17-18 『狂乱』の氏族
「北北西に100キロというとそろそろだ」
昼を回り、秋の太陽がいくらか西に傾きかけた頃、過激派一行は目指す地点に到着していた。
「……川以外何も無いところだな」
「地下にあるという話だからな。……ライドロス、任せるぞ」
ライドロスは、先日の魔素暴走で命を落とした『狂乱』の氏族長ガログラスの息子で、現氏族長である。
『諧謔』の氏族長バフロスクが彼等を連れてきたのは、魔素暴走の被害者同士というのみならず、彼等が持つ技術にあった。
それはゴーレム。
かつてショウロ皇国でエルザの父を惑わしたマルコシアスもここ『狂乱』の氏族の出であった。そのマルコシアスもまた、この場に駆り出されていたのである。
「任された」
まずは氏族随一の転移魔法使いであるライドロスが転移魔法でゴーレムを運んでくる。
4回転移を繰り返し、4体のゴーレムが運ばれてきた。
次いでマルコシアスの出番だ。
「……マルコシアス、やれ」
「承知。……『ベルグリス』」
ライドロスが運んできた『ベルグリス』とは身長4メートルほどの巨人ゴーレムだった。
『玩弄』氏族の使う岩巨人よりは小さいが、力・速度共に勝っている。それが4体。
マルコシアスはそんなゴーレムを作ることができる。『狂乱』氏族始まって以来の天才とも言われていた。
4メートルのゴーレムが地響きを立てて歩き廻る。そして1箇所、響きの違う場所を見つけた。
「あの下に空洞があるようですね。……1号、やれ!」
4体のベルグリスはそれぞれ異なった武器を持っている。1号が手にするのは巨大なハンマー。メイスと呼ばれる打撃武器に近い。
それを振り上げた1号は思い切り地面に叩き付けた。
上がる轟音と土埃。さらに一撃、もう一撃。
5回にわたる打撃により、地面は陥没し、抉れた。その底に、金属の輝きがちらりと覗く。
「やはりあったな。よし。……『Distruzione』!」
バフロスクは爆発魔法を放った。土が吹き飛び、金属が露わになった。
その金属板目掛け、更なる攻撃をしようとした、その時。
『やれやれ、騒がしいな。ここを見つけたのは褒めてやる。が、それが命取りだ』
そんな声が響き、別の場所に穴が空いて、そこから銀色のガーゴイルが4体現れた。
魔族たちはわずかに動揺したものの、前回ガーゴイルを見た時ほどには恐れなかった。礼子たちが倒した印象が未だに強かったのである。
『雑兵人形を倒したくらいでいい気になるな』
そしてガーゴイルが襲いかかってくる。それを受けて立つベルグリス。
今度のガーゴイルの体長は3メートル。ベルグリスは4メートル。一見するとベルグリスが有利である。が、それは間違いであった。
銀色のガーゴイルは動きが速いのである。対するベルグリスはそれより遅い。ベルグリスの攻撃はガーゴイルに当たらないのに、ガーゴイルの攻撃は全てベルグリスに当たっていた。
が、ベルグリスの方も、厚い装甲により大きな損傷は受けておらず、長期戦になるかと思われた。
「『Distruzione』!」
が、そんな戦況をひっくり返す魔法が。言わずと知れた爆発魔法を使い、『諧謔』氏族がベルグリスの支援を開始したのである。
ランド20体と礼子は不可視化の結界に身を隠してそんな戦いを観察していた。
魔族が危うくなったら救助する態勢を整えている。
『不本意ですが、もうこれ以上命を落としてもらっては困りますからね。主に御主人様の心情的に』
老君はそんなことを考えながら魔族の戦い振りを観察していた。
ちょうど13号の戦力も知る事が出来て一石二鳥である。
『Distruzione』による爆発が、ガーゴイルの移動を妨げた。その瞬間、メイスの一撃が炸裂。
超重武器であるハンマーの一撃により、ガーゴイルの胴体がひしゃげた。格段に動きが悪くなる。
そこへ頭上からの二撃目が炸裂し、ガーゴイルは粉砕されたのである。
これで残るはあと3体。
「1号! 3号に加勢しろ!」
マルコシアスは戦術にもそれなりに通じていたのか、即座に一番近いベルグリスのところへ差し向けた。
2対1となり、更に魔法による援護があると俄然有利である。
