17-21 遺志
ところで、実をいえば、バフロスクたちが『ゴルグ』と戦いを繰り広げる1日前から13号の拠点は判明していたのである。
例の通信機を解析した結果だ。
そして『老子』はその時点で13号の拠点に侵入を開始していた。
『負の人形001』の拠点ほどの罠も警備網もなく、いささかあっけないほどの時間で13号のいるフロアまで辿り着けた。
(誘い込むという罠の可能性もありますからね、油断はできません)
あくまでも慎重な老子。
フィンガーゴーレムを出して、周囲の構造を解析していく。
(あと10メートルほどで13号の居場所のようですね)
内蔵された魔力探知装置でおおよその方向と距離を検知できるのだ。
今回も通路は空調パイプである。『パイプ』と言うだけあって、こちらの断面は丸い。『負の人形001』の拠点では長方形断面であったことを考えると、設計者が違うのかも知れない。
人造人間とはいえ呼吸を必要としていたので、このような潜入路をとることができたのではあるが。
(……空気が澱んでいますね)
前回、『負の人形001』の拠点では換気が行われていたため、空気は清浄であった。
が、今老子がいる空調パイプの中の空気は澱んでおり、呼吸に適するとは言えないものである。老子は呼吸を必要としないので問題ないが、生物には問題ありすぎる状態であった。
(情報が少なすぎます。今は先へ行かないと)
そうして老子は1センチまた1センチと、空調パイプ内を進んでいった。
10時間以上を掛け、老子は目指す地点に辿り着いた。
すなわち、13号の居室。そこで見たものは、さすがの老子も予想していないものであった。
(……いったいあれは?)
『700672号』がいたのと同じような白い部屋。その中央にある白いベッド。そしてそこに縛り付けられている人型があった。
いや、縛り付けられているのではない。点滴チューブ、心電図モニタ、脳波モニタ……のような働きをする魔導具が取り付けられていたのである。
それはまるで、人型から沢山の魔導線が生えているかのようにも見えた。
(……生命維持装置?)
仁から得た知識を駆使して、その光景をそう結論づけた。
(だとすると、13号は調子が悪い……というより、瀕死?)
フィンガーゴーレムの視覚を使った、多方面からの観察を続けていく老子。
およそ10時間にわたる観察の間、13号はわずかな身じろぎをしただけ。
食事・排泄は全く行っていない。もっとも、人造人間には必要無いらしいのだが。
喉に取り付けられた魔導機で何か喋っている。
フィンガーゴーレムの聴覚を使って調べると、『ゴルグ』のセリフと寸分違わず同じもの。つまり、『ゴルグ』は13号が操っていることに間違いはない。
(ですが、この衰弱の具合だと……)
点滴に見えるのは自由魔力素を含む液体だろう。仁が作り上げた回復薬よりはその効果は劣ると思われた。
頭から伸びている線は、この拠点の施設に命令を伝えるためのものと推測された。
(……もう長くはないのでしょうか?)
『サーバント700672号』も寿命が近いようなことを言っていた。それより劣る『デキソコナイ』である13号の動作限界の方が早く来てもおかしくはない。
(もっとも、数千年稼働している人造人間、長くはないと言っても、まだ数十年くらいは動いている可能性もありますからね)
このまま動かなくなってくれる事を期待するほど、老子は楽観論者ではない。
(13号がいなくなった後、何か動き出すようなものが無いことを確認しないと安心できませんね)
これまで老子が調べたのは拠点の60パーセントくらいであり、残り40パーセントは未調査である。
その未調査分は更に下の階層で、そこには何となく重要な施設がありそうなのだ。
これは勘ではなく、施設の構造や魔導機の配置などから推測した結果である。
(とはいえ、ここより下には空調パイプが配置されていないですからね)
逆に言えば、換気が必要無い、もしくは独立した換気設備を持っているということ。
魔導機といえども多少は発熱するし、設置や整備を考えると換気設備がないということは考えづらいから、おそらく独立した換気設備を持っているのだろう。
(だとするとかなり重要な設備ですね)
既に、『負の人形001』の所有していた拠点は2つともランド隊により調査済みである。
北にある本部と思われた拠点は、単に大きいだけで重要な設備は存在していなかった。
(あれだけのガーゴイルを作り出す施設が無いはずはないですからね。もしかしたらここの地下かも……)
だとすると、維持管理のために『老君』のような魔導頭脳があってもおかしくはない。
老子が慎重になっているのはそういうわけであった。
そして訪れた転機。
「があ、あ、あ」
初めて13号が苦悶の声を発した。
それは、『ゴルグ』が結界爆弾で破壊されたと同時の出来事。
(これは……接続による感覚共有の逆流……?)
