17-20 違い
「なんだと……?」
理解が追いつかないバフロスク。魔族ならそんな考え方はしない。
今回、勝手に攻め込んで勝手に負け、勝手に滅ぼされたとしたら、それは全てバフロスクの責任だ。
頼まれもしないことをする仁の考えがわからなかった。
このままバフロスクたちが殺されてしまえば、仁の話を聞かない魔族はほとんどいなくなるだろう。
それはつまり人類と敵対行動をする魔族がいなくなるということ。
放っておいた方が仁の利益に繋がるはず。なのに、仁は配下のゴーレムを派遣したのである。
「……人間の考え方なのか……? それとも……魔法工学師だからなのか……」
バフロスクたちを抱えたランドたちは、素早い動きで戦場を離脱。あっと言う間に500メートルほども離れてしまった。
戦場に残ったのは礼子とアン、そしてランド11。魔族19名に対し、送り出したランド隊は20体だから1体残るのは当然の帰結。
『貴様たちは……! よろしい、この前の礼をしてやろう』
一方13号は、ガーゴイル『ゴルグ』を通じて忌々しげな言葉を発した。
『『gravita』』
そして放たれる重力魔法。だが、礼子もアンも、ランド11もびくともしない。
『なるほど、対策済みと言うことか。確かに厄介だな』
そんな言葉を発した『ゴルグ』目掛け、礼子がもう一度体当たりを喰らわせた。今度は先程に倍する出力で。
『がっ!?』
6トン近い重量の『ゴルグ』と30キロの礼子がぶつかった。
少し前の、骨格のみがアダマンタイトであった礼子では、アダマンタイトの塊である『ゴルグ』に力負けはしなくとも強度的に負けてしまっていたであろう。
だが今の礼子は分子圧縮されたハイパーアダマンタイトの骨格を持っている。
結果は互角であった。体重差で礼子は大きく跳ね返されたものの、『ゴルグ』も転倒した。片や礼子は倒れず踏ん張った。
『信じられん……たかが自動人形風情がどうしてこの『ゴルグ』と同等の力を持つ?』
礼子はにっこりと微笑み、その問いに答えた。
「このわたくしは、世界一のお父さまに作られたのですから」
だが礼子も、アダマンタイトの塊である『ゴルグ』を力ずくで破壊するにはいささか面倒であることを察している。
『何をわけのわからぬことを!』
一声叫ぶと、『ゴルグ』は空へ飛び上がった。高度はおよそ10メートル。ジャンプすれば届くが、空中では自由度が落ちるため、礼子としても直接攻撃は避けたいところ。
そこへ仁からの指示が入った。
『魔法無効器を喰らわせてやれ』
即座に礼子は、腕輪に仕込んだ魔法無効器を起動した。
『なん……』
重力魔法で軽くした身体を風魔法で浮かせているわけだから、その風魔法を無効化すれば……結果は墜落である。
重い地響きを立て、『ゴルグ』は墜落した。
『うぬぬ、こちらの予想を悉く覆してくれるな』
* * *
魔法無効器を浴びせられてもまだ動いているところから、仁は『ゴルグ』を作っている金属がただのアダマンタイトではなく、『マギ・アダマンタイト』かそれと同等の金属であろうと推測した。
その内部にあると思われる魔力反応炉までは停止させられなかったからである。
「かなり魔力に対するシールド効果も高いとすれば、『消去』も効かないだろうな」
一撃で倒さない限り、『ゴルグ』が停止することは無さそうである。
だが、少々の傷では自己修復してしまうだろうし、物理的に破壊するには時間が掛かる。動かない的と違い、厄介ではある。
思いつく手は幾つかあるが、それ故にどれを決定打とするか考えてしまう。
「……2秒程度動きを止める方法があればな」
仁には奥の手があったが、それとても万能ではない。
「いや、待てよ?」
このシチュエーションにあって、仁には閃くものがあった。
「……粘着材……」
『ゴルグ』を粘着材で動けなくしてやろうというものだ。
今、仁は粘着材として使えそうな素材は何があるか考えてみて、意外と少ないことに愕然とする。
加硫前の天然ゴム、うるし、ご飯粒、デンプン糊、膠、松ヤニ。
石油はまだ見つけていないのでコールタールは無い。
「……どれも量が少ないな」
『ゴルグ』を絡め捕るには少々量が心許ない。そこまで考えた仁は更に天啓を得る。
「そう、か。奴を止めなくても……!」
