16-28 次の氏族へ
8月25日の朝。
仁は、『森羅』氏族の居住地を離れる旨を宣言した。
新たに開墾した畑は20ヘクタールとなり、農業用ゴーレムも計50体完成した。
これらには、老君との通信機能も付いており、何かあった場合には連絡をすることもできるし、老君からの指示を受けることもできるようになっている。過激派などに奪われた場合の保険だ。
霜害対策の結界発生器も数が揃い、『森羅』の氏族は少なくとも自給できる目処が立った。
「そろそろ、他の穏健派を訪ねないと」
「はい、ジン様。お願い致します」
今は客人扱いの『傀儡』のベリアルスと『森羅』氏族長バルディウスは頭を下げた。
次の目標地は『傀儡』の氏族。
2日ほど前に連絡員を派遣したところ、操縦針の影響から脱したように見える、との報告が入っていた。
「つきましては、誰ぞを伴に付けたいのですが」
『森羅』氏族の指導者レベルの者が付いて行けば、話もスムーズに運ぶだろうということだ。
「それでしたら私が」
立候補したのはイスタリス。
「うむ、イスタリスか。いいだろう。ならばロロナ、お前も付いていけ」
「はい、わかりました」
イスタリスとロロナの母娘が今回のお伴となるようだ。護衛はネトロス1人。
「えー? あたしは?」
シオンが文句を言っているが、元々年齢的に無理があると言われ、渋々ながら引き下がった。
「うー……ジン、また戻って来てよね」
上目遣いにそんなことを言うシオン。仁(の身代わり人形)はそんなシオンの頭をぽん、と軽く叩いた。
それが仁なりの返事だと感じたシオンはそれ以上何も言わなかった。
「それでは、また」
カプリコーン1の天窓から仁(の身代わり人形)が手を振る。
「ジン様、お世話になりました!」
「ジン様、お元気で!」
「ジン様、また来て下さいね!」
『森羅』の氏族に見送られ、カプリコーン1は西を目指す。やや内陸部に入った地点に『傀儡』の氏族が住む居住地があるというのだ。
「我が氏族はおおよそ30名。『森羅』氏族のように従者はいません。代わりに、魔獣などを飼い慣らして使役しています」
ベリアルスの『地底這い虫』は、土地を耕すのに使っているそうだ。
「百手巨人はあまり使いませんね」
大きければ力も強いのだが、百手巨人は肉食なので食べさせるのが大変だという。そういう理由から、戦闘用以外に利用価値はあまりないそうだ。
「ジン殿が製作されたゴーレム、あれが我等にもあれば……」
「材料さえあれば作るよ」
「そうですか! それは有り難い!」
道中、仁はベリアルスからいろいろと情報を聞き出していた。
途中、昼食をしながら、時速20キロで5時間と少し。
カプリコーン1はおよそ100キロを踏破していた。
「あと少しで氏族の居住地です」
周囲は、荒れ地の所々に針葉樹の森が点在する土地となっていた。
「こんな場所ですが小動物はそこそこおりまして、我が氏族はそういった小動物を主に狩って暮らしているのです」
岩氷ウサギというウサギの仲間は肉も美味で、毛皮は防寒具になると言う。
ゴンドアカリブーは大型のトナカイで、1頭獲れればかなりの肉が得られるとのこと。毛皮はもちろん防寒着や敷物に使われる。
『傀儡』氏族は狩猟が得意らしい。『森羅』氏族とは農産物と肉類の交換をしたりすることもあるそうだ。
「ああ、見えてきましたよ。あそこが……」
「異常な魔力を探知しました!」
話の途中、ランド1が割り込んでくる。その内容的に、緊急度が高そうだ。
「北より、強大な魔力が接近中です」
『傀儡』氏族の居住地を目前にして何ごとか起きたようだ。
「ジン様、いったい何が?」
母娘で歓談していたロロナとイスタリスが慌てたような声で尋ねかけてきた。
「ちょっと待ってくれ。……巨大なドラゴンが3頭、近付いているらしい」
空中でサポートしているファルコン2と3からの情報である。
「ド、ドラゴンですって!?」
「この辺にドラゴンなんているはずがないのに!」
「それも3頭!?」
特に巨大な魔獣になればなるほど、その身体を維持するために大量の自由魔力素を必要とするため、高緯度地方に閉じこもって出て来ないものだという。
