16-25 いよいよ開始
クロムギの実とビエトラの種を要求した仁に向かってバルディウスは頷いて承知した。
「わかりました。もちろん、それで済むとは思っておりません。手始めに、ということですな?」
「まあ、そうです」
これを受けて、ロロナが部屋を出ていく。早速種を用意しに行ったらしい。
入れ替わりに、ラデオゥスが戻って来た。
「ジン殿、我々の工房に材料を用意させた。一度確認していただけまいか? 足りないものがあったら用意させるので」
「わかりました。行きましょう」
礼子を伴って、仁(の身代わり人形)は用意された工房へと向かった。
『森羅』氏族の居住地は海を望める高台に広がっている。高台なのは大波を避けるためだという事だ。
「夏の間は海は穏やかですが、冬になると荒れる日があって、10メートルの波なんてざらなんですよ」
「船も出せないのよね」
アンにそんな説明をしているイスタリスとシオンにばったり出会う仁であった。
「父上、ジン様、どちらへ?」
「うむ、ジン様がゴーレムを作って下さるとのことで、工房へな」
「まあ! 父上、私もご一緒してよろしいでしょうか?」
「あ、あたしも!」
ラデオゥスは困った様な顔で仁を見た。娘に甘い父親らしい。それとも、先日偽りとは言え氏族を追い出したことを済まなく思っているのかもしれない。
「……アンにも手伝ってもらいたいから、2人にも来てもらって構わないですよ」
「わあ! ありがとう、ジン!」
仁の手腕を近くで見られるとあってシオンはご機嫌だ。イスタリスも、口には出さないが内心わくわくしているようで、その頬が紅潮していた。
『森羅』氏族の家は、基本的に石造りである。材質は浮石凝灰岩、つまり大谷石の仲間だ。
かつて仁がゴーレム艇競技に参加したエリアス王国南部の港町、ポトロックで使われているものと同じ石材である。但しこちらのものは色がより緑色を帯びていた。
塩害に耐え、かつ熱伝導率が低いため保温性に優れるのでこの石材を使っているようだ。
どの家も平屋で、海側には小さな窓しかない。保温と冬の季節風対策だとイスタリスは言った。
家々の間を巡る道は大半が4メートル幅の道路。居住地の規模に比して広く取られている。
そんな道を歩き、やって来た工房は居住地の東の外れにあった。10メートル四方くらいでかなり広い。半地下造りで、家の高さに比べて天井が高く取られている。
「資材は工房の隅に積んであります」
仁が確認すると、まず金属材料として、銅、鉄の大きなインゴット。錫、軽銀の小さめのインゴット。そしてアダマンタイトの小さな塊が置かれている。
筋肉用の素材として、魔獣の革がかなりの量、これは工房の隅にある棚に積まれていた。
最後に魔結晶。各属性のものが相当量、これも棚に載せられていた。
「うん、これだけあればかなりいい物ができるだろう」
仁は大きく頷いた。戦闘用ではなく、農作業用なので、せいぜい3人力くらいのゴーレムしか作るつもりがないのである。
「魔法工作に詳しい人はいますか?」
最後に人手を要求。これは助手、というよりも、以降の整備をしてもらいたいためだ。
「は、数人おりますが、腕のいい者となると……」
「マリッカかしらね。あたし、呼んでくるわ」
そう言うとシオンは駆け出していった。
「……マリッカ、という人は?」
「シオンの友人でして。その祖父がかなり工学魔法を使えたのです」
仁としては、整備ができれば誰でもいいと思っているので、シオンが戻ってくるのを待った。そして5分ほどでシオンは戻ってきた。
「ジン、お待たせ。……マリッカ、あれがジン、魔法工学師よ」
マリッカはシオンと同じくらいの女の子だった。銀髪は同じだが、珍しく目の色が黄色である。
「は、初めまして。マ、マリッカと申します。あ、あの、何か御用でひょうか」
緊張して噛んでいた。
