16-17 700672号
「父さま!」
うっすらと目を開けた『父さま』に、ネージュが飛び付いた。
「父さま、父さま……!」
「ネー、ジュ、か」
その口からは辿々しいながらも言葉が発せられた。アンはもう1本、回復薬を取り出し、差し出す。
「飲めますか? 飲んでみて下さい」
「私が飲ませます!」
アンプルをそっと受け取ったネージュは、慎重に『父さま』の口に当て、中身を流し込んだ。
「……」
ゆっくりと回復薬を飲み込んだ『父さま』は、大きく息を吸い込んだ。
「……感謝する」
その声はかなり力強くなっていた。回復薬が効いたようだ。
「ネージュ、起こしてくれ」
「はい、父さま」
ネージュに支えられながら、ネージュの『父さま』はベッドに上体を起こした。
そしてアン、礼子、アレクタスの順に見回すと、視線をアレクタスのところで止める。
たっぷり1分間、無言でアレクタスを見つめていたネージュの『父さま』は、ふ、と表情を和らげた。
「見事。ここまでやってきたのか、『堕ちた者たち』の子孫よ。ここを発見したことは褒めてやろう」
その言葉に、今まで展開に付いていけず無言だったアレクタスが口を開いた。
「お、お前……いや、貴方が……『始まりの一族』なのですか?」
「然り。吾はサーバント700672号。お前たちが『始まりの一族』と呼ぶ1人である」
「ここは……いえ、この施設は、いったい何なのですか?」
今度は礼子が尋ねた。
「ほう、意志を持つ自動人形か。素晴らしい。……答えよう。ここはかつて『天翔る船』の一部だった場所。そしてこの部屋は私の永眠すべき場所だ」
『天翔る船』。その単語には聞き覚えがあった。
「あなたはその『天翔る船』でここにやってきた1人なのですか?」
「然り。吾は、吾の主人と共にこの地へやって来た」
「その、あなたのご主人は今どこに?」
「もう、どこにもいない。我等に比べて主人達の寿命は短い」
「そ、その『堕ちた者たち』というのは?」
今度の質問はアレクタス。
「『堕ちた者たち』というのは、この星に来てから産まれた、主人達の子供のことである」
「すると『堕ちた者たち』の子孫というのは……」
「然り。主人達の子供、その遠い遠い子孫である」
* * *
今、人類と魔族のルーツが明かされようとしていることを、蓬莱島にいる仁は察していた。
蓬莱島にいる仁は、老君に命じて『ファミリー』を緊急招集する。
「ジン兄……興味深い」
エルザは既に横で聞いている。
「ジン、何だい?」
続いてサキが。
「何かあったのかね?」
「ジン君、どうしたの?」
「ジン君、いったい何があったの?」
「ジン様、お呼びですか?」
トアが、ステアリーナが、ヴィヴィアンが、そしてミーネが。
「ジン、一体何ごとだい?」
「ジン様、一体どうしたんですの?」
最後にラインハルトとベルチェがやって来た。
仁はとりあえず画面を指さし、様子を見ているように、と指示を出した。
* * *
「吾の主人達は、資源が枯渇したヘールをあとにし、このアルスへとやってきた。ここには豊富な資源と自由魔力素があり、それにより主人達は元気を取り戻した」
ヘールというのが彼等の母星で、アルスというのが仁たちがいる星なのだろう。
「主人達の一部はこの星の原住民と交わり、子を為すようになった。主人の血が薄まった彼等を『堕ちた者たち』と呼ぶのだ」
「……」
「理解したか? 先程のお前の質問の答えがこれだ。『吾の主人』はもう何処にもいない。ただその血を受け継ぐお前たち『堕ちた者たち』がいるだけなのだ」
* * *
彼の言う『主人』の血を色濃く受け継ぐ者が魔法を使え、そうでない者は魔法を使えない、ということになるのだろうか、と、蓬莱島にいる仁は考えていた。
「ジン君、これって……」
「ああ、そうよね、ね、ヴィー。昔々のそのまた昔のお話よ!」
「貴重な真実が今、語られているんだね……」
* * *
「では、あなたはここでずっと何をしているのですか?」
アンが次の質問を発した。
「答えよう。吾は最後のサーバント、700672号。主人達の眠るこの地で朽ち果てるのを待っているだけだ」
