17-16 VSガーゴイル
魔族が『天使』と呼ぶ、どう見ても仁にはガーゴイルにしか見えないそれを前にして、ほとんどの魔族たちは萎縮してしまっていた。
「みんな、どうしたんだ?」
仁(の『ダブル』)が呆気にとられながらそう言うと、そばにいた『諧謔』のバフロスクが絞り出す様な声で答えた。
「……あれは我等の伝説に出てくる天の使い、天使なのだ。空を飛ぶところをみてもわかる通り、その力は絶大。まさか天使が相手だとは……」
心なしか青ざめた顔をしている。あのバフロスクが、と思わないでもないが、伝説の存在を目のあたりにしたらそんなものなのだろう、とも思う仁。
気が付けば、その場にいた魔族は全員地面に蹲ってしまっていた。
立っているのは仁(の『ダブル』)、礼子、アンのみ。もっとも、不可視化で姿を隠しているランド隊が10体いるのであるが。
『お前は恐れないのか?』
最後に降り立った黒いガーゴイルが『ダブル』に向かって尋ねてきた。
「ああ。たかが羽の生えたゴーレムを何で恐れなきゃならないんだ」
『愚か者め』
仁には、目の前にいるのが有り余る魔力に飽かせて動作させているゴーレムであることがわかっていた。
注意する必要があるとすれば、どんな付加機能があるかということ。
だが、過激派の目を覚まさせる絶好の機会であることも確か。
仁は現在魔族領にいる総力でかかる事にした。
「ランド隊! 攻撃準備!」
その声に従い、派遣されていた陸軍ゴーレム、ランド11から20が不可視化を解き、姿を現した。
『うぬ……あくまでも手向かうか』
作り物ゆえ表情は変わらないが、その声には憎々しさが籠もっていた。
『後悔するなよ』
「行け!」
13号の言葉など気にも留めず、仁は攻撃命令を出した。
陸軍ゴーレム10体対ガーゴイル50体。礼子とアンはと言うと、蹲る魔族を避難させていた。
「う、うわあああ!」
「うおおおお!」
一人一人は面倒とばかり、アンは魔族をぽいぽいと放り投げ、それを礼子が受け取って屋内に退避させていく。
毒気を抜かれた魔族たちは、過激派とは思えないほど大人しくされるがままになっていた。
その間に、ランドたちとガーゴイルは激突。
ランドたちの武器は超高速振動剣。一撃で敵ガーゴイルを真二つにする威力がある。
最初の激突で10体のガーゴイルが行動不能になった。対してランドたちは無傷。
再度、ランドとガーゴイルが交錯し、敵の損失は20体となった。
「……やっぱり『変形』タイプか」
『変形タイプ』とは、仁が名付けた方式で、ストーンゴーレムなどのように、『変形』の発展型の魔法で動いているものを指す。
効率が悪いため、魔族領のように自由魔力素が豊富な場所でないと使えない。
『……うぬぬ、生意気な!』
隊長格なのだろう、13号の声を発する黒いガーゴイルは悔しげな声を上げる。
その反面、屋内から中庭の戦闘を見た過激派魔族たちは、恐れていた伝説の『天使』が苦もなく倒されていくのを見て、呆気にとられていた。
だがまだ敵ガーゴイルは30体もいる。
13号はそのうち10体を別行動させた。標的は当然、避難した魔族たちである。
「礼子! アン!」
ここで礼子とアンに指示が飛んだ。
「はい、お父さま」
「はい、ごしゅじんさま」
礼子は桃花を、アンは超高速振動剣を振るい、ガーゴイルに斬り込んだ。
一瞬にして礼子は6体、アンは4体を斬り伏せてしまっていた。
「……! あれは、あの時の……!」
そんな声を上げたのは『灰燼』のドグマラウドだった。
「ドグマラウド、知っているのか?」
「ああ、親父。知っているとも。あの小さい方は、ラルドゥスの重力魔法に耐え、奴を気絶させた自動人形だ」
「何だと!? ラルドゥスはあの自動人形と戦った事があるのか?」
横から口を挟んだのは『諧謔』の氏族長、バフロスクだった。
「……ラルドゥスの重力魔法は我が氏族でも並ぶものがないほどだ。それに耐えたというのか?」
「そうだ。しかも、エルラドライトを使って。あの小さい方はそれに耐えたのだ!」
「何と!」
彼等にはその意味がわかるだけに、礼子のとんでもなさが理解できた。