「もしや、『負の人形』が何かしたのかも」
アンが推測を述べた。
仁たちが『福音』や『森羅』の氏族を操縦針から解放したことは知られていると見ていい。この先、穏健派を解放していくだろうことも容易に想像できる。
「ならば、ドラゴンをけしかけて穏健派ごと潰してしまえばいい……そう考えたのではないでしょうか」
「ありうるな」
アンの推測に同意する仁。その落ち着いた態度を見て、ベリアルスは慌てた。
「ジン殿! 我が『傀儡』の氏族にも、ドラゴンを使役できる者はいない! ここは退却すべきです!」
だが仁(の身代わり人形)は首を振った。
「間に合わない。ドラゴンの接近速度は時速150キロを超えている。このカプリコーン1の最高速度は時速70キロ。逃げ切れないだろう」
「な、ならばどうするというのだ!」
今までの口調も投げ捨てたベリアルスは真っ青である。
一方、今現在身代わり人形を操っている老君は、ファルコン2と3からドラゴンの詳細情報を得ていた。
今までの経験から、魔獣の強さは保有魔力にほぼ比例することがわかっている。
百手巨人、凶魔海蛇、海竜、巨大百足。
今近付いてくるドラゴンは海竜を上回る保有魔力を持ってはいるものの、礼子達の脅威になるほどとは思えなかった。
遙か彼方に見えている『傀儡』氏族の居住地でも、ドラゴンの接近を感じ取ったらしく、数人が出てきて警戒しているようだ。
「ベリアルス、君は氏族の所へ行って落ち着かせてきて欲しい」
「は?」
「あんなでかいだけの魔獣は魔法工学師の敵ではないということさ」
普段の仁なら決して言わないであろうセリフを、老君は身代わり人形に言わせた。
『傀儡』の氏族が見ている前でドラゴンを討伐することで、一気に彼等の信頼を勝ち取ることができると判断したのだ。
「ほ、本当にできるのですね?」
「大丈夫ですよ、ベリアルスさん」
イスタリスもそれを裏付けるように言う。
「ジン様は岩巨人を、まるで粘土細工のように倒してしまわれました。きっとドラゴンだって退治してくださいます」
「う……わ、わかった」
事ここに及んでは、仁を信頼するしかない。ベリアルスは天窓を開けて飛び出した。
身体強化を使い、あっと言う間に氏族の元へ。彼等も操縦針の呪縛からは解放されていたので、ベリアルスをすぐに迎え入れたのが見て取れた。
「よし、あとは彼等の目の前でドラゴンを退治するだけだな」
そう呟いた仁(の身代わり人形)の目に、小さな点が映った。それは見る見る大きくなる。
「グランドラゴン……!」
全身が灰褐色の陸棲ドラゴンである。全体的な印象は巨大なイグアナ。体長は20メートルほどか。
ロロナによれば、百手巨人の天敵だそうだ。
「百手巨人を捕食すると言われています」
「なるほど……」
「なぜか、重力魔法をはじめとした攻撃魔法もあまり効かないのです!」
「え?」
初耳である。何か特殊な能力があるのだろうか。
そのグランドラゴンはあと十数秒でここまでやって来るだろう。彼方に土煙の立つのが見えた。
仁(の身代わり人形)の目を通して、老君は観察を続ける。
素材になるかどうかを検討し、それなりに使えそうな部分があることを確認。
『鱗と背中の突起は使えそうですね』
よって『魔力爆発』は使わない。
レーザーのように、理解しづらい武器も候補から外す。
『できるだけ派手に倒したいですね』
そして結論を出す。
『礼子さん、アン。頼んでもいいですか?』
いつもお読みいただきありがとうございます。
20140822 12時23分 誤記修正
(誤)次の目標値は『傀儡』の氏族
(正)次の目標地は『傀儡』の氏族
20140822 20時53分 表記修正
(旧)全身が灰褐色のドラゴンである
(新)全身が灰褐色の陸棲ドラゴンである
(旧)そのグランドラゴンはあと十数秒でここまでやって来るだろう。
(新)そのグランドラゴンはあと十数秒でここまでやって来るだろう。彼方に土煙の立つのが見えた。
グランドラゴンが陸棲であることをはっきりとさせました。
20140824 08時20分 誤記修正
(誤)そろそろ、他の穏健派を尋ねないと
(正)そろそろ、他の穏健派を訪ねないと




