15-26 錯乱
最後の方で流血表現がありますのでご注意下さい。
「と、いうことでわかってもらえたと思う」
仁は礼子の出力を通常状態へと落とさせた。
「これは礼子の経験からもわかるんだ」
「ええ、わたくしが行方不明になったお父さまを捜していた時、明らかに北方とわかる場所に行ったことがあります。そこは自由魔力素濃度が濃く、わたくしの魔法も3倍以上の威力になりました」
ここから、同じ魔力でも使える自由魔力素が多かったからではないか、と言う仮説が立てられるんだ、と仁は締めくくった。
「わかったわ。さすがジン君ね」
「ジン兄の発想には敬服する」
「ジン君といると飽きないねえ」
皆感心することしきり。仁は照れたように頭を掻いた。
「ま、まあ、そういうわけで、これに基づいて攪乱器を作ってみようと思うんだ」
「ん、手伝う」
「わたくしたちは見学させてもらうわね、魔法工学師さん」
* * *
魔素変換器にも使われている魔法制御の流れを利用できるので、試作機は比較的短時間で完成した。
「……な、なんか、もう出来たの? って言いたくなるわね」
ヴィヴィアンが呆れの混じった声を上げた。
「気持ちはわかるけど、ヴィー、これがジン君なのよ」
まだ外は明るかったので、研究所前広場で実験を行うことにした。
試作は魔結晶に魔導式を書き込んだだけのもの。仁は魔鍵語を口にした。
「『起動』」
仁を中心にして半径10メートルほどが有効範囲のはずだ。
「……うん、ジン君に近付くと、なんとなく違和感があるわね。これって自由魔力素のせいなのかしら?」
「試してみればいい。『風の弾丸』……できない……」
仁に並んで立ったエルザは空へ向けて『風の弾丸』を放とうとしたが、魔法は発動しなかったのである。
「成功だな! ……エルザ、悪いがエドガーを呼んでくれないか?」
「ん。エドガー、こっちへ」
エルザの声に従い、エドガーが近寄ってきて、突然にその動きが悪くなった。
「……自由魔力素不足……動作……ふりょ……う……」
「『停止』」
仁は急いで試作攪乱器を停止させた。それでエドガーの動きは元に戻った。
「エルザ、ありがとう。これで、自動人形にも効果があることがわかった。ということは魔導具も使えなくなるということだな」
「レーコちゃんは動けている、なぜ?」
礼子は仁の後ろで平気な顔をしていた。
「ああ、それはこの『攪乱器』が支配下に置いている自由魔力素は、『俺の』魔力に従うからさ」
礼子や他のゴーレム、老君などは全て仁と同種の魔力を持っている。つまり周波数が同じと言うこと。
「だから、攪乱器が働いていても、俺の作ったものたちには関係ないわけだ」
これは大きい。これなら、相手の魔法を封じつつ、自分は魔法や魔導具を使えるのだから。
「あとは使い勝手だな。攪乱器を中心とした球状は基本として、指向性を持たせるのと、範囲を広げたり狭めたりできるようにすること、か」
「ジン兄、顔が緩んでる」
「くふ、ジンはやっぱり工作好きなんだねえ」
エルザとサキに微笑ましいものを見るような目で見られた仁であった。
「でも、これは『攪乱器』じゃないねえ」
「あ」
「確かに」
「父さんの言う通りだね」
トアの指摘はもっともである。『攪乱』してはいないのだから。
「……うーん、それじゃあ自由魔力素妨害器、『エーテルジャマー』と名付けようか」
「うんうん、それなら機能と一致するねえ」
こうして、『攪乱器』は『エーテルジャマー』と命名されることとなったのである。
その日のうちに『エーテルジャマー』は完成。すぐに量産に入り、礼子、老子、隠密機動部隊、第5列の順に装備させる。最終的には蓬莱島のゴーレム全てに搭載予定だ。
『二堂城とカイナ村には優先的に配備しましょう』
老君は第5列よりそちらを優先する旨を宣言した。
