16-18 騒動の真相
「良ければお飲みになりますか?」
アンが、手持ち最後の回復薬を差し出した。
「……いただこう。だが、貴重なものではないのか?」
受け取りながら、700672号が言った。
「いえ、戻ればまだたくさんありますから」
「ふむ。……この薬は素晴らしい。我が主人達なら作れるかもしれぬが、堕ちた者たちがこれほどのものを作れるとは驚きだ」
「それは違います」
黙っていられなくなった礼子が口を開いた。
「それをお作りになったのはわたくしのお父さま、『魔法工学師』です。堕ちた者たちではありません」
それは期せずして真実を伝えていた。仁は地球から召喚された存在であって、この世界の生まれではないのだから。
だが、700672号には、単なる矜恃と映ったようだ。
「ふふ、意志を持つ自動人形よ。そなたが創造主を崇める気持ちは良くわかる。吾も、できることならもう一度、主人たちに会いたいと思っているのだから」
「いえ、そうではなく……」
だが、ここで老君を通じて仁から指令が入った。曰く、それ以上話す必要は無い、と。そして、言わせておけ、とも。
回復薬を飲んだ700672号は少し調子が良くなったようで、横たわったまま話を再開した。
「この施設の中は自由魔力素が少ないはずだが、そなたらはよく平気でいられるな」
「え?」
「吾の肉体維持には自由魔力素が必要なのだ。ゆえに、周囲の自由魔力素を集めているのだが……」
アレクタスが疲れやすかった理由の一つがこれであろう。
「んん? 空間の自由魔力素密度がおかしいぞ?」
ベッドのそばにあった『窓』の一つを見た700672号が驚いたように言った。
「……吾が眠っている間に何があったのだ? この自由魔力素濃度の低下は異常だ」
「魔導大戦と、魔素暴走かもしれません」
アンは、簡単に経緯を説明した。
「ふむ、魔導大戦、か……愚かな。同じ祖先を持つ者同士で殺し合うとは」
そして、唐突に別の話題を口にする。
「先程言っていた『針』だがな、作ったのは確かに我が主人だ」
「……!」
アレクタスの顔が険しくなった。が、700672号は変わらず穏やかな声で語っていく。
「慌てるな。確かに作りはした。だが、その用途は『デキソコナイ』を操るためだ」
「操る?」
「然り。『デキソコナイ』は、主人の言うことを聞かなかったと言ったであろう。故に、命令に従わせるために作ったのが『操縦針』だ」
『操縦針』は命令を伝えるものと強制的に従わせるものとの2種類がある。また、命令を伝える操縦針は、被装着者が耳にしたものを伝える機能もあるという。
「見たものを知ることができたら良かったのだがな。そこまでの物は作れなかったのだ」
「では、それをその『デキソコナイ』が利用して、我等を支配しようとしたと言うことか……」
これで黒幕の正体はわかった。だが、まだ疑問は残っている。
「目的は何でしょう? 人類を滅ぼせとか、およそ論理的ではない命令なのですが」
代表して疑問を口にしたのはアン。
「『デキソコナイ』は『堕ちた者たち』を憎んでいる。それこそ、仇のようにな」
「な、何故です?」
「……それについては良くはわからぬ。主人が奴等を作った時、『隷属』『崇拝』『従順』『命令遵守』などの因子を埋め込んだはずなのだが、それらが全て逆に作用してしまったようなのだ」
「それで『負の人形』などと名乗っているのですね」
その話を聞いてもアンは冷静である。
「おそらくは、な。先程の魔導大戦とか言ったか。それも奴めが仕組んだものという可能性は高い」
だとすると、人類・魔族双方にとって、『負の人形』は敵と言うことになる。
ここで、700672号は大きく息を吐くと目を閉じた。
「父さま、大丈夫ですか?」
心配そうなネージュの声。
「ああ、大丈夫だ。少し疲れたがな。まだもう少しお前と一緒にいてやれそうだ」
「嬉しいです」
ネージュは700672号の手を取って微笑んだ。
「そういえば、そのネージュはいったい何なのですか?」
アンが質問した。それは礼子もアレクタスも、そして蓬莱島にいる仁たちも思っていたことである。
700672号が作ったサーバント……人造人間は失敗作だった、と言った。では、ネージュは?
