17-19 窮地
「馬鹿め、わざわざ攻撃されるためにやって来たようなものだ。喰らえ!」
マルコシアスは4体のゴーレム、『ベルグリス』に命じ、黒銀灰色のガーゴイル目掛け四方から一斉に攻撃をさせた。
だが次の瞬間、その顔は驚愕に彩られることになる。
「何だと!?」
1号が振るった超重ハンマー、2号が突き出した長大な槍、3号が斬りつけた巨大な剣、そして4号が叩き付けた特大の斧。
その全てが砕け散ったのである。
敵ガーゴイルは何もしていない。
ただその場に佇んでいただけである。それなのに、魔族側ゴーレム『ベルグリス』の武器は悉くが壊れてしまったのであった。
「信じられん……」
それは魔族の誰もが思ったこと。ここまでの差があるとは信じられなかったのである。
『くくく、身の程を知ったか? 貴様等が何をしようと、この『ゴルグ』は倒せまい』
そのゴルグの足元を見ると、足首まで地面に埋まっていた。
* * *
「ジン兄、あれ」
エルザもその事実に気が付いたようだ。
「ああ。あいつは相当な重量があるようだな。『変形』で動いているとしたら、芯までアダマンタイトなのかも」
「え?」
アダマンタイトの塊を魔法で無理矢理動かす。そんな発想は仁だってやらない。スマートでないからだ。
「あいつ相手じゃあ、礼子でさえ肉弾戦は不利かもな」
おそらくガーゴイルの重さは5トンから6トンはあると思われる。しかも、『変形』で動いているからには、少々のダメージは回復してしまうだろう。
倒すなら制御核を含めた魔導装置を破壊しなくてはならないだろう。
「アダマンタイトの塊を殴りつけるなんて非効率もいいところだ」
「じゃあ、どうやって、倒すの?」
「ん? いろいろやり方はあるぞ。相手のとんでも無さに惑わされるな」
そう言われ、少し落ち着いたエルザは考えを巡らす。そして納得がいったように緊張を緩め、頷いた。
「……理解した」
「だろう? さて、そろそろ手助けしてやらないとまずいかな?」
魔導投影窓には、『ベルグリス』が文字通り粉砕される場面が映し出されていた。
* * *
『ゴルグ』が動いた。地面を陥没させながらも信じられないような速い動き。
斧を粉砕されてバランスを崩した4号に向かい、重い一撃。
只の一撃で『ベルグリス』4号の胸部はひしゃげ、動かなくなった。魔導装置が故障したのだろう。
その光景を見たマルコシアスは驚きに目を見張る。その隙を突いて、『ゴルグ』は2号に襲いかかった。
『ゴルグ』は半ばまで砕け散った槍を掴み、それを持つ2号ごと振り回す。体格差があるにもかかわらず、2号は紙人形のように扱われ、堪らず槍から手を放してしまった。
10メートルほど吹き飛んで転がった2号目掛け、『ゴルグ』は奪い取った槍を力任せに投げ付けた。
壊れた槍が真っ直ぐ飛ぶはずもなく、回転しながら2号の右肩にぶつかった。その衝撃で右腕が根元からもげる。
一方、1号と3号も黙って見ていたわけではない。
壊れた武器を捨て、徒手空拳で襲いかかった。
がつん、いや、ごつん、であろうか。
鈍い音が響いた。
『ゴルグ』がダメージを受けた音ではもちろんない。
「なんだとぉ!?」
1号の左手と3号の右手が壊れた音である。
『ベルグリス』は鋼鉄製。無垢のアダマンタイトを殴りつければ当然の結果である。
『ゴルグ』は1号に足払いをかけた。まるで案山子の脚を薙ぎ払ったかのように、あっさりとひっくり返る1号。
返す脚で3号を蹴り付けると、右大腿部を凹ませながら3号は2メートルほど吹き飛んだ。
それを見届けることもなく、『ゴルグ』は飛び上がり、俯せに倒れた『ベルグリス』1号の背中に飛び乗った。
みしり、と音がしてその背中が凹む。更に『ゴルグ』はストンピングもどきに足踏みをする。
すると1回ごとに1号の背中が歪み、6回目で穴が空いた。
7回目の足踏みにより、内部の魔導装置は踏み砕かれ、1号は永遠に動きを停止したのである。
「くそおおおおおお!」
悔しげにマルコシアスが叫んだ。だが魔族たちも黙って見ていたわけではない。
「『Llama』!」