「……いったい、あなたは何歳なのですか?」
「吾は主人の被造物。故に何歳かという問いは意味をなさない。それに最も近い概念で回答するなら、吾は作られてから、この星の暦に換算して5000年以上経っている」
「5000年!?」
礼子も、アンも、アレクタスも、そして蓬莱島で聞いている面々も、その答えには度肝を抜かれた。
「然り。吾は人造人間。偽りの生命。故に死の概念は無い。ただ老朽化し、停止し、朽ち果てるだけである」
「そ、それでは、何故我等に『針』を打ち込んで支配しようとしたのです?」
「針、だと?」
心当たりが無さそうな顔をした700672号はそのまましばし考えていたが、ようやく回答を見出したようだ。
「長さ2センチ、太さ1ミリほどの魔導具のことか?」
「そうです! 答えてください! 何故我等を支配しようとするんですか!?」
感情が高ぶったらしいアレクタスは次第に大声になっていった。が、700672号は理解できない、といった顔。
「支配? 何のことだ?」
「しらばっくれないでくれ!」
「だめ!」
興奮したアレクタスをネージュが遮った。
「よい、ネージュ。かの者にも事情があるのだろう」
アレクタスとは対照的に、700672号は淡々と答えていく
「吾は先程、お前たちがこの部屋に入ってくるまで、長い眠りに就いていた。……お前たちの時間でおよそ300年くらいになろうか」
壁の一つにある窓を眺めた700672号が言う。
「故にお前たちの言う騒動は吾の知らぬところである」
「300年……」
アレクタスは、そして蓬莱島で聞いている面々もその長さに、半ば呆れ、半ば驚いていた。
「だが、もしかしたらと思うところはある。事情を話してみよ」
「わ、わかった。実は……」
もはや敬語を使うことも忘れ、アレクタスは己の氏族の事を説明していく。そして礼子とアンが他の氏族のことを補足説明した。
「ふむ。おそらく、それは『デキソコナイ』の仕業だろう」
「『デキソコナイ』?」
「主人たちが作った最後のサーバントだ。だが、この星には主人たちが必要とする何かが無かったらしく、不完全なものにしかならなかった。言うことを聞かなかったのだ」
「そ、それも人造人間なのか?」
「然り。主人たちが作った人造人間の失敗作、それが『デキソコナイ』だ」
「……」
アレクタスは言葉がなかった。まがりなりとは言え、人間を作り出す技術があることを、そして目の前の存在もその一つだということが、今更ながら信じられなかったのである。
「吾はもう400年ほど前から身体が満足に動かせなくなったのでな。ここから外に出てはいない。故に外の出来事を知らなかったのだ」
700672号の言では、『デキソコナイ』は13体作られ、全て廃棄されたはずだった、と言うのである。
「だが、もしかして消却を免れた『デキソコナイ』がいたのかもしれぬな」
「あの『負の人形』と自らを呼んでいた存在、あれが『デキソコナイ』なのでしょうか」
礼子が口を挟んだ。
「『負の人形』? そう名乗っていたのか?」
「ええ。ここに来る直前、この部屋の外で出会いました。転移で逃げられてしまいましたけれど」
「なるほど、大体事情はわかった。……少し考えさせて欲しい」
700672号はそう言って、疲れたのか、再びベッドに横になったのである。
いつもお読みいただきありがとうございます。
20140811 15時27分 表記修正
(旧)豊富な資源と自由魔力素があり、主人達は元気を取り戻した
(新)豊富な資源と自由魔力素があり、それにより主人達は元気を取り戻した
20150505 修正
(旧)吾は作られてから、この星の暦に換算して3000年以上経っている」「3000年!?」
(新)吾は作られてから、この星の暦に換算して5000年以上経っている」「5000年!?」
20180317 修正
(旧)だが、この星には主人たちが必要とする何かが無かったらしく、不完全なものにしかならなかった」
(新)だが、この星には主人たちが必要とする何かが無かったらしく、不完全なものにしかならなかった。言うことを聞かなかったのだ」