「ああ、俺は仁。これから農業用ゴーレムを作るんだが、この先、その整備をやってもらいたくてね」
「わ、わ、私にできるでひょうか」
「ああ、そんな緊張しなくていいよ」
仁はマリッカに笑いかけると、まずは礼子に指示を出した。
「礼子、まず1体作ってみよう。材料を頼む」
「はい」
基本的な、青銅製のゴーレムで行くことにする仁。
まずは銅と錫の合金、すなわち青銅を作ることから始める。
錫が豊富にあったので、今回は銅90パーセント、錫10パーセントの比率で作る。いわゆる『砲金』だ。
鉄以前に大砲に使われていた銅合金、砲金。青銅の一種で鋳造しやすく、靱性と強度に富む。
「『合金化』」
重量で配合比を決めたあと、一気に合金化する。およそ1トン分、砲金のインゴットができあがった。
「ひぇ!? い、いったい何が?」
詠唱後、一瞬でできあがったインゴットを見たマリッカは腰を抜かさんばかりに驚いた。イスタリスとシオンは目をまん丸に見開いて言葉もない。
「ど、ど、どうしたらこんな巨大なインゴットを一気に作れるんですか!?」
高い保有魔力量を誇る魔族でさえ、たった今仁が見せたようなことができる者はいない。
「うーん、どうしたらと聞かれても」
ここにいるのは仁の身代わり人形、工学魔法の能力的には仁の3分の1くらいしかない。
「これこそが魔法工学師である証明ということですな!」
ラデオゥスが1人大声を上げて納得していた。周りの者たちもそれでなんとか自分に言い聞かせ、表面上は落ち着いたのである。
「1体あたり50キロの青銅を使う」
『分離』で50キロの塊を、とりあえず10個作る仁。
「ひぅ!?」
またしても驚くマリッカ。仁本人なら、楽々20個に等分してしまうだろうが。
「骨格を作る。礼子、手伝ってくれ」
「はい」
「関節にはアダマンタイトを薄くコーティングして耐久度を上げる。……マリッカ、だっけ? 見ているか?」
「ひゃい」
「筋肉には……何の革だろう?」
魔法筋肉用の魔獣の革を手に取った仁は首を傾げた。本物なら触らなくてもわかるかも知れないが、やはり身代わり人形の限界なのだろう。
「それは地底這い虫の革でしょうね」
先日カプリコーン1を襲ってきた魔獣である。
「そうか。まずまずの品質だな」
細く裂き、撚り上げで筋肉とし、配置していく。礼子が手伝って、およそ20分で筋肉の取り付けは終了した。
「ほええ……」
マリッカは呆然としている。無理もない、魔法工学師どころか、まともな魔法工作士さえいない『森羅』氏族なのだ。
「よし、魔素貯蔵庫と自由魔力炉を用意して」
自由魔力素濃度の高い地域で使うことを前提に、礼子たちに使われているシステムの下位互換で統一するつもりの仁。
「魔導神経はミスリル銀、と。……マリッカ、こいつが切れると動作不良を起こすからね?」
「ふぁい」
「で、制御核、と。……農業知識を中心にする、ということで、礼子」
「はい」
蓬莱島のゴーレムメイド達が培った農業のノウハウを中心に組み上げた制御核。老君が作り上げ、転移門で送ってきた物だ。
「これをマスターにして、コピーしていく、と」
この後外装を取り付けるなどの作業が行われ、およそ1時間で最初の1体が完成したのである。
「も、もうできたの?」
「……早いのですね」
「すすす、すごいでしゅ!」
シオン、イスタリス、マリッカがそれぞれ感想を述べる。相変わらずマリッカは噛んでいるが。
「ジン殿、感服いたしました」
最後にラデオゥスが頭を下げた。
「え?」
「魔法工学師の実力。確かに貴殿は我等の救世主です」
「……」
大袈裟に奉られるのを好かない仁は、内心でまいったな、と思うのであった。
ひさしぶりにちょっとほのぼの系?
いつもお読みいただきありがとうございます。
20140819 13時00分 誤記修正
(誤)高台なのは津波を避けるため
(正)高台なのは大波を避けるため




