17-06 紛糾
「ふざけるな!」
『諧謔』氏族の長、バフロスクの第一声である。
「貴様等が言うところの『魔導大戦』で、どれだけの同胞が死んだと思う? それを忘れ、仲良くできるものか!」
外見は40代半ば、灰色の髪、灰色の目。精力溢れる顔つきのバフロスク。
「我が氏族のアンドロギアスは人間に殺された! それでも仲良くしろと言うのか?」
とは、招かれてもいないのにやって来た『狂乱』の氏族長。
「劣等種である人間をどうして恐れる必要があるのか!」
「人間が頭を地面に付けるほど下げて謝っても我々は奴等を許さない!」
9月8日、『諧謔』氏族の居住地で行われた第1回の話し合いだが、最初から紛糾し、話し合いにすらならない。
「お静かに! もう少しだけ理性的になってくれ!」
『侵食』のジャラルドスが大声で言っても、誰も耳を貸さない。
「皆! 落ち着け! 現実を見ろ!」
『傀儡』のベリアルスも負けじと叫ぶが、やはり聞く者はいなかった。
* * *
「参加しなくて良かったのかもな……」
仁(の『ダブル』)は、『諧謔』氏族の居住地から4キロほど離れた場所に駐めたカプリコーン1の中にいる。
『諧謔』氏族の元へはベリアルスとジャラルドスの2名のみで向かった。いや、彼等とは別に、アンが不可視化に身を隠して付いて行っている。これは2人も知らない。
そしてアンは、こっそりと話し合いを中継しているのである。
「想像以上の酷さだな」
蓬莱島司令室でそれを眺めている仁は溜息を漏らした。
過激派とはこれほどまでに理性が無いのかと思える程の混沌である。
「居住地も離れているし、移り住んで何千年かの間に、何かあったのかもしれないな……」
アンの目から送られてくる映像を見ていると、過激派の姿格好は、他の魔族とはいささか異なっているように見える。
まず、身長が高い。180センチはざら、190センチ、2メートル近い者もいる。
そして、髪の色がグレーか黒。目も黒い者が多い。
『御主人様、逆かもしれません』
「ん? 逆とは?」
『過激派の方がむしろ血が濃いと言うこともあり得ます』
現住民族の血があまり混じっていない、つまり『ヘール』から来たという『700672号』の主人たちにより近いということ。
「ああ、そうか。だから魔法の力も強いとか?」
ありそうな仮説である。が、とりあえず事態の収拾には役立たないので、今は深く追求はしない。ただ、話し合いの行く末をじっと見守るだけだ。
* * *
騒ぐだけ騒いで、ようやく喧噪が少し収まったのを見計らい、『侵食』のジャラルドスはあらためて発言する。
「食糧の自給、まずこれを考えてくれ! 食べなければ生きていけない、これは生物にとっての常識だ! それを大きく改善することができると言っているんだぞ!」
だが、その必死の訴えも、過激派の一言で潰されてしまう。
「ふん、足りなければ奪えばいい。人間どもの所には、沢山の食糧がある」
自信たっぷりに言う『諧謔』のバフロスク。だがジャラルドスは信じられない思いであった。正気ではないとさえ思える。
「本気で言っているのか!?」
「ああ、本気だとも」
「……1つ聞きたい。その自信はどこから来るんだ?」
「調べたからだ」
「調べた? 何を?」
「人間どものことを、だ」
そして一際大きな声で、その場にいる全員に聞こえるように言う。
「いいか、良く聞け。人間は、『魔力性消耗熱』に弱い。隷属魔法で簡単に操る事ができる。そして何より……欲望が大きい」
それはこれまで、『諧謔』の氏族が中心となり、集めていた人類に関する情報の一部であった。
「重力魔法には対抗できない。個人の力は言わずもがな」
「……だが、人間は我々の1000倍以上いるのだぞ」
「ふん、真正面から当たれば、の話だろう? やりようはいくらでもある。病気を流行らせるのもいい。操って仲違いさせるのもいいな」
そこへベリアルスが口を出した。
「人間はそうかもしれない。だが、『魔法工学師』のことを忘れているな」
「魔法工学師だと?」
「そうだ。重力魔法がどうとか言ったな? 聞いたところではラルドゥスの奴、負けたそうではないか?」
ジャラルドスの発言を聞き、初めてバフロスクは言葉に詰まった。
「……う……知っているのか?」
「そして『魔力性消耗熱』も大した被害を出せずに終わったと言うではないか。更に、操ってどうとか言っていたが、それも見破られて逃げ帰ってきたと聞いたぞ?」
その発言で、ようやく騒いでいた過激派も静かになる。
「人類は確かに取るに足りないかもしれない。だが、魔法工学師は違うぞ?」
「ふ、ふん。確かにラルドゥスは負けたかもしれん。が、相手は1体。我等が大挙して攻め寄せれば、対応し切れまい」
「貴殿は何も知らないのだな。魔法工学師には些細なヒントで十分。それだけあれば、とっくの昔に対抗策などできあがっているに決まっているではないか」
