16-13 ダンジョン
「雷系の魔法、でしょうかね」
青い火花を見た礼子が判断を下した。紫色は雷属性を表す色でもあることから、その推測は正しいだろう、とアンもアレクタスも同意した。
* * *
「雷系魔法……もしくは高電圧大電流の罠か」
蓬莱島では、礼子から老君を経由して魔導投影窓に映し出される光景を、仁が興味津々で追っていた。
「事前に探知出来ないなら魔法による物では無いのかもな……例えば、強力なコンデンサ(キャパシタ)や充電池に雷系魔法で充電しておいて使う、という方法も考えられるしな」
自分で想像して、仁は『使えそうだ』と内心ほくそ笑んだりしている。が、今は目の前のことに集中すべきだと思い直す。
「こほん。……電撃罠、やはり考えることは似てくるんだな」
床に高電圧が掛かっているとしたら、障壁結界はあまり役に立たない。基本的に地面に触れたところまでしか張られないからである。
「魔獣の革でできた靴は多分絶縁してくれると思うし、アンも礼子も並の雷系魔法で傷付くとも思えないが、危険を冒す必要は無いし、アレクタスのこともあるしな……」
仁は魔導投影窓の前で考え込んだ。
見たところ、天井と床の間に高圧が生じるようだ。
真空ではなく、気体が存在するし、魔法による放電なら自由魔力素の影響もあるだろうから正確な電圧はわからないが、数千万〜数億ボルトといったところであろうか。自然界に発生する雷と同じと考えればいいだろう。
「ショートさせるか」
悪戯っぽく笑いながら仁が呟いた。
* * *
「お父さまが何かお作りになって、それを送ってくださるそうです」
「どのようなものでしょうね」
老君から連絡を受けた礼子が言った。
アンも老君から連絡を受け取っている。
因みに今現在、残念ながら礼子とアンは直接のやり取りは出来ない。が、老君が中継すれば、1秒以下のタイムラグで会話することも可能だ。
そうとは知らないアレクタスは相変わらず蚊帳の外、1人『?』状態である。
そして1分後、転送機で送られてきたものは。
「ミスリル銀の棒ですか」
電気伝導性のいいミスリル銀でできた棒。これを使って床と天井をショートさせ、どうなるか見ようというのである。
長さは床と天井に触れるくらいの長さがあり、中央部には絶縁体でできたグリップが付いていた。
そのグリップを持って、礼子は斜めにした棒を紫色の床に振れさせ、ゆっくりと立てて行く。ほぼ垂直に立てたところで天井に触れた。
瞬間、青白い火花が散った。
数十万アンペアという電流であるが、1秒も続かないため、ミスリル銀の棒は赤熱しながらもその負荷に耐えた。
「もう雷魔法は発生しないようですね」
もう一度口から玉を射出した礼子。今度は床の上を何事も無く転がって行くところをみると、雷魔法を発生させる魔導装置は過負荷で焼き切れたと思われる。
それでも用心のため、礼子が先行して足を踏み入れてみた。何ごとも起こらない。
「大丈夫、いらっしゃい」
こうしてオゾンの臭いが漂う中、高電圧の罠も無力化されたのであった。
紫色の部分は3メートルほどで、また他と同じ灰色に戻った。
そして通路は左へ曲がる。
「止まって下さい」
礼子の声。アンとアレクタスが立ち止まった、その時。礼子のすぐ前の床が消滅した。
「落とし穴、ですね。反響で床に空間があることはわかっていました。『音響探査』を使えばより正確に探れますからこのような罠は無意味です」
穴の幅は約5メートル、礼子たちなら十分跳び越えられる幅だ。
「おねえさま、跳び越えた先にも罠があるかもしれませんよ」
アンが忠告する。
一つの罠を回避したという安心から来る油断に付け込む手法はポピュラーなものである。
「そうですね、注意しましょう」
礼子は桃花を抜き放ち、金属製の壁を斬り裂いて1メートル四方くらいの金属板を切りだした。そしてそれを円筒状に丸め、穴の向こうに放り投げたのである。
がらんがらんという金属音を立てて転がって行く円筒。だが何ごとも起こらないのを見て、罠はないと知れた。
「では、行きましょう。アレクタスさん、跳び越えられますか?」
「うむ、身体強化をすれば可能だ」