3号の武器は長大な剣。先端の方が大きく、重く作られており、遠心力で叩き斬るのに適していることは明らかだ。その威力は大きいが、当たらなければ意味がない。
1対1の時は速さに翻弄されていたが、2対1となったことで形勢は魔族側に傾いた。
「そこだ!」
動きの止まったガーゴイル目掛け、長大な剣が力任せに振られ、腰に食い込んだ。
「1号! 追撃だ!」
ベルグリス1号のメイスが振られ、剣の反対側からガーゴイルの腰に炸裂する。
剣による亀裂が更に広がり、ガーゴイルは上半身と下半身に分かれ、その場に転がったのだった。
「1号は2号の、3号は4号の援護だ」
マルコシアスの指示。これでそれぞれが2対1となった。
2号の武器はこれも巨大な槍。スピアーではなく、ランスと言えばいいか。突くことに特化した武器である。
加勢に入った1号は、援護の爆発魔法が穿った穴に脚を取られたガーゴイルを捕まえる事に成功した。
その胸目掛け突き出された槍はガーゴイルを貫き、その魔導装置をも破壊した。
4号の武器は斧であった。バトルアックス。長大な柄を持つ巨大な両刃の斧である。
3号は剣を振り回し、ガーゴイルを追い立てるが、素早さで勝るガーゴイルは全て躱し、かいくぐる。
そのうちに、1号と2号も加わった。
4対1。
さすがのガーゴイルも追い詰められ、バトルアックスの一撃を頭部に喰らい、動かなくなったのである。
「やったな! 我等に恐れるものは無し!」
勢いづくバフロスクである。
そこへ、どこからともなく響いた声は嘲りを含んでいた。
『……愚かな。己の力を過信するとは』
そして現れる黒銀灰色のガーゴイル。
「また出て来たか。しかし今度はたかが1体だ。かかれ!」
一番近くにいた4号が、そのバトルアックスを振りかざし、襲いかかった。
黒銀灰色のガーゴイルは空へと飛び上がった。
「く……、また空か。どうして飛べるんだ?」
* * *
仁は、蓬莱島の司令室でその戦いを観察していた。隣ではやってきたエルザが真剣な顔で画面を見つめている。
「……どっちも馬鹿か?」
「え?」
仁の呟きにエルザが疑問符を浮かべた。
「13号は戦力の逐次投入めいた事をやっているし、魔族の方は調子に乗って過信し過ぎている」
何より魔族は魔素暴走のことを忘れているんじゃないか、と仁は付け加えた。
「……魔族はともかくとして」
エルザは自分の意見を口にした。
「……13号の方、逐次投入じゃないとしたら?」
「え?」
「ジン兄のレーコちゃんに相当する戦力。それがあるんなら、今までのガーゴイルは玩具同然」
エルザのその言葉を聞いていたかのように、画面には黒銀灰色のガーゴイルが映し出されていた。
「あの色は……アダマンタイト?」
だとすると相当の重量があるはずだ。だが見たところ、地面に付いた足跡はさほどの深さではない。
「うーん、表面だけなのかな?」
その時、4号が襲いかかり、ガーゴイルが空へと飛び上がったのが見えた。
「また飛んだ、か。……やはりうまく重力魔法と風魔法を組み合わせているな」
「ジン兄、どういうこと?」
「ん? ああ、おそらくあいつがやっているのは……」
仁はガーゴイルの飛行の秘密を見破っていた。
「重力魔法で重さを1000分の1くらいに減らし、風魔法で浮いていると思う」
0にしてしまうと、かえって制御しづらくなるのだ。
「ラルドゥスも、礼子によれば剣の重さを制御して、振り回す時は軽く、激突の瞬間だけ重くしていたらしいしな」
よほど制御が上手くないとそんな事はできないだろう、と仁は付け加えた。
その時、画面の向こうでは、黒銀灰色のガーゴイルが魔族たちのただ中に降り立ったのである。
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20140912 7時26分 誤記修正
(誤)黒銀灰色のガーゴイルは魔族たちのただ中に降り立ったのである。
(正)黒銀灰色のガーゴイルが魔族たちのただ中に降り立ったのである。
20150319 修正
(旧)北北東に60キロというとそろそろだ
(新)北北西に100キロというとそろそろだ
(旧)……まさに何も無いところだな
(新)……川以外何も無いところだな




