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マギクラフト・マイスター  作者: 秋ぎつね
16 魔族黒幕篇
551/4300

16-30 閑話30 遠征の成果

 蓬莱島にて。

 老君は、今回の遠征で得たものを分類し、まとめていた。仁も一緒である。

『まずはなんといっても……』

「ソバだな」

 仁が喜々とした表情で言ったため、老君が何と言おうとしたのかはわからない。

『……はい、ソバですね。早速播こうと思います』

 ソバは冷涼な土地を好む。

 蓬莱島は亜熱帯にあるとはいえ、3000メートル級の蓬莱山中腹は、十分にその条件を満たしていた。

『おおよそ、標高2000メートル地点にソバ畑を拓きます』

 そこならば、1年中ソバを収穫できるという。

『畑は3面用意しまして、ローテーションにより1面を休め、2面で栽培する予定です』

 連作障害や地味が痩せるのを防ぐためである。

『2ヵ月後を楽しみにしていてください』

「ああ、そうだな」

 仁は、来年はカイナ村でも栽培してみようか、と考えていた。それにはまず、種を増やさなければならない。

『森羅』の氏族に分けてもらったソバの種は多くなく、まずは栽培する分しかなかった。食べるのはそれからである。


『次は何と言いましても、グランドラゴンの鱗と革です』

「ああ、同感だ」

『どちらも、魔法に対する耐性が非常に大きいですね』

 中級レベルの攻撃魔法では傷一つ付けられないほどの耐性を誇っている。重力魔法でさえ、効きが悪いということだ。

『中でも、頭部の鱗と胸部の革が優秀です』

「原理はわかったのか?」

『はい、現在解析中です。しかし、あらましはわかってきました』

「おお、すごいじゃないか。で?」

『天然の魔法障壁(マジックバリア)とエーテルジャマーの組み合わせです』

「と、いうと? ……何となく想像付くが、続けてくれ」

『はい。触媒のような働きをしていまして、周囲の魔力素(マナ)自由魔力素(エーテル)に変換し続けています。防御と共に、相手のものであるはずの魔力素(マナ)自由魔力素(エーテル)に変換することで、再度自分の役に立てられるわけです』

 実際の魔法は魔力素(マナ)をエネルギー源としている。その魔力素(マナ)自由魔力素(エーテル)に変換してしまうと言うことはつまり、魔法を分解するような働きをしているということである。

