15-25 攪乱器
仁はついでだから、とばかりにラインハルトたちにも連絡を取った。
ラインハルトは当然ながら業務を放り出してでも来たがったが、ベルチェに諫められて泣く泣く断念。
「その代わり、結果は詳しく教えてくれよ!」
との事であった。
* * *
「……というのが俺の推測になるんだ」
エルザ、サキ、トア、ステアリーナ、ヴィヴィアンを前に、仁は改めて自説を開陳した。
「ふむ、ジン、君は自由魔力素は魔力の素であると同時に、魔力と精神力を伝える媒質になっているというんだね!」
真っ先に反応したのはサキだった。
「そうさ。だから、自由魔力素を自由にできないか、それを考えていたんだ」
「ふむ。それにはまず、本当に自由魔力素が魔力と精神力を伝える媒質なのか確認する必要があるな」
これはトア。研究者らしい意見だ。
『それにつきまして、情報提供をしたいと思います』
ここで老君の声が響いた。
『転送機はご存じだと思います。これは魔力を用いて目的地との間に道を作る必要がありますが、自由魔力素が少ないと思われる南方への転送ほど困難になる傾向があります』
北ほど自由魔力素が濃く、南ほど薄いというのは既知の事実である。老君からの情報は仁の説を裏付けることになった。
「魔力を伝えるというのは頷けるわ。でも、精神力? ……それがなんというか、あるのかないのか……怪しいわね」
ステアリーナは精神力については半信半疑である。
「うん、でも、今問題になるのはそこじゃ、ない」
エルザの指摘。そう、今は議論が目的ではなく、魔法の『攪乱器』を作ろうという話である。
「そうだったね。精神力がどうとかいう方は私も研究してみたいものだ」
トアが興味を持ったようである。
「それじゃあ、魔法を妨害するために必要なのは何だというんだい、ジン?」
「それには魔法がどうして発動するのかを、原理だけでも解き明かす必要があると思う」
「……簡単に言うね、ジン」
サキは仁の答えに少し呆れ顔。しかし仁は言葉を続ける。
『魔導士は呼吸などで取り込んだ自由魔力素を体内で魔力素に変換し、蓄える。この保有量には個人差がある。
使えば減るが、ゆっくりと回復する。おそらく細胞単位で魔力素を蓄えていると考えられる。
この魔力素に精神力が働きかけて魔力となる。
精神力が関係する以上、個人個人の魔力素と魔力には差(個性)がある。
魔力は周囲の自由魔力素を利用して魔法を発動させる。保有する魔力素総量がその者が使える魔法の上限を決める』
……と、仁は更に踏み込んだ説を口にした。
「ふむ。詰まるところ、自由魔力素に働きかける力が魔力で、魔力は精神力によって魔力素から引き出される、ということだね?」
トアが仁の説を簡潔にまとめてくれた。
「ええ。ここで定義した『魔力』は、自由魔力素に働きかける力のことです。そして自由魔力素をさまざまに操り、いろいろな現象を起こしているのではないかと」
「私としては異を唱える根拠はないな。筋は通っている」
「その説を元に、攪乱器? それを作ろうということ、よね?」
エルザの発言に、議論はもう一度本筋に戻される。そう、今は魔法という現象をとことんまで解明しようというのではなく、攪乱器を開発することが第一目的の集まりなのだ。目的を見失ってはいけない。
「自由魔力素と魔力素は、相互に影響を及ぼし合っている、それは間違い、ない」
これもエルザ。エルザは仮説を立てることに関してはそれほど得意ではないが、要点をまとめるのは得意のようだ。
「自分の体内で精製した魔力素、は、思いのままに操れる。これは精神力によるもの。ここまではいい?」
「ああ、そうだな」
「なら、その魔力素を、もう一度自由魔力素に戻してしまうことが、できるのでは?」
「なるほど……」
その方向性ならば、魔法の本質に迫らずとも実用化出来るかもしれない、と仁は思った。
「もう一つ。障壁結界がある。あれは魔力素による結界、でいい?」
「なるほどなあ……」
枝葉末節に拘らず、本質に迫れるエルザ。これは隠れた才能かもしれない。
障壁結界は、魔力によって空気中の自由魔力素を強引に『停止』させる結界といっていい。
