16-08 脱出と捕虜
「きゃあ! 何するのよ!」
「こいつら! イスタリス様をどうする気だ!」
「やあん! ルカス、助けて!」
「シオン様! くそっ、放せ!」
雪崩れ込んできた6体のゴーレム、その身長は2メートル弱。動きは鈍いが、座っていたところを不意を突かれてイスタリスとシオンが捕まってしまった。
ネトロスとルカスはさすがに護衛だけあって素早く身を躱したものの、主人が捕まってしまっていてはどうにもならない。
そして、仁(の身代わり人形)を狙い、2体が襲いかかってきていた。
「何をするのですか」
「理不尽は許しません」
礼子とアンが、それぞれ1体、ゴーレムを撃退する。
アンが振り払ったゴーレムは壁にめり込み、礼子が吹き飛ばしたゴーレムはばらばらに砕け散った。
「いったい何がどうなったっていうんだ?」
急変した事態にさすがに付いて行けない仁。
「こうなったら、仕方ない。礼子、エーテルジャマーだ!」
「はい、お父さま」
礼子に内蔵したエーテルジャマーが作動する。イスタリスとシオンを捕まえていたゴーレムは停止した。
が、同時に、2人、いや、ネトロスとルカス、それに『福音』の3人までもが苦しげに呻きだした。エーテル欠乏症と呼べばいいか。
「これはまずいな……礼子、アン、急いで残りのゴーレムも無力化してしまえ」
この指示により、ものの数秒で残った4体のゴーレムもばらばらになって床に転がった。仁は礼子に命じ、エーテルジャマーを停止させる。
「……ふう」
イスタリスたちが溜め息を吐いた。
人間で言えば、いきなりチョモランマの頂上に運ばれたようなものと言えばいいか。酸素量は3分の1以下。呼吸困難になるのは当然だ。
自由魔力素でも似たような事が起きるらしい。人間の場合は自由魔力素への依存が低いので体調への影響は僅少なのだろう。
ファビウスは頽れ、気絶しているらしい。
「く、くそっ……」
「うう……」
アレクタスとミロニアは意識があるようだ。
仁は咄嗟に思いつき、アンに指示を出した。
「アン、アレクタスを拘束しろ」
「はい、ごしゅじんさま」
アンはアレクタスの腕を捻りあげる。
「礼子、『麻痺』だ」
「はい、お父さま」
アンが押さえつけたアレクタスを麻痺させる。人質に取ろうというのである。
「ミロニアは麻痺させておけ」
騒がれてもまずいと考えた仁からの指示。念のため、ファビウスも麻痺させておく。
「よし、一旦ここを出よう」
壊れた扉をどけて通路に出ると、『福音』の氏族であろう、4人の男女が仁たちを睨み付けていた。
青白い顔で、生気がない。それに仁は少しだけ違和感を覚えたが、今は脱出しようと思い直す。
「そこをどけ。アレクタスがどうなってもいいのか?」
だが4人は聞く耳を持たないようで、一斉に飛びかかってきた。
「『麻痺』」
「がっ」
「ぎゃっ」
咄嗟に礼子が放った『麻痺』の魔法で、4人は一瞬にして麻痺した。
「『福音』の氏族は10人くらいだとか言ってたな。あと2、3人いるということか。油断するなよ」
仁がそう言った矢先、通路の影から若い男が2人、棒を振りかざして飛び出してきた。
「『麻痺』」
「ぐっ」
「ぎゃぅ」
だが、礼子の反応速度の前には止まっているのも同然。簡単に麻痺させられてしまった。
ネトロス、イスタリス、シオン、ルカス、仁、アンとアンに担がれたアレクタス、礼子の順で通路を進んでいく。
やがて、見覚えのある出口が見えてきた。
「もう出口だな」
外は曇っているらしく、薄暗い。
「……寒い」
イスタリスとシオンがぶるっと身体を震わせた。
『福音』の氏族居住地内部は暖房が効いていたので摂氏15度くらいであったが、外へ出てみれば摂氏5度を下回る寒さ、部屋着のため肌寒い。上着は取ってくる暇がなかった。