自分を納得させるように負け惜しみをいうバフロスクは、ジャラルドスの言葉に目を剥いた。
「何を言う! ジャラルドス、貴様は誇りを無くしたのか? 相手が魔法工学師とはいえ、所詮人間ではないか」
だが、ジャラルドスも食い下がる。
「魔法工学師のすごさは、その創造力にある! 世界を変えるものを作り出せる、それが魔法工学師だ!」
「ふん、そんなもの、圧倒的な力の前には屑同然だ」
「分からず屋め! 圧倒的な力だと? その言葉は魔法工学師にこそ相応しい。いい加減に目を覚ませ!」
「そちらこそ目を覚ませ。魔族の誇りを忘れるな!」
威勢のいい言葉は確かに耳に心地よい。だが、その実、今の魔族が薄氷を踏むような状況であることをジャラルドスは知っている。
「口先だけなら何とでも言える。真に一族の先行きを憂えるのなら、理性で考えろ。感情に流されるな」
だがバフロスクや、再度ヒートアップしてきた過激派の耳には届かない。
「これ以上は平行線だな」
見下したようにバフロスクが笑う。
「思い直せ! 冷静になれ!」
ジャラルドスの悲痛な叫び。
だが、過激派連中はもう耳を貸そうともしない。ただ笑っているだけだ。
* * *
(罠解除、問題無し)
『負の人形001』の拠点の1つに潜入した老君の移動用端末、老子。
(ようやくここまで来ることができましたね)
今、老子は、『負の人形001』の拠点、その司令室と言える部屋に肉薄していた。
天井に敷設された空調管に潜んでいたのである。
そして、ゆっくりと、それこそ1時間に数センチの速度で這い進み、今、司令室の真上までやって来ていた。
「……」
『負の人形001』がいるのは間違いないのだが声は聞こえない。
話し相手は居ないのである。人造人間である『負の人形001』は独り言を言うこともない。
(行動から推測するしかないのでしょうね……)
そして、老君は長い観測状態に入った。
自分自身は天井板に隔てられた場所に潜み、視覚はフィンガーゴーレムに委ねる。こうすれば『負の人形001』から発見されるリスクを減らせるからだ。
(なるほど、あの窓にどういう意味があるのか不思議でしたが)
フィンガーゴーレムからの視覚情報を整理する老子は内心納得していた。
光ったり暗くなったりするだけで、どうして『窓』から情報を得られるのかと考えていたのであるが、わかってみれば簡単なことであった。
(見ている波長が違っただけですね)
そう、老子に限らず、礼子やアン、ゴーレム達の視覚は、通常可視光線域……人間にとってのそれに調整されている。
見ているものが異なると、意思の疎通に齟齬が発生するおそれがあるからだ。
波長でいうと、おおよそ400ナノメートルから700ナノメートル。もちろん、調整すれば400ナノメートル以下の紫外線や、700ナノメートル以上の赤外線も見ることはできる。
(300ナノメートルの紫外線でしたか……)
紫外線まで視覚を広げると、ちゃんと文字が見えたのである。
『不可視化』に身を隠した老子自身でなく、フィンガーゴーレムの視覚を使ったおかげであるとも言える。
そうしてみると、遠い祖先や人造人間には紫外線が見えていると言うこと。
以前、消身で姿を隠していた隠密機動部隊が存在を見破られたことがあったのは、やはり可視光域が広かったためであった。
現在の『不可視化』は赤外・紫外線両方にその効果を広げてあるからおそらく安心であろう、と老子は考えていた。
そうやって観察を続けること丸3日。
老子は『負の人形001』の動きを少しずつ把握できるようになっていた。
(過激派? ……の中にスパイ、といいますか、隠密? が紛れているようですね)
『負の人形001』は、過激派を通じて仁たちの動静を追っているようなのだ。
(仲間らしき者もいるようですね……)
1度だけ、どこかへ連絡を取っていたのである。
これにより老子は、『負の人形001』を直接攻撃することを躊躇していた。敵の正体を不明なままにしておくのは拙いと判断したからである。
あくまでも慎重な老子。
そして運命の日、9月8日。
『負の人形001』は老子の前から、転移で姿を消したのである。
お知らせ:8/29日朝から8/31夜まで実家へ行ってきます。その間、いただいた感想などに返信できませんのでご容赦ください。
いつもお読みいただきありがとうございます。
20140831 16時39分 誤記・表記修正
(誤・旧)遠い祖先や人造人間紫外線が見えると言うこと
(正・新)遠い祖先や人造人間には紫外線が見えていると言うこと
20140831 17時06分 表記修正
(旧)人間が土下座し、謝っても
(新)人間が頭を地面に付けるほど下げて謝っても
土下座文化を魔族が知っているというのも……なので。




