17-07 奇襲
「これ以上は平行線だな」
バフロスクが鼻で笑い、
「思い直せ! 冷静になれ!」
ジャラルドスが叫んだ、その時であった。
過激派の間に、侏儒(背の低い人間)が突如として現れたのである。
「な!」
「何だ、貴様は!」
だが、侏儒は何も言わずに、銀色のボールを真上に放り投げると、あっと言う間に転移で姿を消したのである。
(あれは『負の人形』!)
不可視化を使い、姿を隠してその場にいたアンのみが反応出来た。
放り投げられた銀色のボール。それが何であるか、確認している暇はない。どのみち、碌な物ではないだろう。
まさか仁(の『ダブル』)もいないこの場に。これだけの過激派が揃っている所に。
(負の人形が攻撃を仕掛けてくるとは……!)
銀色のボールの正体が何であるにせよ、簡易転送機で排除してしまえば危険は無くなる。が、この時点でアンにはまだ持たされていなかった。
試作1丁が礼子の手元にあるだけなのである。量産されてくるのはあと半日かかる予定であった。
(間に合わない! せめてジャラルドスとベリアルスだけでも……!)
アンの一番近くにいた二人を引き寄せる。ジャラルドスの肩がぶつかり、バフロスクもこちら側に倒れ込んできた。
「バリア」
そして障壁結界を展開する。それがアンにできた全てであった。
『負の人形001』が消えて1秒後。
銀色のボールに込められた魔導がその威力を解放した。
* * *
「な、何があった!?」
蓬莱島にいた仁は椅子を蹴って立ち上がり、画面を食い入るように見つめる。
一瞬感知できた自由魔力素の乱れ。
だが、それきり魔導投影窓はブラックアウトしてしまった。
「アンに何かあったのか!? 礼子達は?」
『御主人様、礼子さん達は無事です。今切り替えます』
魔導投影窓が明るくなる。アンから礼子の視界へと切り替わったようだ。
「礼子、アンたちに何かあったぞ!」
すぐ礼子から返事があった。
『はい、お父さま。自由魔力素の揺らぎを感じました。カプリコーン1の測定器は自由魔力素の急激な減少と、エネルギーの発生を感知しています。同時に、アンたちのいる場所に強烈な閃光が生じました』
只事ではないと感じた仁は、調査することに決める。
「礼子、試作の簡易転送機……転送銃を持って、アンたちの所へ行ってみてくれるか? 十分に、いいか、十分に注意してな」
『はい、すぐに』
礼子は桃花を背負い転送銃を手にすると、カプリコーン1を出、時速200キロ以上で駆けて行く。
4キロの距離を1分少々で踏破した礼子は、『諧謔』の氏族が住む居住地に着いた。
「これは……」
しんと静まりかえり、先程までの紛糾ぶりが嘘のようである。
不可視化の結界を展開し、足音を立てないよう注意して、話し合いが行われていた場所、つまり氏族長バフロスクの屋敷に向かった。
「……一体何が?」
道には、何人かの魔族が倒れている。死んでいるのか気を失っているのか、今は確認している時間が惜しいので放置。
バフロスクの屋敷に着くが、やはり死んだような静けさに包まれている。張り巡らされた石の塀に取り付けられた鉄の扉は閉ざされている。
開けようとして力を込めた礼子は、あることに気が付いた。
「……自由魔力素が……薄い?」
カプリコーン1の周囲に比べ、自由魔力素濃度が低いのである。ゆっくりと回復して来つつあるようだが、その低下量は異常だ。
超強力な魔法を連発、それも10回や20回ではなく、10万回、20万回と使わない限り、こんな事にはならないと思われる。
そして、そんな強力な魔法が使われたにしては、建物の被害が皆無なのだ。
首を傾げながら、礼子は鉄の扉を力ずくで押し開けた。
自由魔力素が少なかろうと、礼子の魔素変換器は高効率である。十分な量の自由魔力素を魔力素に変換し、礼子にエネルギーを供給していた。
掛かっていたのは木の閂、簡単にへし折れてしまい、礼子は塀の中へと足を踏み入れる。