「後は、これの防ぎ方だが」
兵器を作ったなら、その対策まで考えておくべきである、とは誰が言ったのであったか。
「みんなも考えておいてくれないか?」
今回は時間が無く、そこまでできなかった仁であった。
* * *
翌朝早く、新装備を携えて、仁と礼子は二堂城へ移動した。
「バトラー、様子は?」
ちょうど出会ったバトラーBに尋ねると、
「はい。一度意識が戻ったようですが、それも束の間、また意識を失ったようです。今朝はまだ様子を確認していません」
との答えであった。それで仁はシオンたちのいる客間を目指す。
「シオン、仁だけど。入ってもいいかな?」
扉前で声を掛けると、中からシオンの声でどうぞ、と答えが返ってきた。
「入るよ」
中に入る仁。いざという時のためにポケットの中で『エーテルジャマー』に触れながら。
「容態はどうだい?」
「ええ、大分いいみたい。まだ意識は戻らないんだけど、呼吸は普通になったし、顔色も良くなったから」
「そうか、ならいいんだが」
そんな会話をしていたところ、イスタリスの口が動いた。
「お嬢様! イスタリス様が!」
ルカスの声にシオンは姉に向き直った。
「姉さま! 姉さま!」
「……シ……オン……?」
閉じられていた目蓋がゆっくりと開く。イスタリスの瞳もシオンと同じ、澄んだ淡い水色であった。
「あたしよ! 姉さま! しっかりして!」
縋り付くシオンの肩を優しく叩いた仁は、吸い飲みに入れたペルシカジュースを手渡す。
「あ、あ、そうね! ……姉さま、これを飲んで!」
イスタリスの口に吸い飲みを当てると、ゆっくりとではあるが、彼女はそれを飲んでいく。
「おいしい……」
全部飲み干したイスタリスは、かなり具合が改善されたようであった。
「シオン……あなたなの?」
「はい姉さま、あたしです! ネトロスもいます。もう大丈夫ですよ!」
「え? 大丈夫って? あっ!……私……そう、捕まっ、て……」
イスタリスの顔が見る見るうちに歪んでいった。
「あ、あ、あ……い、いや、いやああああああああ!!」
両手で顔を掻きむしるイスタリス。みるみるうちに頬には何条もの赤い傷が走る。
「ね、姉さま! 姉さま!」
身体はがくがくと痙攣するように震え、シオンにも抑えきれない。
「いけない!」
過呼吸も併発し、ひゅうひゅうと喉を鳴らし、苦しげな息をしながら、それでも顔を掻きむしり続ける。
「礼子!」
「はい。……『麻痺』」
見かねた仁が礼子に命じ、『麻痺』でイスタリスを気絶させた。
「ね、姉さま……」
血だらけの顔で横たわるイスタリス。
仁はバトラーBに命じて清潔な布を用意させその顔を拭ってやった。続いて『殺菌』と『治療』を掛ける。仁にできる最大の治癒魔法だが、この場合には十分であった。
傷が癒え、きれいになった顔で横たわるイスタリス、その顔を見つめてシオンはぽつりと呟いた。
「姉さま……いったい何が……?」
「訊かないであげてください」
いつの間にか目を覚ましていたネトロスがぽつりと言った。
いつもお読みいただきありがとうございます。
20140717 12時17分 誤記修正
(誤)仁を中心にして半径10メートルほどが友好範囲のはずだ
(正)仁を中心にして半径10メートルほどが有効範囲のはずだ
20140717 15時35分 誤記修正
(誤)わたくしの魔法も3倍以上に威力になりました
(正)わたくしの魔法も3倍以上の威力になりました
20140719 11時52分 誤記修正
(誤)解毒
(正)殺菌
20160104 修正
(旧)仁は礼子の出力を通常状態、すなわち1パーセントへ落とさせた。
(新)仁は礼子の出力を通常状態へと落とさせた。
20160315 修正
(誤)「礼子ちゃんは動けている、なぜ?」
(正)「レーコちゃんは動けている、なぜ?」




