15-33 岩巨人
イスタリスが考え込んでいる間にも、ストーンゴーレム……岩巨人はカプリコーン1に近づいて来た。距離はおよそ500メートル。
「間違いなく襲ってくるわ!」
シオンが叫ぶ。どうしてわかるのかと仁が尋ねれば、
「頭に付いている目が赤く光っているでしょ? あれは攻撃する時の特徴だから」
と返事が返ってくる。確かに、岩巨人の頭部の単眼が赤く輝き、カプリコーン1を見据えていた。
「ネトロス、お願い! 敵意がないことを説明して!」
「はい!」
天窓を開いてネトロスはカプリコーン1の屋根に立った。
そして身振りを交え、自分たちの存在を、どこかにいるはずの『玩弄』の一族に向けてアピールするが、岩巨人は止まらない。
「駄目です、イスタリス様!」
戻って来たネトロスが首を振る。
「逃げましょう! こっちの方が速いから大丈夫!」
シオンの大声。相当衝撃を受けたようだ。
「壊したらまずいのか?」
パズデクスト大地峡を前にして回れ右、というのは無駄でしかない。仁は本気でそう尋ねたのである。
「え?」
「ジン様、まさか、あの岩巨人を倒せるというのですか? しかも10体も?」
シオンは呆気にとられたような顔になり、イスタリスは信じがたいという声音で質問を投げてきた。
「ああ、多分」
「……」
「……あの赤い目で認識したものは壊さない限り延々と追い回されますから……」
「……壊しちゃうしか、ないわ」
イスタリスとシオンは半信半疑でそう言った。
「わかった。君たちの了承を得たと言うことでいいな。……ランド1、攻撃を許可する」
「了解」
* * *
「ふうん、『玩弄』の一族か。『傀儡』のアルシェルといい、どうやら氏族ごとに特色があるらしいな」
蓬莱島で成り行きを見守っている仁は独りごちた。そしてランド1に指示を出す。
「ランド1、攻撃を許可する」
『了解』
* * *
短い返事と同時に、ランド1は魔力砲を発射した。出力は30パーセント。
ドカンという発射音が聞こえると同時に、一番近くにいた岩巨人の頭部が粉微塵に砕け散った。
「は?」
「い、今のなに?」
シオンもイスタリスも目にした光景が信じられないようだ。それはルカスもネトロスも同じらしく、窓に貼り付くようにして外を凝視するその顔が引き攣っている。
「30パーセントでも多すぎますね。10パーセントに落とします」
そして3発、連続で発射。ゴーレム自動照準の精度は確かで、3体とも頭部を破壊されて動きを停止した。
「次、魔力爆弾試します」
作ったはいいが、なかなか試す敵がいなかった魔力爆弾。
魔力砲と同じ原理ではあるが、遙かに遅い速度……秒速30メートルほどで射出されたそれは、岩巨人にぶつかると轟音と共に爆発した。
「きゃあっ!」
「な、なに? 何が起きたの?」
イスタリスとシオンの見ている前で、1体の岩巨人が粉々に砕け散ったばかりか、地面にクレーターまでも生じていたのである。
「レーザー砲、発射」
今度は2体の頭部が瞬時に蒸発した。超高出力の『光束』である。
向かってくる岩巨人は既に残り3体となった。
それまでじっと外を見ていた礼子が徐に口を開く。
「お父さまに、強化して下さった成果をお見せしたいですね」
礼子はカプリコーン1の天窓を開けると、そこから飛び出した。
「おねえさま……相変わらずですわね」
それを見ていたアンは苦笑にも見える微笑みを浮かべていた。
「え!? レーコ、さん?」
「な、何て無茶を! いくらルカスに勝ったからと言って、岩巨人は……え?」
10メートルの岩巨人、その頭部は小さく、1メートルもない。
その頭部を、いや、頭部に輝く単眼を狙って、ジャンプ1番、礼子は桃花を振るった。
一振りで単眼が斬り裂かれ、動作を停止する岩巨人。
「やはり、制御核と密接に繋がってますね」