松ヤニは木材の仕上げ用としての在庫なので、数十キロくらいはある。そこから一掴みすくい取った仁は急いで魔結晶を用意し、更に超特急で魔導式を書き込んだ。
「これでよし、と」
老君を通じ、戦闘中の礼子へ転送させる仁。
礼子がそれを受け取った時、この戦いは決まったと言って良かった。
* * *
『礼子さん、あの『ゴルグ』に効果的な魔導具を御主人様が準備中です、時間を稼いでください』
老君から礼子へと連絡がいった。礼子はすぐさまそれを実行に掛かる。
『ゴルグ』はその質量のため、また『変形』と同系統の魔法で動いているため、速いと言っても礼子ほどの機敏な動きはできない。
そこで礼子は速さを生かして、前後左右、さらに上下から『ゴルグ』に攻撃を仕掛けた。
『桃花』による斬撃。力は込めていないため、腕や脚を切り落とすには至らないが、多数の傷を付け、『ゴルグ』はそれを修復するために時間と魔力を割くことになる。
『うぬぬ、恐ろしき切れ味の刃物だな』
『変形』系のため、腕や脚を切り落とされた場合の修復は難しいのであろう、礼子を警戒する『ゴルグ』。
そして5分が経過。
『ゴルグ』と距離を置いて対峙している礼子の元に、仁が用意した『魔導具』が送られて来た。
『礼子、使い方を教える。……松ヤニで奴の背中にでもくっつけてしまえ。そして距離を取って、発動の魔鍵語を唱えろ』
「わかりました」
出力50パーセントを出した礼子は『ゴルグ』に捉えられることもなく、その背中に魔導具を貼り付け、一瞬で距離を取り、魔鍵語を唱えた。
「『圧縮開始』」
そう、仁が作ったのは結界爆弾。仁の最強兵器の1つ。
マギ・アダマンタイトをも分子圧縮してしまう超強力な兵器だ。
『ゴルグ』には関節は無く、従って背中に貼り付けられた結界爆弾にも手が届く。
その身体能力を以て結界爆弾を外そうとしたものの、視覚も触覚もない『ゴルグ』にはいささか荷が勝ちすぎる動作であった。
そして礼子の素早さは『ゴルグ』の反応速度を大幅に上回っていた。
『ゴルグ』の指が結界爆弾に触れる遙か前に魔鍵語に呼応した結界爆弾は作動を開始した。
まず、半径2メートルほどの球形をした超強力結界を作り出す。
そして次の瞬間、もの凄い勢いでその結界が収縮を始める。
空気分子は逃がし、固体だけを閉じ込めた結界は、収縮するにつれ更に強度を増す。
その力はマギ・アダマンタイトすら変形させるほど。
人型をしていた『ゴルグ』は、その途方もない力に抗うことも敵わず、圧縮されていく。
元の体積の10分の1にまで圧縮された時、結界を作り出していた魔結晶が崩壊することで圧縮プロセスは終了する。
人型をしていた『ゴルグ』だが、結界が消えた時には球形の金属塊と化していた。
当然、内部の制御核なども崩壊しており、最早動き出すことはない。
仁は6トン近いマギ・アダマンタイト、いや、ハイパーアダマンタイトの塊を手に入れた。
最早『13号』の声も聞こえない。『ゴルグ』は単なる金属の塊と成り果てていたからだ。
「……」
「い、今のは何だ? 何が起きた?」
あっと言う間に『ゴルグ』が金属塊になってしまったことが信じられず、目を疑っているバフロスクたち。
礼子やランドたちはまだ警戒を解いていない。アンだけが、そんなバフロスクたちに声をかけた。
「ごしゅじんさまのお力です。でもご安心下さい。ごしゅじんさまはその力を、決して欲望に任せて使うようなことは致しません」
それは皮肉を多分に含んでいたが、バフロスクやマルコシアスたちは何も言わず黙って聞いていた。
「もしそのような事があったら、私たちが全力でお諫め致しますし」
「……それが魔法工学師というものか。……対して我々は……」
この時初めて、バフロスクは己の事を省みる機会を得たと言える。
いつもお読みいただきありがとうございます。
20140913 19時10分 表記修正
(旧)魔法無効器を味合わせてやれ
(新)魔法無効器を喰らわせてやれ
元は「味わう」ですから、「味合わせる」はおかしいですね。
20170625 修正
(旧)『うぬぬ、怖ろしき切れ味の刃物だな』
(新)『うぬぬ、恐ろしき切れ味の刃物だな』
どちらかというと『恐』は客観的、『怖』は主観的なニュアンスを持つようです。
この場合、切れ味の評価なので『恐』でしょうか。




