16-06 『福音』の氏族
一行が外に出、洞窟に近付くと、ネトロスと一緒にいた男は仁に向かって一礼した。
「ようこそ、魔法工学師。私は『福音』の氏族で世話役を務めるアレクタスという者だ」
アレクタスは痩身ではあるが、強靱そうな体格をしていた。いわゆる細マッチョという体形である。
髪は白、短く刈り揃えてある。瞳の色は黄色かった。初めて見る色である。
「魔法工学師、ジン・ニドーです。これは俺の自動人形、礼子とアンです」
「『森羅』のイスタリスです」
「『森羅』のシオンです」
「シオン様の護衛、ルカスだ」
仁が自己紹介した後、イスタリスたちも順に名乗った。
「まあ、こんな場所では落ち着いて話も出来ん。中へ入られよ」
アレクタスの案内で、一同は洞窟の中へと足を踏み入れた。
洞窟の中は薄ぼんやりとした灯りで照らされている。それに暖かい。
「エーテル発光体みたいなものかな? それにしては薄暗いが……」
仁が独り言めいた呟きを漏らすと、
「普段はもっと明るいのだがな。貴殿が何かされたせいでこんなに暗くなってしまったのだよ」
と苦笑混じりに言われたものだから、仁は狼狽した。
「そ、それは申し訳ない事をしました」
「はは、まあいいさ。そのおかげで、貴殿が魔法工学師であることを確信できたとも言えるのだからな」
そんな会話をしながら歩くこと2、3分で、広い空間に出た。
「ここは謂わば玄関ホールと言ったところだ」
そのままそこを横切り、正面の扉をくぐると、普通の通路になった。
「岩山をくり抜いて居住地にしているのだよ」
魔法というものがあるのでこのようなこともできるのだろう。
「ここだ」
木の扉を開けて入ったそこは、いわゆる会議室といった佇まいである。
部屋の一番奥には、やはり白髪の老人が座っていた。瞳は黄色、どうやら氏族の特徴らしい。
「氏族長のファビウスという。ようこそ、魔法工学師殿」
* * *
1度目の会談は短いものだった。
内容的には、仁たちが『福音』の氏族に会いに来た理由及び仁が本当に魔法工学師であるかどうかの確認で終わったからである。
会いに来た理由は明確。人類にゲリラ戦を仕掛けろと、他氏族をけしかけているのが本当なのか、本当ならその真意は何なのか。
仁が魔法工学師である証明としては礼子とアンを見せ、その性能の片鱗……『触覚』があることを示したら、一も二もなく信じてくれた。
「確かに貴殿は魔法工学師に違いない……お会いできて光栄です」
ファビウスはそう言って仁に頭を下げたもの。
そして他氏族をけしかけているかという問いに関しては、
「正しくもあり、間違ってもいる、と言えばいいでしょうかな」
と、曖昧な答えを返して来たのであった。
「話すとなると長くなりますな。今日はもう夜になります。話は明日、ゆっくり行いましょう」
ファビウスはそう言って会談を打ち切り、仁たちを部屋へ案内させた。
案内に立ったのは世話役のアレクタス。
「ジン殿はこの部屋を使っていただきたい」
奥まった場所にある、シンプルだが品の良い部屋であった。岩をくり抜いて作ったとは思えない。
窓がないので辛うじてここが岩山の中だということがわかる。
仁(の身代わり人形)、礼子、アンは当然同じ部屋に通された。
「イスタリス殿、シオン殿はこちらを」
仁たちの隣の部屋。もちろん護衛のネトロスとルカスも一緒である。
「夕食まで30分ほどお待ちいただくことになる。……そうそう、いただいた食糧はありがたく氏族で分けさせてもらうことになるだろう。感謝する」
最後にそう言ってアレクタスは戻っていった。
「ジン、どう思う?」
シオンは、イスタリスと共に仁の部屋を訪れていた。
「うーん、まだ何とも」
仁としてはそう答えるより他はない。
「他氏族をけしかける目的というか理由がわからないのが気になるな」
「私もそう思います。どう考えても魔族にとって利益にはならないと思うのです……」
実際問題、魔族の総人口が1000人で、人間は100万人くらい。人口比1000倍では戦争にならない、と考えるのが普通である。
「まあ、やりようがないわけでもないというのが悩ましいがな……」
仁は、魔力性消耗熱と巨大百足を思い出した。
どちらも、仁がいなかったら相当な惨事になっていただろうことは想像に難くない。
