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マギクラフト・マイスター  作者: 秋ぎつね
02 ブルーランド篇(3457年)
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02-15 留守番

「それじゃあ、ジン、あとよろしくね」

「ああ、行ってこい。礼子、頼むぞ」

「はい、お父さま」

 ビーナは、トウモロコシとポップコーン製造器を持って出掛けていった。仁は礼子に命じて、クロードの所まで荷物を持ってやるように指示を出していた。

「さて、それじゃあナナとラルドの所へ行くか」

 2人にはビーナが前もって出掛けること、自分が留守の間、仁が居てくれることを話してある。

「あ、ジンにーちゃん」

 2人とも、初めて会った時よりも顔色が良くなっている。壊血病が治ってきた印だ。

「ビーナはちょっと用事で遅くなるけど、もう少ししたら夕食にするからな。それまでこれを食べてな」

 そう言って皿に盛ったペルシカの実を差し出した。

「わあ、これ大好き!」

「おいしそう!」

 ナナとラルドは大喜びで食べていく。その間に仁は夕食の仕度。とは言っても、パンを焼いて、麦粥とスープを温めるだけ。

「お父さま、ただいま戻りました」

 そんな折、礼子が戻ってきた。

「ごくろうさん」

「ちゃんと、馬車で行かれましたよ」

「そうか」

 そうこうするうちに麦粥、スープが温まったので、皿に小分けしてナナとラルドの所へ運んでいく仁。孤児院時代に小さい子の面倒を見ているので慣れたものである。

「ほら、夕飯だぞ」

「ありがと、おにーちゃん」

 2人が食べ終わるのを待って食器を片付け、台所に戻る。仁の分を礼子が温めていてくれた。

「お父さま、ちょうどいい冷め具合です」

 実は、仁は猫舌である。こればかりは熱いものを食べていても慣れることはなかった。

「お、ありがとう」

 もう外は真っ暗である。ポップコーンの作り方を教えるだけならそろそろ帰ってきてもいいのだが、と仁は思った。

「遅いな、ビーナ」

「お父さま、今夜、ここに泊まるのですか?」

「うーん、ビーナに頼まれてるし、そうでなくてもあの子達を置いて帰るわけにはいかないな」

 仁がそう言うと、礼子は、

「では、私が一旦戻りまして、お父さまの寝具を取ってまいります」

「ああ、そうしてくれるか?」

「はい、それでは行ってまいります」

 真っ暗な中、礼子はあっという間に姿を消した。

「……まさか、何かあったわけじゃないだろうな」


*   *   *


「おお! 美味いぞ!」

「よろしゅうございましたね、ぼっちゃま」

 ビーナはガラナ伯爵邸で、ポップコーンを作り続けていた。トウモロコシだけは持ってきた安い物だが、油、塩に最高級の物を使ったので味は別物になっている。

「ふう、満足したぞ」

 そう言ってこの我が儘な少年は食堂を去った。残されたのは食べ残しのポップコーンとビーナ、それに家令のクロード。

「じゃあ、あとは片付けて帰っていいんですね?」

 そう尋ねたビーナに、クロードが、

「ええ。ですが、その製造器は出来ましたらこちらで買い取りたいのですが」

「え、でも、これがないと明日困っちゃうんですけど……」

 やんわりと断りを入れるビーナ。ジンの物だからという理由も当然あるのだが、庶民であるビーナとしてはびくびくものである。

 貴族なら、強引に取り上げることも出来るし、実際にやるのだから。

「もちろん相応の対価はお支払いします。来ていただいたお礼も含めて、金貨10枚でどうでしょうか」

 金貨10枚、つまり10万トール。約100万円に相当する。

「じ、10枚!?」

「はい。いかがですか?」

 今、1日の売り上げは経費込みで4000トール弱。その25倍、約1ヵ月分である。これ以上ごねると、最悪の事態を招きかねない。

「わかりました。それでいいです」

 ビーナは了承した。

 それで、帰ったらあやまり、金貨10枚は全部ジンに渡そう、内心そう決心するのであった。

 そこに、クロードの更なる言葉が続いた。

「それでですね、あなたはなかなか優秀な魔法工作士(マギクラフトマン)と聞きました。いかがですか、当家専属の魔法工作士(マギクラフトマン)になりませんか?」

「専属の?」

 つまり、パトロンになってくれるというのである。貴族お抱えともなれば、製作費を気にせず、好きなようにいろいろな物を作ることが出来るだろう。ビーナは、師であるグラディア・ハンプトンを思い浮かべた。彼には3人の貴族がバックに付いており、地方貴族など問題にならない暮らしをしていた。

 更にクロードは、

「専属になっていただければ、あなたが抱える借金もすべてこちらで返済して差し上げましょう」

「え、なんで知って……」

 借金のことをクロードが口にしたので驚くビーナ。

「申し訳ありませんが調べさせてもらいました」

 しれっと答えるクロードであった。

「…………」

 ビーナはうつむき、考え込む。

 現在彼女が抱えている借金は約120万トール。グラディア・ハンプトンへの師事と、両親がかかった医者への費用等だ。今のところ返済する目処は全く立っていない。

「でも」

 顔を上げたビーナは、ここ数日のことを思い返した。

 ジンと知り合い、魔導具について新しい見解を知った。自分の思いを形にする楽しさを知った。貴族ではなく、庶民のために魔導具を作る喜びを知った。

「申し訳ありませんが、お断りさせていただきます」

 ビーナの口から出たのはそんな言葉だった。これだけは譲れない。

「そうですか、残念です。もしお気が変わったら、いつでも申し出て下さい」

 クロードはそう言って、金貨10枚の入った袋を差し出した。

「袋には当家の紋章が入っております。もし当家に御用のある時は、門番にそれを見せて下さい」

「あ、ありがとうございます」

 緊張してそれを受け取るビーナ。

「それでは、お送り致しましょう……、と言いたいところですが、この時間ではもう城門は閉まっていますね、どうぞ今夜はお泊まり下さい。明日、城門が開き次第お送り致します」

「は、はい、おねがいします」

 クロードはビーナを客室へ案内していった。その口元がわずかに歪んでいたのをビーナが見ることはなかった。


*   *   *


 仁は、礼子が持ってきた毛布を敷いて寝床を作っていた。その時。

「お父さま、ここへ誰か近づいて来ます」

「ん? ビーナが帰ってきたのか?」

 気楽にそう聞きかえす仁だったが、

「いいえ。ビーナさんの魔力ではありません。人数は4人。馬車で来ます」

 仁が改良してから、礼子は魔力探知能力が向上している。その礼子が言うのだから間違いないだろう。

 家の前に馬車が停まる音が聞こえ、次いでドアをノックする音がした。

 ポップコーン製造器をビーナが売ってしまう場面、内心の葛藤が見えないとお金に吊られたようにしか見えないという御指摘などいただいたので加筆しました。


 さて、訪ねてきたのはいったい誰でしょう? そしてなんだかビーナが気になります。

 お読みいただきありがとうございます。


 20160505 修正

(旧)約1箇月分である。

(新)約1ヵ月分である。

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