17-23 処理
既に空が暮れかかる時刻であったが、バフロスクたちには懸念事項が1つ残っていた。ドネイシアの件である。
「……言いにくいことではあるのだが、我が氏族の4人が行方不明なのだ。何か知らないか?」
随分と軟化した態度で礼子に対するバフロスク。
「ここから南へ10キロ程のところに小さな基地があるようです。そこではないのですか?」
ドネイシアと、彼女を追っていった3人が行方不明のままなのであった。
10キロなら、身体強化できる者ならすぐに踏破してしまえる。
15分ほどで現場に到着した過激派たち。
「何もないな……」
刻一刻と暗くなる空の下、灰褐色の荒野には何も見あたらない。
と、その時。
「これは?」
仁に命じられ仕方なく付いてきていた礼子が、地表に落ちていた何かを見つけ、拾い上げた。
それは魔結晶の欠片。このような荒野にあるはずもない物である。
「転移マーカーの破片ですね」
「……ということは?」
バフロスクも考えては見たのだが、どういう事かわからなかったようだ。
「行方不明の4人が転移で連れ去られた可能性があるということです」
「どうしてそうなる?」
こうした推測は苦手なのか、バフロスクは礼子に尋ねる。礼子は小さく肩をすくめた後、説明してやった。
「……何者かがこの転移マーカーを目標に転移してきて、4人を拉致。再度転移で4人を連れ去る。その際、マーカーを破壊していった。……こう言えばわかりますか?」
今度はわかったようだ。頷くバフロスク。
「なるほど、わかった。それで転移先は?」
「わかっている限り、候補は3箇所あります」
魔族領における未回収の転移マーカーは残り2箇所であった。
北方300キロにある未確認の拠点と、北西50キロ地点の山中。(残る1箇所は回収した転移マーカーを集めた場所)
「可能性が高いのが北方300キロですね。そこは『負の人形001』の基地だったようですから」
「300キロか……」
『福音』の氏族が住む居住地より更に北方であり、小さいながら山脈を越えた地点である。さすがの過激派といえど、躊躇ってしまう距離だ。
「今日中には無理でしょう。私たちに任せてくれませんか?」
そう言ったのはアン。
「もうすぐ、ごしゅじんさまも到着しますから」
その言葉通り、遠くにカプリコーン1が見えてきていた。
バフロスク以下、魔族たちは若干の畏怖を以てカプリコーン1と仁を迎えたのである。
「なるほど、行方不明の4人が……」
到着したカプリコーン1から降りてきた仁(の『ダブル』)は事情を確認すると、考え込む仕草をした。
「『傀儡』のベリアルスも、行方不明の妹が気になると言っているしな。あとは……ラルドゥスか?」
今のところ行方知れずな魔族は6人ということである。
「まずは北方300キロだな」
『ダブル』の声に、『諧謔』の氏族長バフロスクは疑問を口にする。
「ジン殿、1つ聞きたいことがある」
「何でしょう?」
「……貴殿は、『もう死者は一人も出すな』、と言ったそうだが、それは本当か?」
仁のその考え方を、バフロスクには未だに理解できないでいたのである。
「そうだけど、それが何か?」
「……我等には理解出来ない考え方だからな」
「……なるほど」
また仁(の『ダブル』)は少し考え込む仕草を見せた。
「……俺はそういうこと説明するのが下手だからわかりにくいかも知れないが、結局は自分のためになると思ったからやっただけだよ」
「……?」
いきなり形而上の話になり、面食らうバフロスク。
「俺の考える平和……というより平穏な生活のための近道だと思ったからやっただけということ」
「……」
それでもバフロスクには理解出来なかったようだ。
「個人的な感情だけど俺は人殺しが嫌いだ。仮に魔族を殲滅して平穏を得ても、気分的に落ち込むと思う」
落ち込むどころではないだろうが、相手が相手だけに表現を選んだつもりの仁である。
「それに、仲良くして交易でいろいろな素材を手に入れられるという利点もあるし」
「それならわかる気がする」
「そちらも人類を研究しているようだが、個人差というものが大きいのが人間というもの。数が多くなるほどその差も大きくなる。十人や二十人を調べたくらいでは掴みきれないと思った方がいいよ」
その言葉はかなり理解出来たようで、バフロスクは大きく首を縦に振った。
「なるほどな。肝に銘じておこう」
「で、何だかんだ言っても、結局はそれが一番いいと思ったから、ということさ。それ以上は俺にも上手く説明できないね」
「ふむ……一応、納得した」
バフロスクもそれでこの場は引き下がった。
もう空には星が瞬き始めている。仁は改めて宣言した。
「俺はこのカプリコーン1で北へ向かう。皆は居住地に帰って待っていて欲しい」
「……不本意だが、わかった。待っていよう」
渋々ながらバフロスクは頷いた。
「私は付いて行くぞ」
そのセリフはベリアルス。妹の手がかりが得られないかと、カプリコーン1に乗ってここまで付いて来ているのだ。
「それにドネイシアの顔も見知ってはいる。少しは役に立てると思う」
これまで行動を共にしてきたので、仁としても断りづらいうえ、
「そうだな、ジン殿、そうしてやってくれ」
と、バフロスクにも頼まれてしまった。
「わかった。行こうか」
ということで、仁(の『ダブル』)、礼子、アン、ベリアルス、そしてランド1を乗せたカプリコーン1は暗闇の中、北を目指して出発したのである。
* * *
一方、老子は単独で北西を目指していた。まずは近場から確認しておこうと思ったのである。
時速100キロほどで走ること30分。山脈手前にそびえる山の麓に来ていた。
『この地下に間違いないですね』
あたりを探ると、空調のためと思われる穴が3つ、見つかった。
『……隠すつもりもないようですね。ここは重要な拠点では無さそうです』
誰にともなくそう呟いて、老子は穴の中をそっとのぞき込んだ。
赤外線に切り替えて観察する老子。
『動くものもないですね。魔力反応も無し。行きますか』
1時間ほど探り、問題が無さそうなので潜入することにした。
重力制御魔導装置を使い、体重を10分の1にして穴へと飛び込む。穴は垂直ではなく、80度ほどの角度で付けられているので、壁に手を擦り落下速度を殺すことができた。
途中、雨の流入を防ぐためか、V字型に上向きの屈曲をした後、再び下に向かう。
およそ20メートルほどで穴は終わり、老子は硬い床の上に立っていた。
重力制御魔導装置を切り、元の体重に戻った老子は障壁結界と不可視化を展開しつつ周囲を観察した。
『……廃棄された倉庫、といったところでしょうか』
広いホール状の部屋はがらんとしていて何も無い。よくよく見れば魔結晶の破片や金属屑が転がっている、と言う程度である。
床の中央に浅く埋められた転移マーカーが見つかった。
老子はそれをも回収する。
『さて、もうここに見るべき物は無いようですね』
老子は再度重力制御魔導装置を使い、体重を軽くすると床を蹴り、来た道を駆け戻っていったのである。
事後処理。しかしまだ一波乱ある……?
いつもお読みいただきありがとうございます。
20150319 修正
未確認の拠点までの距離を200キロから300キロに修正しました。
(旧)山脈手前にそびえる山の中腹に来ていた
(新)山脈手前にそびえる山の麓に来ていた




