17-08 魔素暴走
「全員……か?」
その場にいた魔族が全員死んでいるというので仁は耳を疑った。
「はい。全員、です」
一方、回復薬を投与したジャラルドスとバフロスクの方も、ベリアルスと同様に心拍数はなんとか平常通りになったようだ。
つまり、生き残ったのはベリアルス、ジャラルドス、バフロスクの3人ということになる。その3人もまだ意識がない状態である。
一体何があったのか、仁もエルザも、アンも礼子も、そして老君も頭を悩ませた。
「ものすごい閃光だった。だが、爆発じゃないんだな」
『はい、倒壊した建物もなければ、火災も起きていません』
銀色のボールが何かの攻撃魔法を放った、それは間違いないと思われる。
それが一体何なのか。
『御主人様、状況から判断して、1つだけ可能性に思い当たりました』
老君が報告を入れる。
「それは?」
『『魔素暴走』です』
魔素暴走。
300年前、人類と魔族が戦った魔導大戦において、劣勢だった人類が使ったと言われる起死回生の一手。
魔族の大半を滅ぼした反面、人類側にも多大な損害を出した凶悪な魔法。
対策を立てるため、仁が捜し続けていた失われた禁呪。
「『負の人形001』が使うとは……」
『いえ、御主人様。もしかしたら、かつての魔素暴走も『負の人形001』が引き起こしたものという可能性もあります』
人類と魔族を争わせ、その揚げ句に大量の命を奪う。やりかねない、と仁は思った。
『そう考えると、魔素暴走の詳しい資料が残っていないのも頷けます』
「ああ。だが、まさかここで使われるとは……」
がくりと肩を落とす仁。
そんな仁に声をかけたのは礼子だった。
「お父さま、もしもあの場にお父さまがいらっしゃったなら、命を落としていた可能性が高いと思います。不謹慎なのを承知で申し上げます、お父さまには蓬莱島にいていただいて本当によかった、と思います」
老君も補足する。
『御主人様、もし御主人様が命を落とされていたら、礼子さんはきっと世界を滅ぼしたのではないかとさえ思えます。そんなことにならずに本当によかった、と……』
それを聞いた後、横にいたエルザが、寒くもないのにぶるっと震えた。
「魔素暴走だとすると……」
一番近くにいたのはアンだ。
「アン、何が起こったか、説明できるか?」
「はい、ごしゅじんさま。概要しかわかりませんが」
そしてアンは説明を始めた。
状況はアンの目を通して見ていたので、大体把握している。
「おそらく、過激派の一人もしくは数名に転移マーカーを仕込んであったようですね」
『針』の亜種なのか、それともポケットに持たせたのかはわからないが、いずれにせよ転移で攻めてきたわけである。
これは少し前に老君と仁が想像した通りであった。
次に、魔素暴走の様子。
「障壁結界を張っていたので、詳細は掴みきれませんでしたが」
そう前置いたアンは自分に起きたことを説明する。
「まず、周囲の自由魔力素濃度が異常なほど薄くなりました。次いで、力が抜けていくようで、私は動作を停止したようです」
とはいえ、動作停止してしまったため、大した事はわからない。
『アン、魔力貯蔵庫の残量はどうですか?』
そこへ、何を思ったか、老君が質問を挟んだ。
「はい、魔力貯蔵庫は……残量ほぼゼロ、です」
「何だって?」
自由魔力素豊富なこの地にあって、魔力貯蔵庫の魔力素を使うという事態はまず起きないはずである。それがそうではなかった。ということは……。
『御主人様、魔素暴走の現象面について仮説を立てました』
いち早く老君は、この状況から仮説を導き出していた。
「わかった。……できれば全員で聞きたいな。緊急呼び出しをかけてくれるか?」
『わかりました』
そして老君は『仁ファミリー』全員に緊急呼び出しをかけた。一番忙しいラインハルト夫妻も、その理由を聞くと仕事を放り出して(秘書官に丸投げして)やって来たのである。
そして仁は、全員が揃うまでの数十分間を使い、カプリコーン1を現場に近づけると共に、ナース1、2を派遣して生き残りがいないかどうかを確認させていた。
それによると、現場から500メートル以内の被害者は絶望だったが、それよりも離れた所では生存者がいたのである。
その数19人。100人以上いた『諧謔』の氏族は、実にその8割が命を落としたのである。
生き残った19人は一箇所に集め、回復薬を投与しておいた。
そして、彼等の身体の診察結果も報告され、老君の仮説は更に裏付けられることになったのである。
* * *
『魔素暴走は、その名の通り、自由魔力素に異常な振る舞いをさせる魔法です』
仁、エルザ、ミーネ、サキ、トア、ステアリーナ、ヴィヴィアン、ラインハルト、そしてベルチェ。勢揃いした仁ファミリーの前で、老君は仮説の説明を始めた。
『自由魔力素は小さな小さな粒です。魔導士は、魔力の一種である精神力で自由魔力素を捕らえて集めます。この自由魔力素は精神力によって新たな形態をとります。これが魔力素ですね』
