16-01 カルスト
北の地、魔族が暮らすゴンドア大陸。
人類が住むローレン大陸とは、海で隔てられており、パズデクスト大地峡という細い地峡でのみ繋がっている。
海には凶暴な海竜他の魔物が棲息しており、船などでの航行は困難を極める。
従って、ゴンドア大陸とローレン大陸の往来には、必然的にこのパズデクスト大地峡が使われることになるのであった。
今、仁(の身代わり人形)、礼子、アン、ランド1。そして魔族のイスタリス、シオン。その従者であり護衛を勤めるネトロスとルカス。
以上8名が、仁の製作した4足歩行地上車、『カプリコーン1』に乗って大地峡を北へ向かおうとしていた。
「岩巨人以外に襲ってくるものはいないようだな」
『玩弄』の一族が操るというストーンゴーレム、岩巨人。それが10体、仁たちを待ち構えて襲ってきたのである。まだ罠があると考えるのが自然であった。
だが、上空で警戒に当たっているファルコン2と3は、少なくともローレン大陸側にはもう敵性反応はないと報告してきていた。
『玩弄』の一族はこの場にはいなかったようだ。
「大地峡の幅は狭いところで5キロくらい。もし罠を張るとしたらそこかしらね」
「ええ、シオンの考えは当たっていると思います」
シオンとイスタリスの意見は一致している。仁もその考えには賛成だ。
「それでしたら、地峡の通過は昼間にすべきですね」
青毛の自動人形、アンからの提案である。
「こちらの存在はばれているはずです。それならば、視界のよい昼間に通過するべきでしょうね」
その意見を入れ、ローレン大陸側で一行は一夜を明かすことにした。二堂城を出発して初めて、カプリコーン1は長時間の動作停止をしたのである。
「よし、各部チェックをしておくか」
とは言ったものの、身代わり人形は仁本人ほどの魔法工学能力は持たない。であるので、礼子がサポートすることとなる。
「脚部、異常なし」
「動力部、消耗なし」
実は、今身代わり人形に動作指示を出しているのは老君である。
四六時中仁が操縦席に張り付いているというわけにはいかないからだ。
そして仁は今、カイナ村の夏祭りの仕度で大わらわなのであった。
『御主人様の技術はさすがですね。極限まで上げた耐久性によって、消耗と言える消耗は見あたりません』
時々うっかりすることもある仁であるが、こと製作となると、徹底した完璧主義である。カプリコーン1には何の問題も見あたらなかった。
「それではここで野営です」
とはいえ、カプリコーン1の居住性は高い。簡単なシャワールームさえ付いている。
シオンとイスタリスはシャワーを浴びた。仁(の身代わり人形)は浴びたふり、ネトロスとルカスも浴びたのである。
「やっぱり身体がさっぱりするわね」
「ええ、おかげで体調も大分戻ってきたわ」
北上して空気中の自由魔力素濃度が高まってきたため、イスタリスも調子が良さそうだ。
蓬莱島の緯度(北回帰線)での標準濃度を1として、このあたりの自由魔力素濃度は1.7くらい。魔族の土地へ行けば2から2.5くらいになると思われる。
もちろん蓬莱島は特異点なので3程度あるのだが。
そう言ったデータも収集しつつ、カプリコーン1は進んでいくのである。
* * *
8月14日の朝が来た。
この日も乾パンやドライフルーツ、インスタントスープなどの携行食による朝食だった。
「不味くはないけど、飽きがきそうね」
「シオン、贅沢を言ってはいけないわ。里ではそろそろ食糧が尽きてくる頃なのだから」
「はい、ごめんなさい」
思ったところを正直に口にしたシオンが姉に窘められていた。
備え付けの転移門を使えば、出来たての食事を運ぶことも出来るのだが、さすがにそこまでするつもりはない仁であった。
「さて、それじゃあ出発するよ。ランド1、たのむ」
「カプリコーン1、出発します」
ゆっくりと動き出すカプリコーン1。その4つ脚は大地をしっかりと踏みしめ、仁たちにとって未知の大地へと進んでいく。
初めのうちは若干草や灌木の生えた土地であったが、次第に灰色一色となる。
「……岩の質が変わったな?」
仁の呟き。
「はい、おそらく石灰岩かと思われます」
石灰岩は炭酸カルシウムを主成分とする岩石で、サンゴ、ウミユリ、有孔虫、貝類などが堆積して出来たと言われる。
比較的風化されにくく、特異な地形を作る事が多い。
