17-15 13号
13号と名乗る相手から連絡が入ってきた。
老君は瞬時に対応を決め、魔素通信機によりランド・職人全員に指示を出した。
それは『放置』。
物音を立てることも禁止。
遅かれ早かれ何かがあったことは気付かれるだろう。ならば、こちらの情報はできるだけ知られない方が望ましい。
転移マーカーは処分してあるから、いきなり転移して現れる可能性は低い。
返答しないことで不審に思った相手がどんな反応をするか、それが不確定要素だった。
『……001? どうした? 001!』
数回呼び出す声が聞こえたあと、通信は切れた。老君は即座に指示を出す。
『全員戦闘態勢。職人は全員天井に。ランドたちは不可視化を使い、壁際へ』
そして上空で援護態勢にあるペガサス1、ファルコン2、3には、接近する者がいないかどうかを監視するよう命じたのである。
『……やはり、もう1体いたようです』
蓬莱島では老君が仁に報告していた。
『13号、と言っていました。確か、700672号は『デキソコナイ』が13体作られた、と言っていましたから、その1体だと思われます』
「そう考えるのが妥当だな」
『はい。001号は、見たところかなり劣化しており、身体的に不具合が出始めていたようです。13号については不明。これからの方針をどうするか、決めなければなりません』
「もう『デキソコナイ』、つまり『負の人形』はいないのだろうか?」
『不明です。ですが、700672号の話によれば、3体目が残っている可能性は更に低くなりました。ですので13号で最後という前提で計画を立てたいと思います』
「13号については何がわかっているんだ?」
『残念ですが、13号という呼び名だけです。居場所の方は、通信の魔導具を解析して洗い出しているところです。間もなく判明すると思われます』
「よし、まずは相手の情報からだな。……で、過激派の方はどうなっている?」
『はい。幸か不幸か、2回目の魔素暴走が引き起こされたことで、かなり素直に話を聞く気になったようです』
「そうか……まあ、済んだことはどうしようもないが、将来に繋げていければな……」
* * *
「ジン殿、残った過激派の主だった氏族長を呼ぶ事にした」
『蠢動』の氏族が全滅した話が伝わると、『諧謔』の氏族長バフロスク、『灰燼』の氏族長フロロドルスらは話し合いに積極性を見せるようになっていた。
「『雷霆』『紅蓮』『颶風』の3氏族から代表が来ることになっている」
それぞれ30名ほどの小氏族で、これで全過激派氏族が揃うことになる。
「転移魔法を使える者が来ると言うことだから、明日には全員揃うぞ」
「そうですか、それは助かります」
仁の『ダブル』は安心したように大きく頷いて見せた。
ここで過激派を説得できれば、魔族と人類との戦争は完全に回避できる。
だが、仁には気掛かりもあった。
「アルシェルとラルドゥスの行方がわからない……か」
仁も名前を知っている、『あの』2人の魔族が行方不明だったのである。
気掛かりなまま日は改まり、11日となった。
朝から転移を使い、数名ずつ過激派がやってくる。そうして全員揃ったのがお昼前。
『諧謔』の氏族長の屋敷中庭に、15名の過激派が集っていた。
仁は、蓬莱島で大量にストックされているペルシカジュースを用意していた。前の日に転移門を使い運び込んでおいたものだ。
たかが飲み物、と思いながら口を付けた過激派の連中は、一口飲んだあと一様に驚いた顔になる。
「こ、これは……!」
「……うまい」
「身体が軽くなったような気がする」
ごつい体躯をした魔族がジュースを飲んで頬を緩めているのはあまり見られたものではないが、とりあえず仁への警戒心は下がったようなのでよしとする。
「さて、それでは本日集まってもらった目的だが」
進行役を務めているのは『侵食』のジャラルドスである。
「残念な事に、『蠢動』の氏族が全滅、また『諧謔』の氏族も大半が魔素暴走の犠牲になったことはご存知と思う」
今回は、集まった者たちは騒がずにただ黙ってそれを聞いていた。
「そもそも、その昔我等の祖先は……」
この話になると多少のざわつきが生じる。
「住み着いた祖先は現住民族と混血し……」
ざわめきは更に大きくなる。
「……その『負の人形』という存在が我等と人間を争わせ、あわよくば共倒れを画策していたという……」
このあたりで、出席者のざわめきは最高潮に達した。
「証拠はあるのか!?」
「我等と人間が同じ祖先をもつだと!?」
などの罵声が飛ぶ。
収拾が付かなくなりかけた時、バフロスクが一喝。
「静かにしろ!」
まさに鶴の一声。騒がしかった場が静まりかえる。
「……その『負の人形』が魔素暴走を引き起こしたのは事実だ。私もその場にいたからな。生き残れたのは運がよかっただけだ。ジンの配下である自動人形が張った結界(実は障壁結界)のおかげでな」
今は20名しかいなくなってしまったが、かつて最強を誇った『諧謔』の氏族長の言葉には有無を言わさぬ説得力があった。
「私は復讐をしたいと思った。だが、肝心の相手がどこにいるのかさえわからん。しかし、ジンはそいつがどこにいるのか、捜し出すことができるらしい」
「それは本当か!」
その時、あたりに謎の声が響き渡った。
『うははは……捜さなくてもいいぞ。こちらから来てやった』
「何!?」
「どこだ?」
その場にいた者たちはあたりを見回した。
『……どこを捜している。ここだここだ』
「上だ!」
仁(の『ダブル』)が叫ぶ。上空に待機するファルコン2からの指摘だ。
「上?」
「……おお?」
中庭上空約50メートルほどのところに、羽の生えた異形の人型が約50体、浮かんでいたのである。
「転移してきたのか? マーカーもないのになぜ?」
当然の仁の疑問。それに答えたのはファルコン2のスカイ2からであった。
『奴等は一旦屋敷の外に転移してきました。そこから宙に浮き、中庭の上にやってきたのです』
「屋敷の外?」
外で待機しているランド隊に命じ、捜させる仁。だが、事態は切迫していた。
「同志001が消された。残る最後の『負の人形』であるこの13号が後を引き継ぐ。魔族も人類も皆殺しだ」
その声を発しているのは50体のうちの1体。一際大きく、黒い色をしている。
ゆっくりと降下してきたので、その姿がはっきりと見えるようになった。
「……天使……」
「え?」
誰かが発した言葉に、仁は驚いた。
背中に羽を生やした人型。
だが、その肌はくすんだ暗い緑色。顔は獰猛で口からは牙が映えている。体長は2.5メートルくらいか。
仁のイメージではファンタジーに出てくる『ガーゴイル』であった。
* * *
「あれが……天使?」
蓬莱島にいる仁本人は、かつてエゲレア王宮で行われたゴーレム園遊会を思い出していた。
あの時は、確かに『天使』を模したゴーレムが出品されていたのである。魔法相ケリヒドーレ作の『エリオス』と言う名前だった……。
但し、その容姿は女性形で、羽も姿も真っ白で、目の前のガーゴイルもどきとは似ても似つかなかったが。
「言い伝えられるうちに美化された、ということかな」
蓬莱島司令室にいる仁は暢気に構えているが、現場にいる魔族たちは恐れおののいていたのであった。
いつもお読みいただきありがとうございます。
20140908 19時24分 誤記修正
(誤)このあたりで、出席者のざわめく派最高潮に達した
(正)このあたりで、出席者のざわめきは最高潮に達した
20160517 修正
(誤)「……001? どうした? 001!」
(正)『……001? どうした? 001!』