「では、行きます」
礼子が、アンが跳び越えた。そして最後にアレクタスが跳び越え、落とし穴の罠も回避することができたのである。
その先にはまたしても階段があった。だがそれは上に向かっているのだ。
「……上、ですか。下ではなく? このルートは囮なのでしょうか?」
アンが呟く。
「でも今のところこの道を進むより他はないでしょう。いざとなれば床も壁もぶち抜けば済むことです。今は進みましょう」
過激なことを言いつつも、礼子は進むことを選んだ。
階段の長さから言って、一度降りてきたフロアへ逆戻りしたと思われるのだが、階段から出たそこはまったく違う場所に見えた。
まず、天井が低いのである。身長130センチの礼子がぎりぎりであるから、140センチはないと思われる。アンとアレクタスは屈んで歩かねばならない。当然行動はかなり制限されてしまうことになる。
通路の幅も応じて狭く、約1.5メートルほど。
「ダンジョン、というのでしたっけ」
仁から授かった知識の中から適当な単語を当て嵌めてみるとそうなりそうだ。
「と、なると、このフロアにも何か罠があるはずですね」
アンが相槌を打ったその時。
通路の壁が開き、身長1メートルほどの金属製ゴーレムが飛び出してきた。その数、おおよそ100。
「今度はゴーレムですか!」
ゴーレムの群れは無言で一行に襲いかかってきた。
力はそこそこ、スピードもそこそこ。だがいかんせん数が多い。しかも、天井が低いために戦いにくいことこの上ない。
その点、身長1メートルのゴーレムたちはこの場所に適応していると言えた。
まともに戦えるのは礼子だけだが、それにしても狭い。桃花を振り回そうにも天井や壁につかえてしまう。
屈んだ状態を強いられているアンはアレクタスを庇うので精一杯。
「なかなか厄介ですね!」
礼子はこの状態に少々苛立ちを覚えていた。そしてそれは蓬莱島にいる仁も同じ。
『礼子さん、御主人様の許可が出ました。50パーセントを出してください』
「わかりました」
50パーセントの出力を出した礼子は戦術級兵器に匹敵する。
拳の一撃で2体3体を巻き添えにしてゴーレムが吹き飛ぶ。
蹴りの威力は5体6体のゴーレムを一気に戦闘不能に追い込んでいく。
そうやって周囲に少し空隙が出来た時。
「『電磁誘導』」
仁オリジナル魔法、金属に電磁誘導の原理で高熱を発生させる魔法だ。
「アン、アレクタスさんを守って障壁結界を」
「はい、おねえさま」
『電磁誘導』により、60体あまりの敵性ゴーレムは赤熱してきた。次いでオレンジ色になり、黄色を経て白熱したところで溶融が始まった。
たちまちのうちにゴーレム達は溶けた金属の塊と化してしまったのである。
「自由魔力素の多い土地ですからね、魔法の効きも向上してます」
「だ、だが、どうやって先へ進むのだ?」
溶けた金属のプールのようになってしまった通路を見て、アレクタスが困惑した声で言った。
「冷やすしかないでしょうね。『超冷却』」
熱エネルギーを奪う魔法により、溶けた金属のプールは瞬時に熱を奪われ、固体化したのであった。
「な、何だ、今の魔法は!?」
目にしたことが信じられないと大声を出してしまうアレクタスであった。
「我々のオリジナル魔法ですよ」
嘘ではない。アレクタスも今はそれ以上聞くことはしなかった。
身体を屈めて進むこと10メートル。右に曲がった先に階段が見つかった。今度は下り階段である。
「行きましょう」
罠の有無をざっと確認した後、礼子は足を踏み入れた。
今度の階段は深さ10メートルくらい下りたようだ。
「さて、今度のフロアはどんな妨害が入るのでしょう」
まだ礼子には余裕が感じられ、それはアンも同様。
「……まだ着かないのか……」
だが、アレクタスにはかなりの疲労が溜まって来ているようだった。
いつもお読みいただきありがとうございます。
20140807 誤記修正
(誤)今度のフロアはどんな妨害は入るのでしょう
(正)今度のフロアはどんな妨害が入るのでしょう
20180816 修正
(旧)「雷系魔法……もしくは高圧電流か」
(新)「雷系魔法……もしくは高電圧大電流の罠か」




