02-16 もう1人の貴族
「どちらさまですか」
礼子がドアを開ける。そこには、執事服を着た初老の男が立っていた。
「夜分に失礼、こちらは魔法工作士、ビーナさんの家でしょうか」
「はい、そうです」
するとその男は一礼し、
「わたくし、クズマ伯爵家にお仕えしておりますセバンスと申します。ビーナさんがお作りになった魔導具の件で、当主様がお話をしたいとおっしゃっております」
「当主様、ということはクズマ伯爵様がお見えになっているのですか?」
「はい、馬車の中でお待ちで御座います」
「少々お待ち下さい」
そこで礼子は一旦引っ込み、仁と相談する。仁にも会話は聞こえていたので、
「俺が出よう」
そう言って礼子に代わり、セバンスに対した。
「現在、ビーナは所用で留守にしております。よろしければ、助手をしております私、仁がお話を伺わせていただきますが」
するとセバンスはわずかに考えた後、
「はい、それではジンさんにお相手いただきましょう」
そう言って、背後の馬車の窓を開け、何事か話していたが、
「そちらのお宅にお邪魔してもよろしいでしょうか?」
と仁に尋ねた。仁は即了承。そして礼子に、
「礼子、冷蔵庫からアプルルを出して剥いておいてくれ」
と指示を出した。
セバンスは馬車から下りてきた己の主人、クズマ伯爵に付き従って中へと入る。
「ようこそおいで下さいました、クズマ伯爵。仁と申します、ビーナの助手で御座います」
「うん、いきなり訪ねてきて済まんが、こちらにもいろいろと事情があってな」
そう言った伯爵を見ると、20代中頃という若さ。茶色の髪、茶色の目。顔はまあ普通だが上品な雰囲気を纏っている。
「汚いところで申し訳御座いませんがおかけ下さい」
社会人であった仁なので、目上の者への礼儀も一応心得ている。
「うむ」
そこへ礼子がアプルルを持ってやってきた。
「なにも御座いませんが、よろしければおめしあがり下さい」
差し出されたアプルル。それに手を伸ばしたのはセバンス。毒味だろう。
「失礼します」
そう言って一口かじったセバンスの顔に驚きが浮かんだ。
「な……」
それを見た伯爵は、
「どうした? お前がそんな顔をするなんて珍しいな」
と聞けば、
「は、申し訳御座いません。このアプルルですが、よく冷えておりましたもので」
「何?」
それを聞いて、自分も一切れ、口にしたクズマ伯爵。
「おお! これは美味い。冷えていると格別だな」
「お気に召しましたか?」
すかさず仁が尋ねると、
「うむ、気に入った。どうやって冷やしておるのだ? まさかに氷を買えるほど豊かではあるまい?」
この国は、南にあるので、冬でも氷が張ることはない。それで、冷蔵保存するためには、氷魔法で作った氷を使うのが一般的であるが、非常に高価で、庶民には手が出ない。
「はい、我々が開発致しました『冷蔵庫』で保存したものでございます」
「『冷蔵庫』?」
「はい。魔石を用いた魔導具でございます」
するとクズマ伯爵は顔をほころばせ、
「そのことだ。貴殿達は、何でも、珍しい魔導具を開発し、庶民に安く売っているそうではないか」
「はい、ライターのことでございますね」
「うむ。実は、うちの使用人が1つ買ってきてな、見たらなかなか役に立ちそうな魔導具ではないか。それで製作者に興味を持ったのだ」
「光栄でございます」
「それに、『温水器』なるものもあるそうではないか」
「はい、ございます」
今日、発注してくれた1人が伯爵家の使用人だったようだ。
「やはり面白い。そもそも、魔法工作士は、貴重な魔導具を作るものではないのか?」
「いえ、ビーナ……私どもの考えは、広く人々の役に立つ物を作る、という事でございますれば」
そう答えた仁を伯爵は面白そうに見つめて、
「ふ、ふははは! 変わっているなあ!」
そして、
「気に入った。本当は、当家お抱えの魔法工作士にならないかと言いに来たのだが、止めた。その調子で、どんどん良いものを作り続けてくれ」
仁はちょっとびっくりした。目の前にいる伯爵は、己の利益よりも、民の利益を優先している。
「何か、困ったことがあったら、いつでも相談に来るが良い。出来る事であれば力になるぞ」
そう言ってくれた伯爵に、
「それでは、お言葉に甘えまして」
そう仁が言うと、伯爵は身を乗り出して、
「ん? どうした? 何か困っているのか?」
「はい。実は、夕方、ビーナが、ガラナ伯爵様のお招きにより、伯爵のところへ参上したのですが、この時間になっても帰って来ないのです。彼女の弟妹も非常に心配しておりまして」
それを聞いたクズマ伯爵は、
「なるほど。所用というのはそれであったか。ガラナ伯爵、なあ」
腕を組み、何事か考えるクズマ伯爵。やがて組んだ腕をほどくと、
「わかった。館へ帰る前に、ガラナ伯の所へ立ち寄ってみよう」
そう言ってくれたので仁もほっとする。
「ありがとうございます。よろしくお願いいたします」
そう礼を言うと、伯爵は腰を浮かし掛けたがまた座り直すと、
「うむ。そうだ、帰る前に『冷蔵庫』を見せてもらえるか?」
そう言ったので、仁は、3台作った冷蔵庫のうち1台を運んできた。重さは20キロくらいなので非力な仁でも運べるのだ。
「ほう。これがそうか」
興味深そうに、外見を見、ドアを開け、中をのぞき込んでみたりする伯爵に、
「魔石を入れまして、魔鍵語を唱えれば動作します」
「簡単なのだな。これは売り物なのか?」
「はい。さすがに露店では売れませんでしたが」
「そうだろうな。……金貨10枚でどうだ?」
「は?」
仁は面食らった。金貨10枚といえば10万トール、約100万円。
「足りないか?」
「い、いえ、それで結構です」
どもりながらも答えた仁に、
「おお、そうか。セバンス、金貨を。そしてこれを馬車に積むように」
「はっ」
仁の目の前に金貨の入った袋が置かれる。そしてその代わりに冷蔵庫が運び出された。それを見届けたクズマ伯爵は立ち上がると、
「いや、なかなか有意義な夜だった」
そう言って仁に向かって手を差し出す。仁がその手を取ると、伯爵は、
「また話を聞かせてくれ」
そう言って部屋を出ていったのである。
同じ伯爵ですが、こちらは出来た人っぽいです。そして図らずも冷蔵庫とポップコーン製造器は同じ値段で売れました。
20170309 修正
(誤)なんも御座いませんが、よろしければおめしあがり下さい
(正)なにも御座いませんが、よろしければおめしあがり下さい
今更 orz
20190831 修正
(誤)ビーナさんがお作りになった魔導具の件で、当主様がお話しをしたいとおっしゃっております」
(正)ビーナさんがお作りになった魔導具の件で、当主様がお話をしたいとおっしゃっております」