この時、自由魔力素がセメント、空気分子が砂または砂利に例えられる。つまり障壁結界はコンクリートなのである。
因みに真空中であれば、セメントだけつまり自由魔力素だけの障壁結界が作られることになるだろう。
停止つまり擬似的に固体化した自由魔力素は礼子の攻撃をも防げるほどの強度を持つわけだ。
「……ジン兄、何か思いついたの?」
考え込む仁の表情が変わるのを見たエルザが話しかけた。
エルザのキーワードとも言える数語で、仁は何かアイデアを思いついたらしい。
「例えば火属性魔法『火の玉』がある。この魔法は魔力素を熱エネルギーに変え、それにより熱せられた空気を炎とし、飛ばすわけだ。これを例にとってみよう」
この魔法を無効化するにはいくつかの方法が考えられる、と仁は説明する。
「1つ目。自由魔力素を供給させない」
当然魔力素も生成できないから魔法は発動しない。
「2つ目は魔力素を自由魔力素に戻す」
エルザが言った方法。キャンセラーとでも言えようか。
「3つ目が今実用化されている魔力妨害機だな。詠唱によるトリガーを妨害して魔力素を生成させない」
「うん。よくわかる。3つ目は除外するとして、1つ目と2つ目、どちらが、いい?」
「それは、方法の検討をしてみればわかるだろう」
という仁の発言により、より実現性のある方法を選ぶこととなった。
「自由魔力素を供給させないようにするには」
「自由魔力素を無くす?」
「いや、それは無茶じゃないか?」
こちらは原理はともかく、実用的ではなさそうである。
「それじゃあ、魔力素を自由魔力素に戻すのは?」
「魔力素は精神力によって自由魔力素から生成されるなら、その精神力を妨害したらどうかしら?」
「いや、いっその事……」
トア、ステアリーナ、サキ。彼等もいろいろなアイデアを出していく。
仁は楽しかった。ずっとこういう時間が続けばいいのに、という考えが頭の隅をかすめるが、今はそれどころではないと思い直す。
「自由魔力素を無くすのは無理でも、自由魔力素をこっちの支配下に置くことはできるかもしれない」
仁の説によれば、術者の魔力が周囲の自由魔力素に干渉して魔法を作り上げることになっている。その前に、自由魔力素をこちらの魔力の支配下に置こうというわけだ。
「原理、というかやりたいことは理解できるけどねえ……」
トアは首を傾げている。
「それこそ、膨大な魔力が必要なんじゃないかい?」
サキも父親と同意見らしい。
「いや、そうでもない。魔素変換器という魔導装置があって、礼子を初めとした蓬莱島勢に搭載されているんだが、これは周囲にある自由魔力素に働きかけて集める機能も持っているんだ」
「自由魔力素を集めるために魔力を大量に消費したら、本末転倒」
エルザが補足してくれた。
「なるほど、それは道理だね」
トアも納得したように頷いた。
「この範囲を大きく広げて、自由魔力素に干渉する。全部引き寄せる必要は無いけど、こっちの支配下に置いてしまえばしめたものだ」
「そう上手くいくかしら?」
ステアリーナはまだ半信半疑である。
「論より証拠、実験してみよう」
仁は魔素変換器の出力を100パーセントにするよう礼子に指示をした。
「わかりました、お父さま」
「これで、礼子の周囲にある自由魔力素の大半は、礼子の魔素変換器に『捕らえられた』はずだ」
その状態で、大きな魔法を何か使ってみればわかるだろう、と仁が言う。
「大きな、と注釈を付けたのは、まだまだ余っている自由魔力素があるはずだからさ」
「ええ、それじゃあ私が。『純化』」
『純化』は工学魔法であると同時に、対象物から不純物を取り除くという上級土属性魔法でもある。
ステアリーナはポケットにあった魔石の不純物を取り除こうとして……。
「あら、ほんとね。効きが悪いわ」
その発動が鈍く、時間もかかる事に気がついた。
「なるほどね。これならできそうだわ、攪乱器」
一筋の光明が見えたようである。
今回の理論部分書き上げるのに3日掛かりました……orz
いつもお読みいただきありがとうございます。
20140716 16時06分 表記修正
(旧)エルザの発言に、議論は本筋に戻される
(新)エルザの発言に、議論はもう一度本筋に戻される




