなことを口にしたからである。
「今回の事で俺も少し考えさせられた。人間に対する考え方はともかく、魔法工学師とは敵対したくないし、な」
大きな借りができた、とは口に出さないバフロスクであった。
幸か不幸か、過激派の人口が減ったため、過激派陣営に関しての食糧問題は当面無くなってしまった。
なにしろ、約400名いた過激派が約270名に減ってしまったのである。
今現在の備蓄でも年内は十分保つだろう。そして、その頃にはクロムギ=秋ソバの収穫が済んでいるはずである。
* * *
「……それでは、農産物、農作業、狩猟、漁業、採掘の分担は以上で問題ないかな?」
「異議無し」
「うむ、問題ない」
「それでよい」
「文句は無いぞ」
3日後、記念すべき第一回目の全氏族会議が行われた。
開催地は中立派、『侵食』の居住地。
全氏族会議とは、穏健派、中立派、過激派、そのすべての氏族から代表を出して行われる会議である。議長を務めたのは『福音』のアレクタス。
この会議では各氏族の役割分担を決められた。魔族が1つの運命共同体であると、全員が認識したからこそ実現した会議である。
(そういう意味では『負の人形』も役に立ったと言えるのだろうか)
オブザーバーとして出席している『ダブル』を操る仁は蓬莱島で感慨に耽っていた。
(地球の人間だったら、こうまで素直に態度を変えることもないだろうが……やっぱり魔族という意識なのか、それとも人口が少ないからなのか)
そのあたりは仁には見当も付かない。が、大事なのは結果だ。
(少なくとも、人類に攻め込もうという意志が無くなったというのは当初の目的に適ってるからな)
「カイナ村という村があって」
聞き慣れた単語に、物思いから覚める仁。
「そこでは、村人全員が共同体を作っていたわ」
今発言しているのはなんと、シオンである。
「畑は村全体で管理しているの。収穫は平等……ううん、公平に分配されていたわ」
平等と公平ってどう違うのだ、と言う声が上がる。シオンはそれにもきちんと答えた。
「平等、というのは20人いたら20等分するだけ。でもそれじゃあ働いても働かなくても同じだけ貰えるということよね? それじゃあ駄目なの」
勉強熱心だったシオン。その成果がきちんと表れていた。
「公平って言うのはね、働いた分や、家族構成。そういったものを考慮して、分配する量を加減していくの。そして不満が出ないようにするのが長の役目」
言葉づかいはともかく、説明はそれなりにわかりやすいものであった。
出席者も興味深そうに聞いているし、何よりも『人間にできて我々にできないはずがない』というような、良い意味での対抗意識を燃やす切っ掛けになっている。
更に仁が驚かされたことがある。
「……ジン殿が作ってくれた農業用ゴーレムであるが」
ん、と仁は思った。発言しているのは森羅の氏族長バルディウス、シオンの祖父である。
「魔族全体の財産として、共同管理していきたいと思う」
どよめきが広がった。それはそうであろう。ゴーレムは財産である。特に仁が作ったものは古代遺物にも比肩する。
「理由は簡単だ。堕落を防ぎたいからだ」
ざわつく出席者を手で制し、バルディウスは続けた。
「ゴーレムは確かに素晴らしい。我々は何もしなくても収穫を得る事ができる。が、『何もしなくても』というのは諸刃の剣だ」
一部の魔族はその意味がわかったらしく、頷いている。
「労せずして得た物は扱いが軽くなる。そして労働意欲を無くせば堕落が始まる」
バルディウスは懇々と説いた。
15分に及ぶ長広舌の末、列席者は満場一致でバルディウスの意見を受け入れたのであった。
(偉いもんだなあ……地球の人間だったら……いや、おそらくこの世界の人類でもそんなことは考えないだろうに)
人類と魔族。生物学的には同種であるが、その精神性はやはり異なっているようである。
カイナ村のあり方を手本にする、とシオンは言ったが、仁としてはバルディウスの言を各国の為政者たちに聞かせてやりたかった。
穏健派、中立派、過激派からそれぞれ3人の代表を出して、計9人の合議制とする。議長は『福音』の氏族のものが務める、そんな事までが決められた。
これもシオンからの提案である。二堂城に置いてあった本で読んだそうだ。
(老君、どんな本を作ってあるんだ……)
仁は感心すると共に少し呆れた。
明らかにこの世界の国々では採られていない制度。いや、だからこそ、人類への対抗意識を持つ魔族が採用したのかもしれない。
「では次回から、そのような形でわれわれの行く末を検討する話し合いを行うと言うことで異議はないな?」
異議無し、という呟きが響く。反対意見はないようだ。
こういう点での団結力は見習うべきなのだろうか、などとオブザーバーである仁が考えていると。
「我々としても人間たちへの怨みや憎しみをすぐに消せるとは思っていない。だが、無闇矢鱈と戦いを仕掛ける愚を犯すほど愚かであってはいけないと自覚しなければならない」
驚いたことに、過激派である『諧謔』のバフロスクの口からそんな言葉が紡ぎ出されてきたのである。
「かといって、人間たちと友好を築くこともすぐに出来るとは思えない。まずは魔法工学師たるジン殿と協定を結ぶことから始めれば良いと考える」
「異議無し」
「異議無し」
これもまた、満場一致で受け入れられた。仁は少々くすぐったい思いを覚える。
そして、調味料や稀少な食材と交換する品目として、魔獣の革・魔結晶などの特産物をリストアップし、仁にお伺いを立ててきたり。
最低年1回の顔合わせと協定の確認をしよう、という話が決められたり。
シオンが読んだという『本』の貸し出しもしくは譲渡して貰えないかという打診まであったのには驚いた。
『森羅』の氏族というのは知識欲が強く、物覚えと理解力が高い者が多いのだな、というのが仁の感想である。
こうして、まだ仮初めの色が濃いものの、魔族と仁の間に協定が結ばれたのである。
「あとは行方不明のラルドゥスの奴か……」
全氏族会議が終わり解散した後、バフロスクはぽつりと小声で呟いたのであった。
いつもお読みいただきありがとうございます。
20140918 13時28分 誤記・表記修正
(誤)大半の氏族とは有効関係を結ぶことができた
(正)大半の氏族とは友好関係を結ぶことができた
(旧)『負の人形』絡みの片は付いたといって良い状況であった
(新)『負の人形』絡みの事件は片付いたといって良い状況であった
(旧)無闇矢鱈と戦いを仕掛ける愚を犯すほど愚かではないと自覚しなければならない
(新)無闇矢鱈と戦いを仕掛ける愚を犯すほど愚かであってはいけないと自覚しなければならない