その礼子は、ランドたちと共に残ったガーゴイルを斬り伏せ、ちょうど今、黒いガーゴイル以外のものは全て動かなくなっていたのである。
その黒いガーゴイルは刃の届かない5メートルほどの宙に浮かび、戦況を見つめていた。
「残るはお前一人だ」
仁(の『ダブル』)がそう言うと、黒いガーゴイルはどこからか魔結晶を取り出した。
『……お前たちが強いことは認めよう。だが、それだけで勝った気になるのはまだ早い』
そしてその魔結晶を放り投げたのである。
「転送!」
その魔結晶がどんな働きをするのかはわからないが、礼子はすかさず『転送銃』を用いて、それが地面に到達する前に遙か彼方へ転送してしまったのであった。
『な、なんだと!?』
「何をする気だったかは知らないが、みすみすさせるわけにはいかないな」
『……』
初めて黒いガーゴイルに焦りのようなものが感じられた。
『貴様……何者だ?』
「俺は魔法工学師、ジン・ニドー」
『魔法工学師?』
「そうさ。お前は知らないだろうが、人間は進歩するんだよ」
仁は会話をしながら、老君の作業が済むのを待っていた。
13号はここにいない。どこか遠くの基地から遠隔操作で黒いガーゴイルを操っているはずである。
ゆえに、黒いガーゴイルをすぐに倒すことなく、情報収集のために会話を続けていたのであった。
『まさか、001号を倒したのは貴様等か?』
「ほう、001号の末路を知っているのか」
13号の問いに、やや挑発的な言葉で返す仁。案の定、13号は乗ってきた。
『やはり……! 同志を倒された怨み、晴らさずにはおかぬ! 自由魔力素を失って死ぬがいい!』
『『魔法無効器』、発動しなさい!』
老君は、13号の言葉から、魔素暴走を起こさせる気ではないかと推測し、上空に待機するペガサス1から、このために開発した『魔法無効器』を発動させた。
ほぼ同時に、礼子も腕輪に仕込まれた魔法無効器を発動させる。
『なん……だ…………と…………』
13号の声が小さくなり、聞こえなくなる。そして、黒いガーゴイルはその場に膝を突き、倒れ込んだ。ここに13号との初戦は終了した。
「上手くいったな」
魔法無効器の波動は、発動した魔素暴走の魔力線を無効化し、周囲への影響を無くしてしまった。更に、ガーゴイルの動作すらも封じてしまったのである。
そのまま十数秒、魔法無効器の波動を浴びせ続ける。魔素暴走を起こすはずだった魔力線はとっくに止まり、消滅したであろう。
「よし、礼子、慎重を期すため、エーテルジャマー発動だ。その後、ペガサス1、照射やめろ」
礼子がエーテルジャマーを使う。そしてペガサス1の照射が止まった。こうすれば、照射が止まると同時にエーテルジャマーが有効になる。
この状態なら、仁や仁に作られた蓬莱島勢は魔法を使えるわけだ。
「よし、こいつをばらそう」
仁(の『ダブル』)は、礼子に警戒させつつ、ゆっくりと黒いガーゴイルを解析していった。
「……なんだ、変わり映えしない中身だ……」
当初の予想どおり、遠隔操縦していただけのようだ。
「やはり『変形』タイプだな」
筋肉組織や骨格が無いので間違いはない。
「……これが制御核、こっちが魔力反応炉か」
やはりこのガーゴイルも、魔素変換器と魔力炉の組み合わせではなく魔力反応炉を使っていた。
「だが、これは……ああ、こんな方法を取っていたのか」
仁が苦労して作り上げた魔結晶の双晶ではなく、長い柱状の結晶を使い、両端に魔導式を書き込んで使っていた。
「これじゃあ効率がいいといっても90パーセント行かないんじゃないかな?」
そんなことを呟きながら、さらに解析を進めていく仁であった。
いつもお読みいただきありがとうございます。
20140909 13時20分 誤記修正
(誤)蹲る魔族を非難させていた
(正)蹲る魔族を避難させていた
(誤)礼子が受け取って屋内に非難させていく
(正)礼子が受け取って屋内に退避させていく
20171019 修正
(旧)横から口を挟んだのはラルドゥスの父で『諧謔』の氏族長、バフロスクだった。
(新)横から口を挟んだのは『諧謔』の氏族長、バフロスクだった。
彼はベミアルーシェとドネイシアの父親であってラルドゥスの父ではなかったです……