1号の背中に乗ったままの『ゴルグ』に向けて、無数の炎が弾丸となって放たれた。
だが、摂氏1000度そこそこの炎では、融点が摂氏3400度以上あるアダマンタイト相手では何の効果も上げられていない。
「くそっ、ならば! 『gravita』!」
「『gravita』!」
「『gravita』!!」
3名が重力魔法を放った。10倍の重力を3人掛かりでかけ、1000倍にする秘術とも言うべき技だ。
『諧謔』の氏族の奥の手である。
だが、『ゴルグ』は平然としている。それはそうだろう。仁が看破したように、己の重さを1000分の1にできるのだから、1000倍にされても元に戻っただけである。
そして『ゴルグ』は初めて魔法を行使した。
『『gravita』』
重力魔法。己の重さを変えられるなら、外部にも放てるのは道理だ。
「ぐっ!」
「ぐあああ!」
10倍の重力をいきなりかけられ、ほとんどの魔族は地に倒れ伏した。
倒れていないのは氏族長バフロスクとあと2人。重力魔法の使い手の3人だ。『諧謔』の氏族といえど、重力魔法の使い手は多くはない。
『『gravita』』
『ゴルグ』が更に重力魔法の強度を上げた。20倍。
通常、一人が使える重力魔法は10倍止まり。ラルドゥスもエルラドライトの助けを借り、重ね掛けまでして数千倍という重力をやっと作り出したのである。
「ぐ……」
そして20倍の重力を浴びて、使い手3名も倒れてしまった。
全員が倒れたのを見て、『ゴルグ』はゆっくりと歩き始める。
残った1体、3号はようやく起き上がったところ。
『『gravita』』
その3号も、重力魔法をくらって再び転倒。右脚がひしゃげているため、バランスが取れないようだ。
邪魔するものがいなくなった『ゴルグ』はゆっくりと歩き出す。
その向かう先は倒れた魔族。
その重量で踏みつけられたなら、生物の肉体などひとたまりもないだろう。
熟しすぎた果実を潰すよりも容易く、彼等の命が刈り取られてしまうことは間違いなかった。
「ぐ……っ」
何もできず、無力感に苛まれるバフロスク。彼のすぐ横に横たわるマルコシアスのところにやって来た『ゴルグ』は徐に右足を上げると、そのままマルコシアスの頭目掛けて足を下ろした。
「……!」
さすがのバフロスクも目を閉じてしまった。その耳に聞こえてきたのは鈍い音。生き物を潰した音ではなく、よろめいて地面を踏みしめたかのような音だった。
「?」
目を開けたバフロスクが見たものは。
横たわった魔族を抱え上げるゴーレム。
そして転倒した『ゴルグ』であった。
目を疑うバフロスクを抱え起こしたのは他の者たちを抱え上げたのと同型のゴーレムだった。
それは確かに、先日50体のガーゴイルを倒した、仁の作ったというゴーレムである。
そして『ゴルグ』を転倒させたのは、小さな少女型の自動人形。言わずと知れた礼子が体当たりしたからである。
彼等がなぜここにいるのか。答えは決まっている。ここに13号の拠点があると教えてくれたのは仁なのだから。
だが、その仁を出し抜いて、復讐のため勝手に先走り、勝手に窮地に陥っている自分たち。
そんな自分たちを救う理由が、バフロスクには理解できなかったのである。
「お、お前たちは……」
答えを期待した問いではない。ただ純粋な疑問により口をついて出た言葉であった。
ゆえにゴーレムが喋ったこと、そしてその内容に仰天する。
「もう死者は一人も出すな、とのご主人様からの命令ですから」
いつもお読みいただきありがとうございます。
20140912 12時49分 表記追加・修正
(旧)そんな発想は仁だってやらない。
(新)そんな発想は仁だってやらない。スマートでないからだ。
(旧)『ゴルグ』が動いた。
(新)『ゴルグ』が動いた。地面を陥没させながらも信じられないような速い動き。
(旧)己の重さを1000分の1にできているなら
(新)己の重さを1000分の1にできるのだから
20140912 15時16分 表記修正
(旧)ただ純粋な好奇心から出た言葉であった
(新)ただ純粋な疑問により口をついて出た言葉であった