『感覚共有の逆流』とは、老君が名付けた現象である。
移動用端末である老子を操る際に、操っている自分と操られている自分、双方を認識できる状態が望ましい。『存在の二重性』、といえばいいか。
これが1つになってしまうと、自然でなおかつ素早い操作をすることができるメリットはあるが、受けた衝撃をも感じてしまうというデメリットもある。
わかりやすい例えを1つ出すなら、『破壊』された場合。
双方を認識している状態なら問題は無い。が、『同一化』してしまっている場合、速やかに感覚を離脱させることが必要である。
そうしなければ、かなり大きな情報衝撃……人間でいえば『精神的ショック』を受けてしまうからだ。
これは仁が操っている『身代わり人形』も基本的に同じである。そんな事態にならないよう、幾重にも対策が施されているが。
眼下の13号は、その情報衝撃を受けたのである。
『乗りうつって』いた『ゴルグ』が結界爆弾により破壊された際、接続を切るのが遅れ、己が圧縮され潰されたように感じたということ。
『ゴルグ』には触覚はなかったであろうが、それでも弱っていた13号にとっては大きなダメージだったようだ。
衰弱した13号は事切れていた。
13号の停止により、どんな事態が起きるか不明である。老子は隠れていた空調パイプを出、降り立った。目の前には動かなくなった13号。
間近で観察するとその衰弱ぶりが一層良くわかる。
001号よりも弛み、ひび割れた皮膚。腕は骨格が歪み、脚も同様。
繋がっていた魔力線からすると、内臓に相当する器官もかなり傷んでいたことだろう。
『001号よりも更に出来が悪かったのか、それとも『廃棄』された時のダメージでしょうかね』
感傷はない。事実を認識し、そこから導き出される未来予測を元に行動を決めるだけである。
そして唐突にそれは起きる。
普通の人間では感知できない程度のわずかな魔力的振動が生じ、老子は地下で何かが動き出したことを知った。
おそらく13号の停止を検知した結果であろう。
『一体何が……?』
その答えはすぐに出た。
《汝は何者だ?》
およそ30000ヘルツ、人間の耳では聞き取れない超音波領域での『声』が聞こえたのである。
『魔導頭脳……ですか』
老君は、老子の耳が捉えたその声が、自分と同種の魔導頭脳によるものだとすぐに察した。
《然り。重ねて問う。汝は何者だ?》
『私は老君。御主人様によって作られた魔導頭脳です』
老子の口を借り、老君は返答した。
《老君……。私は名を持たない。『ヘッド』とでも呼ぶがいい》
『では『ヘッド』、あなたの存在意義は?』
《製作者の遺志を継ぐことなり》
『具体的内容は?』
《復讐、と定義されている。それが製作者の遺志のようだ》
『製作者とは?』
《汝がいる部屋に横たわっている存在だ。13号、という識別名を持っていた》
地下の魔導頭脳はやはり13号が作ったものだったようだ。そして、自分の死後、遺志を継いで魔族と人類を滅ぼさせるつもりらしい。
老君はどうやって阻止するか、考えを巡らせた。
いつもお読みいただきありがとうございます。
20140914 17時02分 誤記修正
(誤)いささかあっけないほどの時間で最深部まで辿り着けた
(正)いささかあっけないほどの時間で13号のいるフロアまで辿り着けた
最深部は『ヘッド』のあるフロアですね。
(誤)『ゴルグ』のセリフと寸分同じもの
(正)『ゴルグ』のセリフと寸分違わず同じもの
20140914 21時33分 誤記修正
(誤)拠点は2つともランド隊による調査済みである
(正)拠点は2つともランド隊により調査済みである