「ネージュは吾が作った人造人間なのだ。主人が『デキソコナイ』13体を作り、廃棄したずっとずっと後、吾が1人で作ったのがこのネージュなのだよ」
人造人間の製造にはいろいろ特殊な材料や秘密の技術が必要であり、簡単にはいかないという。
「機能を欲張らず、単純にし、因子を埋め込まず、より小さくしたのが良かったのかもしれぬ」
とにかく、ネージュ以外の人造人間は700672号の主人の言うことを聞かなかったばかりか、主人たちの子孫である『堕ちた者たち』を憎んでいたという。
『操縦針』を使ってみたが24時間監視することもできず、監視を外れると好き勝手やらかしてしまうような状態なので処分を決意したのだと説明された。
「全て焼き尽くした筈だったのだが、な」
「『負の人形001』と名乗っていましたが」
「……と、すると最初に作った奴かも知れぬな」
アンは『負の人形001』が口にした言葉を思い返す。復讐だ、と言っていた。そしてやられたことをやり返しただけだ、とも。
そのことを700672号に言うと、彼は頷いた、
「さもありなん。操縦針による苦痛は耐え難いものがあったはずだ。復讐する気になったのも頷ける」
人造人間の場合は脳に相当する器官に埋め込むのだそうだ。
かつてはアレクタスも操縦針を心臓に埋め込まれていたので、思い出すと身震いが出る思いであった。
* * *
「……」
蓬莱島で話を聞いていたメンバーは無言であった。
自分たちのルーツを知ったことは大きな衝撃だったようだ。
だが、1人仁だけは違った。
「老君、アンに言って、その『負の人形001』がどんな魔法技術を持っているのか聞き出してくれ」
『わかりました』
今までの話からして、『負の人形001』は魔族・人類関係なく攻撃を仕掛けてくる気だと思われる。
奴には魔族も人間も無いのだから。どちらも憎むべき主人の子孫なのだから。
「おそらく、魔族を人間にけしかけて、魔族を人間に滅ぼさせるのと同時に、人間にも被害を与えることが目的だったんだろうな」
いち早く我に返ったラインハルトが推測を口にした。
「お、700672号が答えるぞ」
仁の言葉に、全員が魔導投影窓に注目した。
* * *
「負の人形が扱える兵器……とな」
アンの質問を繰り返す700672号。
「そうです。敵対する相手の情報を、できる限り得ておくのは常識ですから」
「ふふ、意志を持つ自動人形よ。面白いことを言うな。確かにその通りだ。吾の知る限りを教えよう」
推測が混じるが、と前置きをして700672号が語った内容を簡単にまとめると以下の通り。
操縦針。
塩素ガス。
粘着弾。
各種攻撃魔法。
幻影結界。
メタルゴーレム。
隷属魔獣。
質量弾。
重力爆弾。
転送装置。
などであった。
「奴にも知性はある。独自の武器を創り出している可能性もあるな」
蓬莱島にいる仁たちが特に気になったのは最後の2つである。
「重力爆弾というのはどんなものですか?」
アンの口を通じて質問させる。
「重力魔法は知っているな? その応用で、短時間で狭い範囲に凄まじい重力を発生させる爆弾だ。およそ1000倍の重力が1秒間掛かる」
生物なら押し潰されてしまうだろう、いや、生物でなくともその高重力に耐えられるとは思えない。
「そして、転送装置というのはあらかじめ決めた場所、つまり『マーカー』を置いた場所に対して物体を送り込んだり、また取り込んだりできるものだ」
仁が作った転送機に似ているが、転送機は送り出ししかできないのに対し、こちらは引き戻すこともできるらしい。これは大きなアドバンテージだ。
一方で、そのためには『マーカー』と呼ぶ目印が必要になるという点では転送機に軍配が上がるのだが。
「うーん、少なくともその2つに対抗する手段が必要になりそうだな」
蓬莱島で仁は腕組みをし、対抗策を考え始めたのである。
いつもお読みいただきありがとうございます。
20140812 21時02分 表記修正
(旧)お、700672号が返事をするぞ
(新)お、700672号が答えるぞ
20150713 修正
(誤)操縦針』を使って見たが
(正)操縦針』を使ってみたが
20181226 修正
(旧)「そして、転送装置というのはあらかじめ決めた場所……『マーカー』を置くのだが……に対して、物体を送り込んだり、また取り込んだりできるものだ」
(新)「そして、転送装置というのはあらかじめ決めた場所、つまり『マーカー』を置いた場所に対して物体を送り込んだり、また取り込んだりできるものだ」




