16-11 潜入
結界前で停止したカプリコーン1の中で。
「結界? どういう性質のものかわかるか?」
「はい。探知結界です。これを越えると、おそらく使用者に警報が伝わります」
おおよそ、目的地まで2キロメートルといった地点であった。
「ここから先に進むと気取られますね」
「どうするの?」
「結界が反応しない方法で越えればいいのですよ」
アンが事も無げに言う。
「いったいどうやって……」
「簡単なことです。結界は地面に接してはいますが、地中には伸びていません。地面を掘り進んで向こう側に出ればいいだけのことです」
「な、なるほど……」
基本的に、結界の類は同じ特性を持っている。攻撃などで地面が抉れれば、瞬時にそこまでカバーするように広がるが、地中には達していない。
「とはいえ、このカプリコーン1が通れるほど大きな穴を掘るというのは現実的ではないですね」
作戦参謀的なアンが的確な計画を立てていく。
「私と礼子おねえさま。それとあと一人、魔族の方に来ていただきたいですね」
「それなら私が行こう」
立候補したのはアレクタス。『針』の直接被害者である。事情にも詳しい。イスタリスたちに異論はなかった。
仁(の身代わり人形)はカプリコーン1に残り、後方支援となる。
およそ30分で、結界の向こう側へ通じる穴が完成した。
音や振動で気取られないようにと出来るだけ静かに行ったためこれほど時間が掛かったのである。
「それでは行ってまいります」
「気を付けてな」
「行ってくる」
「アレクタスさん、お気を付けて」
「この混乱に終止符が打たれんことを」
そして3人は穴を通って結界の向こう側へ消えた。礼子は桃花を、アンは超高速振動剣を持って。
後は待つだけである。
* * *
「ふうん、そんなことになっていたのか」
『はい、御主人様。『始まりの一族』がどんな技術を持っているかは未知数です。十分に注意すべきと思い、お呼びしました』
『始まりの地』を探しに移動している間、再び工房に籠もっていた仁を老君が呼び出したのは、いよいよ遠征のクライマックスが近付いているのではないかという予感からであった。
カプリコーン1にいるメンバーよりも、遠く離れたここ蓬莱島での方がより詳しく情報を得られるというのは技術が産んだ皮肉である。
「礼子とアン、それに魔族のアレクタス、か」
仁の前には、転移門を使って送られてきた『針』があった。
「まったく、これほど小さい物に凶悪な機能を付けたものだな」
動作のための魔力素は、そのほとんどが被装着者……被害者の身体から供給される。
取り出した今、魔力素の供給は止まっている。つまり、被装着者が死亡したという扱いになっているだろうことが想像された。
残っているのは微弱な魔力線の繋がりのみ。
「この『針』では視覚情報を送れないのは助かったよな」
そんな独り言を呟きながら、仁は礼子の目に連動して送られてくる映像を見つめていた。
* * *
目の前に広がるのは凍てついた氷に覆われた大地。夏場の平均気温は摂氏1度、万年雪が残る地域である。
礼子とアンが持つ魔力探知機能の精度は、カプリコーン1の魔力探知装置よりも低い。なのでいくらかジグザグに動きながら、目的地の位置を確認しつつ進んでいた。
アレクタスを含む『隠身』の結界を自分たちの周囲に張り巡らせながら。
『隠身』では光学的な隠蔽は出来ないので、白い布をポンチョのようにして纏い、保護色としていた。
「……あと500メートルくらいです」
一行の進行方向には何も無い。ただ緩い起伏を持つ白い平原が続いているだけ。
「地中、なのでしょうね」
気象条件から考えたら十分あり得ることだ。
「更に気を付けて進みましょう」
あと400メートル、300メートル、200メートル……。
「止まって下さい」
目的地と思しき地点の約150メートル手前で礼子が言った。
「第2の結界のようです」
足元に落ちていた氷の欠片を投げ付けると、何も無いように見える空中で跳ね返ってきた。
「物理的な防御ですね」
『物理障壁』と同種のものだろう。『魔法障壁』であったら魔力が通過できないのだから。
「どうやって通過する? また地面を掘るか?」
「ええ。ここは雪と氷ですから、時間も掛からないでしょう」
アンの提案により、足元の雪を掘り始める。とはいうものの、ほとんどをアンが行ってしまった。改良・強化された身体能力は伊達ではない。
10メートルほどの穴を雪の下に掘り進め、一行はいよいよ核心部に迫っていく。
「あと100メートルほどですね」
目の前にあるのは緩く盛り上がった雪原。その下に何が隠されているのだろうか。
「金属?」
礼子の靴が、岩とは違う感触を捉えた。
屈んでその部分の雪を退けてみると、銀灰色の肌が現れたではないか。
「ミスリル? ……いえ、未知の金属ですね」
魔法で探査しようかとも思ったが、勘付かれるおそれがあるので止めておく礼子である。
「間違いなく、近いですよ」
アンの言葉に、アレクタスは身を引き締めた。
「ここが『始まりの地』で、『始まりの一族』が地下に住んでいるなら、出入り口があるはずです」
アンはそう言って周囲を見渡した。
「だが、アン殿、これだけの広さがあるのだ、出入り口を見つけると言っても難しいのでは?」
アレクタスが不安そうな顔で言うが、アンは涼しい顔。
「おねえさま、おねえさまの『温度感知』で周囲を探って下さい。温度が高い箇所があったらそこが怪しいですので」
「わかりました」
礼子の目にはさまざまな機能が付与されている。『温度感知』はいわゆるサーモグラフィーだ。周囲の温度分布を色分けして捉える事ができる。
約1分、辺りを探っていた礼子だったが、変化無し、と結論づけた。
「では、少し移動しましょう」
目的地中心部へ50メートルほど移動し、同じ事を礼子は行った。
「……2箇所、温度が高い場所があります」
「調べてみましょう」
近くから調査していくことにする。
「……ああ、ここは単に植物が生えていただけですね」
近傍にあったそこは、耐寒性の強い、地衣のような植物が繁茂した場所であった。
「もう1箇所を調べてみましょう」
そこは真っ平らな雪原。だが少々不自然さがあった。
「きれいな円形をしていますね、おねえさま」
「ええ。円形に温度が高くなっているのですよ。他より2度くらい」
アンと礼子の会話。アレクタスは付いて行けていない。
「もしかしたらハッチがあるのでしょうか」
「その可能性は高いですね。ちょっと雪をどかしてみましょう」
礼子とアンは協力して雪をどかしに掛かった。慌ててアレクタスも手伝おうとしたが。
「邪魔です。じっとしていてください」
と礼子に邪魔者扱いされてしまった。
そして3分。
「……間違いなくハッチですね」
直径2メートルほどの丸い金属製のハッチが一行の目の前にあった。
「開閉装置はわかりますか?」
「おそらく」
ハッチ脇の四角い区画。指で引っ掛けるようにすると蓋が開いた。中にはレバーがあった。
「このレバーを動かせば、おそらくハッチは開きますね」
「ええ。その前に、どうするか、もう一度打ち合わせておきましょう」
いつもお読みいただきありがとうございます。
20140805 19時28分 表記修正
(旧)そのほとんどを被装着者……被害者の身体から供給される
(新)そのほとんどが被装着者……被害者の身体から供給される