「……考えても分からないな。明日、詳しく聞いてみるしかないだろう」
「そう、ね、結局それしかないわね」
「……それに」
それまで黙っていたイスタリスが口を開いた。
「今回の状況は……あの時を思い出させます」
あの時とは、フランツ王国で、イスタリスとネトロスが毒を盛られて捕縛された時のことだ。
「ああ、精々気を付けよう」
仁(の身代わり人形)は頷いた。といっても毒が効くはずもないのであるが。
その時、食事の仕度ができたと、アレクタスが呼びに来た。
仁(の身代わり人形)は、食事を受けることにした。いろいろな意味で、食事の席において新たな発見があるかもしれないからだ。
「何もありませんが、遠慮なく召し上がれ」
応接間のような部屋に通された仁たちは、アレクタスともう1人、女性の給仕で食事を摂る事になった。
「これは私の妻で、ミロニアと言います」
「ミロニアです、よろしくお見知りおきを」
見かけの年齢は30代半ばといったところ。やや細めの、品の良い中年女性である。
「本日の料理は私が担当しました」
そう言って、主に仁に向けて料理を説明する。
「これはノンと言いまして、小麦粉を練って薄くのばし、焼いたものです。こちらのソースをお好みで付けて召し上がって下さい」
名前はインド料理のナンに似ているが、むしろチャパティに近いかもしれない。
ソースは、コケモモに似た実であるフレープを潰して煮詰めた物と、海水を煮詰め、どろどろにしたものに葉物野菜をすり潰して混ぜたものとの2種類。
後者は仁としては食欲をそそるとは思えないレシピ及び外見だったので、迷わずフレープのソースを使った。もっとも身代わり人形なので味がわかるわけではないが。
味はわからなくとも、礼子と同様、仁(の身代わり人形)の口の中にも分析機能がある。それによれば、毒は検出されなかった。まずは安心である。
「ああ、懐かしい味」
イスタリスたちは濁った緑色をしたソースを塗り、美味しそうに食べている。
塩っ気がきつすぎないかと思う仁だが、葉物野菜の量が多いらしく、塩分過多にはなっていないらしい。
付け合わせは焼いた肉。聞くところによると、北の山に住む、スノウガゼルという草食動物の肉らしい。味は淡泊で、山鹿に似ているという。
「お恥ずかしながら、これが精一杯なのです。小麦粉をいただけて助かりました」
仁(の身代わり人形)は、それを聞き、不自然にならない程度に、食べる量を減らしたのであった。
食後のお茶に出てきたのはいわゆるハーブティー。
「ここの上の山に生える香草から作っています」
これも身代わり人形には味はわからない。シオンたちの顔を伺いながら、それらしい感想を述べるに留める仁であった。
食事が済むと、もうすることとて無く、あてがわれた部屋で寛ぐだけ。
この時間を利用して、仁(の身代わり人形)は申し訳ないと思いつつも、食べたものを『分解』で処理して洗面所に流すのであった。
* * *
「あの者達はどうなさいますか」
『魔法工学師だと? それは本物なのか』
「はい、十中八九間違いないかと」
『ふむ、それが本当なら敵対はしたくないものだな』
「ええ、伝承にもありますとおり、魔法工学師は我々とは違う技術を持っています」
『それを役立てられるならよし。もしも敵対するなら……』
「処分もやむなし、ですか?」
『残念だがな』
「ですが、あの者は扱いやすそうでしたぞ」
『舐めてかかってはいかん。魔法工学師は些細なヒントでも成果を上げてしまうものだ』
「わかりました。全ては明日」
『うむ、明日』
いつもお読みいただきありがとうございます。
20140731 12時44分 誤記修正
(誤)落ち着いて話しも出来ん
(正)落ち着いて話も出来ん
20140731 15時46分 表記修正
「もっとも身代わり人形なので味がわかるわけではないが。」
の後に、
『味はわからなくとも、礼子と同様、仁(の身代わり人形)の口の中にも分析機能がある。それによれば、毒は検出されなかった。まずは安心である。』
を追加。毒に対する警戒をしないというのはおかしいので。
(旧)だが、イスタリスたちはそうではないようで、濁った緑色をしたソースを塗り、美味しそうに食べている。
(新)イスタリスたちは濁った緑色をしたソースを塗り、美味しそうに食べている。
上記修正に併せてちょっと変更。