「……カルスト地形か」
仁が呟いたカルスト地形とは、石灰岩でできた大地が雨水や地表水、地下水などによって侵食されてできた地形である。地下には鍾乳洞ができることが多い。
日本では山口県の秋吉台が有名である。
奇岩が点在する地形を楽しみながら、一行は2時間ほど北上を続けた。
「ご主人様、地下から何か来ます」
大地峡の最も狭い地点まであと10キロといった地点で、ランド1が近付いてくるものがあるのに気付いた。
「魔力探知装置によればその数、約30体」
「カプリコーン1、停止。障壁結界展開。麻痺銃、魔力砲、レーザー砲準備」
「了解」
その時、地の裂け目から魔物が姿を現した。
「あれは! 地底這い虫!?」
* * *
今、身代わり人形を操縦しているのは老君であった。老君は研究所の工房で工作に勤しんでいる仁に告げた。
「わかった、今行く」
仁が駆けつけてくるまでは老君が、そして仁が操縦席に着けば制御を仁に引き渡し、補佐としての役目に徹する老君。
「あれは……」
『シオンさんの発言によれば『地底這い虫』と言うそうです』
雑食で地中に棲み、基本的におとなしいが、簡単に隷属させられるので足止めなどに使われることが多いそうです、と、仁がいない間に聞いた情報を伝えた。
「……『傀儡』の氏族か?」
『はい、おそらくは』
「そいつがどこにいるかわかれば、無力化できるのかな?」
『その可能性はありますが、今からでは間に合わないでしょう』
魔導投影窓には、カプリコーン1の障壁結界に跳ね返される地底這い虫の様子が映し出されていた。
「仕方ないな。まずは麻痺銃を試してみよう」
* * *
「まずは地底這い虫を無力化だ」
「了解」
身代わり人形の口を通じて出される仁の指示。ランド1は、下部の障壁結界はそのままにし、上方を覆う障壁結界を解除した。
上下分割で展開することの出来る障壁結界。画期的な機能である。
「麻痺銃、最大出力」
カプリコーン1の大口径麻痺銃は3匹の地底這い虫をまとめて無力化した。
「よし、地底這い虫にも有効だな」
神経系に働きかける原理上、あまりに下等な生物には効果が無い麻痺銃。地底這い虫には十分な効果があった。
そのまま、周囲を薙ぎ払うようにして発射された麻痺銃は、あっと言う間に30体の地底這い虫を無力化してしまった。
「す、すごいです」
「これが、魔法工学師……」
シオンとイスタリスは開いた口が塞がらない、といった顔で外を眺めていた。
「よし、術者を捜せ」
「了解」
魔力探知装置を確認する。動かない光点は無力化した地底這い虫だろう。
そんな中に1点、少しずつ移動する光点があった。
「おそらく、これが術者ではないでしょうか」
「わたくしが出ましょう」
桃花を携えた礼子が立ち上がった。
新章開始です。
資料の地図は似非メルカトルなので、北へ行くほど大きく書かれてしまっています。念のため。
いつもお読みいただきありがとうございます。
20140726 12時51分 誤記修正
(誤)得意な地形を作る事が多い
(正)特異な地形を作る事が多い
20140726 13時53分 誤記修正
(誤)カプリコーン1に大口径麻痺銃は
(正)カプリコーン1の大口径麻痺銃は
20140726 19時35分 表記修正
(旧)北の地、パズデクスト大地峡。
人類が住む小群国があるローレン大陸と、魔族が暮らすゴンドア大陸とを繋ぐ細い地峡である。
間には海が横たわる。
(新)北の地、魔族が暮らすゴンドア大陸。
人類が住むローレン大陸とは、海で隔てられており、パズデクスト大地峡という細い地峡でのみ繋がっている。
パズデクスト大地峡の説明がわかりづらかったので直してみました。
20141109 09時03分 表記修正
(旧)蓬莱島を1として、このあたりの自由魔力素濃度は1.7くらい。魔族の土地へ行けば2から2.5くらいになると思われる。
(新)蓬莱島の緯度(北回帰線)での標準濃度を1として、このあたりの自由魔力素濃度は1.7くらい。魔族の土地へ行けば2から2.5くらいになると思われる。
もちろん蓬莱島は特異点なので3程度あるのだが。
20220615 修正
(誤)四六時中仁が操縦席に貼り付いているというわけにはいかないからだ。
(正)四六時中仁が操縦席に張り付いているというわけにはいかないからだ。