「カプリコーン1に戻れば着替えもあるさ」
仁は2人を励ましておき、礼子にカプリコーン1のランド1に連絡を付けるよう指示した。
「お父さま、すぐに来るそうです」
夜のうちに何かあったかもしれないと少し心配だったが、ランド1は眠らないし、カプリコーン1には障壁結界もある。
加えて、上空には航空戦力が監視体制を敷いているのであるから、そうそうそんな事態になるわけもなかった。
1分もしないうちにカプリコーン1がやって来て、乗り込んだ一行はほっと息を吐いた。
「ランド1、大急ぎでここから離れろ」
とりあえず、仁は『福音』の氏族居住地から距離を取ることにした。
時速20キロで30分、およそ10キロ離れたところで一旦停止。アレクタスを補助座席に縛り付け、礼子には『麻痺』をいつでも発動できるよう準備させ、同時にアンにはエーテルジャマーの準備をさせておく。
それだけの対策をしておいて、仁はアレクタスに『回復』を掛け、目を覚まさせた。
「う……」
目を開けるアレクタス、ここがどこで、自分が何故ここにいるのか、わからないようだ。
「気が付いたか。なぜ『福音』の氏族が我々を襲うんだ? 今朝までは好意的だったのに」
仁のその質問に、アレクタスは沈黙を以て答えた。
「いきなり態度が変わったことも気になるんだよな。何か理由があると思うんだが」
「……」
それでもアレクタスは沈黙したままである。
「隷属魔法の可能性はどうなんだろう?」
「お父さま、『麻痺』を使った後ですので、その可能性は低いですね。効き目は『衝撃』よりは穏やかですが、大抵の洗脳は解けるのではないでしょうか?」
「ちょっと待って下さい。隷属魔法を『衝撃』で解除するのですか?」
イスタリスが話に加わってきた。
「私たちの場合、解除魔法がありますが……」
「そうなのか。で、君は使えるのか?」
「解除はできます」
「やってみてくれ」
だがイスタリスは首を横に振った。
「いえ、アレクタスさんは隷属魔法に掛かっていません」
「やはりか……」
『森羅』の氏族の時と同じ。別種の隷属魔法か、あるいは……。
「どんな魔法でも解除してしまう魔法があるといいなあ……」
その呟きは、カプリコーン1の中にいる仁(の身代わり人形)と、蓬莱島にいる仁本人、双方が発したものだった。
「魔法でないとすると……後は魔導具でしょうか?」
アンの発言である。
「仮に操られている、と仮定してですが、魔法などの術でないとすると、何らかの魔導具ということですよね?」
論理的に考えるとそうなる。仁も頷いた。
「魔導具だとしたら……礼子、『追跡』だ」
「はい、お父さま。『追跡』」
縛られたアレクタスの魔力の流れを調べる礼子。数十秒それは行われ……。
「アレクタスさんの胸と耳の後ろに異常な魔力集中があります」
その言葉が聞こえた途端、アレクタスが暴れ出した。
縛り付けられた座席を壊さんばかりに暴れる。縛ったロープと擦れ、皮膚に血が滲んだ。
「いかん! 礼子!」
「はい!」
咄嗟に、礼子は『麻痺』を再度アレクタスに掛ける。そしてようやくアレクタスは暴れるのを止めた。
「……いったい何が?」
首を傾げる仁。他の者たちも同様に、何が起きたのか考え込んだ。
その沈黙を破ったのはやはりアンだった。
「ごしゅじんさま、大急ぎで『魔法障壁』を展開して下さい」
「わかった。ランド1!」
「了解」
カプリコーン1の周囲に魔法障壁が展開される。中級程度の魔法は全て防ぎ、上級魔法にも耐える結界だ。
「ありがとうございます。時間がもったいないので先に魔法障壁を展開していただきました。その理由は、魔導具でここの会話が盗聴されている可能性があったからです」
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