そこも途中と大差なかった。数人の魔族が倒れており、意識のある者はいない。
アンからの報告で話し合いが行われていたのは中庭であることを知っていた礼子は、そのまま前庭を突っ切り、屋敷に突入。
そこにも動く者はおらず、誰にも止められることなく、屋敷を抜けた礼子は中庭へ飛び出した。
そこで礼子が見たものは。
「これは……!」
ここまでと同様に倒れ伏す、20人あまりの魔族であった。
「アンは……!」
中庭を見渡した礼子は、向こう端に見慣れた青い髪を見つける。
「アン!」
倒れ伏す魔族たちを跳び越え、一跳びで礼子はアンの元へ。
「アン! どうしたのです!」
アンはベリアルス、ジャラルドス、そしてバフロスクと共に倒れていたのである。
障壁結界は張られていなかった。
「おねえ……さま」
礼子の声に、アンが目を開けた。
「アン、無事ですか?」
「……はい。……少し、力が入りませんが……大丈夫です。異常なし」
目を開けたアンは、初めは言葉も辿々(たどたど)しかったが、すぐに正常に戻り、立ち上がることもできた。
「一体何があったのです?」
『負の人形001』が銀色のボールを放り投げて消えた、そこまではわかっている。
問題はそのあとのことだ。
「……よくわかりません。銀色のボールを警戒して、障壁結界を張ったのは覚えていますが、そのあと一時的に停止していたようです」
そして、倒れている3人を見た。
「ベリアルスとジャラルドスはこちらに友好的なので、助けておこうと思い、障壁結界に引き込みました。その際、バフロスクも一緒に入り込んだようです」
屈んで3人の様子を見ると、意識はないが、呼吸はしており、心臓も動いているようだ。
「心拍数が非常に少ないようですが……」
礼子も確認してみる。確かに、脈拍数は1分間に30回程度、通常の半分くらいしか感じられず、酷く弱々しい。
これまでのことを、礼子は仁に報告した。
* * *
『回復薬を与えてみましょう』
アンが常備している回復薬をベリアルスに与えてみるよう老君が指示を出し、アンはそれに従おうとした。が。
「回復薬が……変質しているようです」
取り出したアンプルの中、濁った色になっている。理由の解明は後回しにし、仁は老君に指示して蓬莱島の在庫を転送機でアンの元へと送った。
ゆっくりとだがベリアルスは回復薬を飲み込み、少しすると心臓の動きはほぼ平常に戻ったようだった。だが、まだ意識は戻らない。
「エルザの意見も聞きたいな」
仁は老君にエルザを呼んでもらった。すぐやってくるエルザ。
「……ジン兄、どう、したの?……」
いつもより態度が硬いエルザだが、仁は気が付かないようで、
「エルザ、意見を聞きたいんだ」
そう言うと、状況を簡単に説明した。
「……そう。できたら、他の人たちにも回復薬を投与した方が、いい」
聞き終わったエルザは意見を口にした。
「あまり血圧が下がったままで放置しておくと、いろいろ良くない後遺症が残るおそれが、ある」
「わかった」
仁は、ジャラルドスとバフロスクにも回復薬を投与するようアンに指示を出した。
そして礼子には、他の魔族の容態を確認するように言う。
礼子は指示を受け、20人ほどの魔族の様子を見て回ると、
「駄目です。全員、息絶えています」
衝撃的な事実を報告してきたのである。
いつもお読みいただきありがとうございます。
20140901 16時29分 誤記・表記修正
(旧)アンが常備している回復薬をベリアルスに与えてみるよう老君が指示を出し、アンはそれに従った。
(新)アンが常備している回復薬をベリアルスに与えてみるよう老君が指示を出し、アンはそれに従おうとした。が。
「回復薬が……変質しているようです」
取り出したアンプルの中、濁った色になっている。理由の解明は後回しにし、仁は老君に指示して蓬莱島の在庫を転送機でアンの元へと送った。
回復薬の自由魔力素や魔力素も影響受けますよね……。