 そしてその自由魔力素(エーテル)を自分が利用できる形、つまり魔力素(マナ)に変えるのだから正に一石二鳥だ。

「それはすごいな」

 原理がわかれば、魔法に対する大きな防御壁となるだろう。言うなれば『魔法無効化(マジックキャンセル)』。

『少なくとも、この鱗もしくは革を使って防具を作ればかなりの耐魔法性能を有するでしょうね』

「わかった。引き続き研究を頼む」


『3つ目はあの金属ですかね』

 正体不明だった金属。サンプルとして、ドアを斬り飛ばした時の欠片が送られて来ていたのである。

「ああ、そうか。地球では見たことのない金属だったな」

 この世界では、核子として自由魔力素(エーテル)が加わるからなのか、一部に仁も知らない物質が存在する。

 仁が知らなくとも先代魔法工学師マギクラフト・マイスター、アドリアナ・バルボラ・ツェツィはそのほとんどを知っていたのだが、やはり未知の物質は存在した。

「おそらく、ヘールとかいう、人類や魔族の祖先がいたという惑星には豊富にあったんだろうな」

 機械的性質は鉄に近い。が、融点が異常に高かったのである。およそ摂氏5000度。宇宙船に使われたのも頷ける。

「使い道はあまり思いつかないけどな」


『4つ目は幻影結界でしょうか』

「そうだな」

『魔力線』を用いて、3D立体映像を作り出すもの、といえばいいか。

 その際、視覚だけではなく、聴覚というか音の反射でも騙せるという特徴がある。

『研究中ですが、近いうちに再現できるようになると思われます』

「頼む」


『5つ目は毛皮でしょうか』

「ああ、そうかも」

 雪虎スノータイガーの毛皮や、岩氷ウサギの毛皮を多数手に入れたのである。

 どちらも純白に近く、毛皮のコートを作ったら女性陣に大受けしそうだ。

 エルザはきっと上手に着こなすだろうな、などと想像する仁であった。


 さて、遠征前にシオンが言っていた写真機と時計に相当する古代遺物(アーティファクト)は、時間が無くて解析するに到らなかった。

 次回の訪問でゆっくりじっくり見せてもらうつもりである。


「最後は転移魔法だな」

『ええ。視認できる場所、もしくはマーカーの存在する場所、という限定がありますが、なかなか有効です』

 転送機も、送り先の座標をきっちりと指定する必要がある。

 要は、送り先に固体があった場合には転移が失敗すると言うことだ。

 実験では、跳ね返されて転送元に戻ってくることがわかっている。

 その際に用いたのは単なる石材だったので、生物の場合どうなるかはわからない。

 気体の場合はうまくいき、液体や固体だと失敗する理由は研究中であった。

『転移魔法専用の魔結晶(マギクリスタル)を用意し、帰還専門の場所を作れば、成功するかと思われます。それ以上のことはまだ無理です』

「それでも非常脱出には役立つな。実用化を目指してくれ」

『わかりました』


「そうだ、グランドラゴンの素材だが、重力爆弾の無効化もしくは弱体化に使えないか?」

『どういうことですか?』

「鱗か革で作ったシートを被せるとか、容器を被せるとかだな」

 効果が弱まれば、被害も少なくできるだろうとの考えだった。

『いいかもしれません。検討してみましょう』


 そしておまけとして、『意志を希薄にして、言うことを聞かせる薬』の分析結果。

 これに関しては完全にお手上げであった。

『申し訳もございません』

 老君といえども、その知識の元となった仁自身が化学・薬学に疎いので、未知の化学物質は分析できなかったのである。

 残念だが致し方なかった。そういう薬品と思うしかない。


*   *   *


 一通りの確認が終わった仁は一息ついた。

 あとは、『負の人形(ネガドール)』に関する報告だ。

「その前に昼食摂ってくる」

 地下の司令室から仁は一旦外に出た。

 夏の終わりの日射しが降り注ぐ蓬莱島。青空の下で仁は背伸びをした。

「ジン兄」

「ジン」

 背後から声が掛けられて、振り返った仁が見たものは。

「おお」

 浴衣姿のエルザとサキだった。

「この格好、気に入ってね。涼しいし」

 そんなことを言うサキは紺地に笹模様が涼しげだ。帯は黄色。

「……どう?」

 エルザは紺地にキキョウ柄。帯は橙色だ。

「……作ってみた」

 仁に貰ったものを参考にして自分で作ったという。

「2人ともよく似合ってるよ」

「……よかった」

「くふ、そうかい?」

 仁の簡単な褒詞ほうしだが、2人とも嬉しそうに微笑んだ。

「……今日は冷や麦」

「へえ?」

 醤油がまだ見つからないのでそういった和風麺類を諦めていた仁だったが、エルザの言葉に目を見開いた。

「……ペリドリーダーが、お味噌の中から、それらしいものをピックアップして調整した、らしい」


 味噌と醤油はいわば兄弟みたいなもの。社会人になって1度だけ経験した社員旅行で、仁は高山へ行ったことがあった。

 高山と言えば朴葉味噌。そして、朝市である。

 朝市では『手前味噌』とも言うべき、各家庭で作った味噌も売っていて、中には醤油っぽい味のものもあった。

 仁は醤油っぽい味の味噌が好みであった。


「楽しみだな」

 浴衣姿の2人と館へ。

 そこでは、どういう趣向か、和風メイド姿、すなわち着物にたすき掛け、そして前掛けをしたペリドリーダーが待ち構えていた。

「まだ試作ですが、試作醤油が少しできましたので試しにめんつゆを作ってみました。出汁は煮干しです」

「おお、楽しみにしているよ」

 竹で作ったザルの上に盛られた、細く真っ白い麺。氷の欠片が載せられて涼しげだ。

「いただきます」

 畳の部屋に座って食べ始める3人。

 頑張って箸の使い方を練習してきたエルザとサキだが、細い冷や麦にはまだ悪戦苦闘している。

「うん、うまい」

 まだ、仁が記憶している味とは違うが、これでも十分美味しい。

 軒に吊された風鈴がちりりんと鳴って、晩夏の蓬莱島は平和であった。

 これで16章は終わります。


 いつもお読みいただきありがとうございます。


 20140824 14時25分 誤記修正

(誤)ローテンションにより1面を休め

(正)ローテーションにより1面を休め


 20150603 修正

(追加)16-21で受け取った薬の分析結果を追加しました。

    わからなかったのでストーリーに影響はありません。

『そしておまけとして、『意志を希薄にして、言うことを聞かせる薬』の分析結果。

 これに関しては完全にお手上げであった。

『申し訳もございません』

 老君といえども、その知識の元となった仁自身が化学・薬学に疎いので、未知の化学物質は分析できなかったのである。

 残念だが致し方なかった。そういう薬品と思うしかない。』

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― 新着の感想 ―
どこまで知識があれば分析出来るのか…元素関係なら数も限られてきますが、有機化合物となるといくらでもありますからね。まして毒に使われるような物は構造も結構複雑だったりして、NMR、IR、GC-MS等の複…
[良い点] ここまでは面白い [気になる点] 主人公は甘いって言うかただの脳内お花畑
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