まずは自由魔力素と魔力素のおさらいから始まった。
魔導士でないミーネやヴィヴィアンが首を傾げているので、老君は更にわかりやすい例えを使うことにした。
『例えるなら、自由魔力素は石の粉です。そこに精神力という水を加え、練ることで粘土となります』
今度はなんとなく理解できたようで、老君は話を続けていく。
『この粘土、つまり魔力素は、精神力によっていろいろな形を取らせることができます。粘土から、茶碗、皿、急須、花瓶、置物など、形や用途の異なるものを作り出せるように、魔力素も、火、風、水、土など、さまざまな属性を取らせることができます』
サキもこの例えは気に入ったようで、大きく頷きながら聞いている。
『そして、粘土と違うところは、魔力素は精神力でエネルギーに変えることができるということです』
この辺から、科学を身に着けていないミーネやヴィヴィアンには辛くなってくる。
サキやトアは、老君が用意した入門書を読みふけったり、仁やエルザ、ステアリーナに質問したりしてかなり勉強していたので、おおよそ理解できたようだ。
『この自由魔力素そのものを無理矢理エネルギーに変えてしまうのが魔素暴走に他ならないと考えます。この時、魔力素も一旦分解されて自由魔力素に戻るので、依存性の高い生命体にとっては致命的なのでしょう』
アンが停止したのは自由魔力素が無くなったためで、体内の魔力貯蔵庫も残量がほぼゼロだったことから、魔力素も奪われたと推測したようだ。
『このときのエネルギーへの変換は緩やかなので、爆発のような現象は起こりません。時間をかけて光となって拡散してしまうのでしょう。とはいっても数秒ですが』
すぐに理解できたのは仁、エルザ、そしてラインハルト。サキ、トア、ステアリーナはやや漠然とではあるが、概ね理解した。ベルチェ、ヴィヴィアン、ミーネはなんとなく納得した程度である。
老君は、以上が仮説です、と言って締めくくった。
「なるほどな。しかし、どうやって魔素暴走を起こすかまではわからない、か」
この先、『負の人形001』と対決する際、魔素暴走を使ってくることは十分に考えられる。
そのための対策を講じるには、原理を知っておくことが早道であった。
『残念ですがわかりかねます』
「今わかっている情報を元にして効果的な対策は立てられるか?」
だが老君は、難しい、と答えた。
『しかも、障壁結界と魔力シールド構造の2つがあったにもかかわらず、魔力貯蔵庫の魔力素が影響を受けています』
障壁結界と魔力シールド構造でも、防ぎきることはできなかった。
「……難しい問題だ」
魔力素を分解することはできるが、魔力素を自由魔力素に戻す、ということは今の仁には不可能である。
このままでは、礼子と言えども魔素暴走をまともに受けたら動けなくなってしまうと言うことであった。
「ねえジン、自由魔力素を集めて魔力素にできるような力なら、その逆もできるんじゃないのかな?」
黙ったまま考え込んでいたサキが仁に助言をした。
「確かにな……」
やり方は不明だが、特殊な波長と波形を持った魔力線を用いるという仮説を立ててみる。
この時、発生の鍵となる特殊魔力波の強度を調整することで、範囲を限定することができる、と考えれば、中庭にいた者は命を奪われ、離れていた者には生存者がいた説明にもなる。
何せ、魔導大戦時の魔素暴走は、数十人どころか、数万、数十万の人命を奪うほどの規模だったのだから。
「いずれにせよ仮説の域を出ないからな……」
その時、仁は700672号のことを思い出した。
「以前『負の人形001』がどんな技術を持っているか聞いたときに、魔素暴走の話は出なかったな」
「700672号も知らないのでしょうか」
わざと黙っていたとは考えにくい。あり得るのは、彼も知らなかったということ。
『と、すると、『負の人形001』が独自に開発した魔法ということですね』
過去の超技術を身に着けた、狂った人形。
『手強そうですね』
「ああ、まったくだ」
蓬莱島の仁は、絶対に『負の人形001』を野放しには出来ない、と思いを新たにするのであった。
ついに魔素暴走について少しわかり始めました。
仁も、魔力素の分解はできても自由魔力素には戻せません。粘土の例えで言えば湯飲みを割ることはできても、粘土から石の粉に戻すことはできないわけです。(粘土なら乾燥させて砕けば?)
いつもお読みいただきありがとうございます。
20140901 21時02分 誤記修正
(誤)そんな仁の声をかけたのは礼子だった
(正)そんな仁に声をかけたのは礼子だった
20150519 修正
(旧)粘土から、茶碗、皿、急須、花瓶のように全く用途の異なるものを作り出せるように
(新)粘土から、茶碗、皿、急須、花瓶、置物など、形や用途の異なるものを作り出せるように
20181015 修正
(誤)「『魔素暴走』です」
(正)『『魔素暴走』です』