礼子は、蓬莱島にいる仁のため、研究材料として岩巨人を無力化していたのである。
最小限の損傷で留めておけば、仁ならば何かの参考になるであろう、と。
2体目の岩巨人も同じように停止させた礼子は桃花を鞘に収めた。
この2体は、いずれ蓬莱島へ回収されるだろう。そして仁の研究材料となって役立てられるのだ。
「最後の1体は、この身体の仕上がり具合をお父さまにお見せする、その試験台になってもらいますよ!」
礼子は地を駆けた。10メートルの岩巨人と130センチの礼子。だがその中に秘めたパワーは桁違いだった。
駆け寄る礼子を踏み潰さんと、岩巨人の脚が振り上げられる。
礼子は、片足立ちになったその隙を突き、軸足を蹴り付けた。
2メートル近い太さの脚を、10センチほどの礼子の脚が襲う。
「脆いですね」
礼子の蹴りは、岩巨人の足首を、麩菓子でも蹴ったかのように易々と砕いてしまった。
軸足を失った岩巨人は地響きを立てて仰向けに転倒した。
「す、すごい……」
眺めていたネトロスの口から感嘆が漏れた。
転倒したことで、礼子の直接攻撃がどこにでも届くようになる。
「試させてもらいますよ」
手刀を振るう。
岩巨人の右腕が肩からもげた。
拳を突き出す。
岩巨人の左手が砕け散った。
「……出力バランスも上々ですね。さすが、お父さまです!」
北へやって来たことで自由魔力素濃度も7割増しくらいに増えている。これによる魔素変換器の動作状況を確認する意味もあったのだ。
以前、仁を捜しに、どこかはわからない北の地へ転移した際は3倍くらいの出力が得られた。この時は短時間だったので、魔素変換器の負荷状況について詳細に確認する事はなかったのだ。
『お父さま、自由魔力素濃度170パーセントにおける魔素変換器の動作安定性にまったく問題はありません』
内蔵する魔素通信機で、仁に直接報告する。
『確認ご苦労、礼子。参考になったよ』
すぐに仁からの返事が返ってくる。それを聞いた礼子は嬉しそうな微笑みを浮かべた。そして。
「試験台になってくれて感謝します」
とぽつりと呟いたかと思うと、50パーセントの出力で岩巨人……の残骸を蹴りつけた。
「げえっ……」
ルカスがおかしな声を上げた。
それもその筈で、礼子の一撃を受けた岩巨人が吹き飛んだのである。砕け散り、破片を撒き散らしながら。
「……ルカス、よく無事だったわね」
「……お嬢様……」
礼子と仕合をしたことを思い出したのだろう、ルカスはガクガクと震えていた。もしあの力が自分に振るわれていたら……。
肉片すら残さず、この世から姿を消していたであろう。
「手加減どころか、遊ばれていただけ、か……」
「?」
事情が今一つ飲み込めなかったイスタリスとネトロスにシオンが説明した。
「なんとまあ、それって……」
「……ルカス、無謀にもほどがあるぞ」
「うう、わかってます……」
イスタリスとネトロスの2人に呆れたような顔をされたルカスは、恥ずかしさにいたたまれないような顔で俯いた。
そこへ礼子が戻ってきた。
「おねえさま、さすがです」
「いえ、さすがなのはお父さまですよ」
礼子はあくまでも仁を立てる事を忘れない。
「岩巨人討伐完了。進路クリア」
ランド1はカプリコーン1を再び北へ向けて進ませていく。
向かうはパズデクスト大地峡。
その向こうは魔族の領土。
「いよいよだな」
仁(の身代わり人形)が呟く。
遙か北の空には鉛色の雲が垂れ込め、一行を拒むかのように冷たい向かい風が吹き付けていた。
いつもお読みいただきありがとうございます。
20140724 13時53分 表記修正
(旧)岩巨人……の残骸を殴りつけた
(新)岩巨人……の残骸を蹴りつけた
20140724 19時27分 表記修正
(旧)実験台になってくれて感謝します
(新)試験台になってくれて感謝します




