15-20 カトリーヌ・ド・ラファイエット
「こ、これはカトリーヌ様!」
一斉に敬礼する兵士たち。どうやら老婦人は身分の高い人だったらしい。
「何者かに襲われたらしく、御者が転落し、馬が暴走したのです。そちらを早く調べなさい!」
「はっ!」
隊長は部下に指示を出し、カトリーヌというらしいその婦人に敬礼をすると、3名を率いて馬車の来た方角へと駆けて行った。
残った2人は馬がまだ気付かないのを見て、
「カトリーヌ様、いかが致しましょうか?」
意向を尋ねる。
「代わりの馬をご用意した方がよろしいでしょうか? それともお屋敷の方へ連絡を差し上げた方がよろしいでしょうか?」
だが返ってきた答えは兵士の予想を超えていた。
「ああ、いいわ。歩いて行くから。馬が気が付いたら、馬車ごと屋敷へ運んできてちょうだい」
「は? はあ」
半ば呆気にとられる兵士を尻目に、カトリーヌは仁に向かって会釈を行った。
「どうもありがとう。お見受けしたところ、ショウロ皇国のお方ね? 私はカトリーヌ・ド・ラファイエット。一応前の公爵夫人、ということになってるわ」
「ショウロ皇国名誉士爵、ジン・ニドーと申します」
「妹のエルザ、です」
そして仁は礼子とエドガーを自動人形として、またシオンとルカスを友人として紹介した。
「まあまあ、素敵な自動人形をお持ちなのね。さすがショウロ皇国の方だわ。……この国にいらしたのは観光かしら?」
「はい、そうです」
「そう。お泊まりは?」
仁はホテルの名前を思い出す。
「え、と、『オテル・ルノール』です」
「まあ、なかなかお目が高いわね。もしよろしければ、助けて下さったお礼に、今夜の晩餐にご招待したいのだけれど。いかがかしら?」
僅かにためらったのち、仁はそれを受けることにした。
「はい、ありがとうございます」
「それじゃあ夕方5時にホテルまで迎えの馬車を出すわね。お友達もどうぞお連れしてね。待ってるわ」
前公爵夫人、カトリーヌは笑顔でそう言うと、兵士に屋敷までの伴を命じた。
1人が伴に付き、もう1人は馬車の番をする。
「エルザ、馬も治せるか?」
「……やってみる。『快復』」
『快復』は基本的に治癒能力を極限まで高める魔法である。結果を言えば、馬にも有効であった。
ぱっちりと目を開けた馬は何事も無かったように立ち上がったのである。
「まあまあ、すごいわ! エルザさん、どうもありがとう!」
礼を言うカトリーヌ、驚いて目を丸くする兵士たち。
「それでは一旦これで失礼致します」
だんだん注目を集め始めたので、仁たちはその場を立ち去ることにした。
「ジン兄、もしかして、あの人から……」
「ああ。えらい人らしいからな、いい情報持っているかもしれないだろ?」
「なるほど、ジンって頭いい!」
「……」
小声でそんな会話を交わしつつ、仁たちは独自の情報集めを再開したのである。
* * *
午後3時、仁たちは『オテル・ルノール』へと戻って来た。
少し早いが、これ以上回ってもたいした収穫は無いと判断したからだ。
「むしろ前公爵夫人とのコネの方が有効そうだ」
「同感。まともそうな人だった」
一行は歩き廻ってかいた汗をホテルの浴室で流し、着替えてさっぱりとなる。
留守番を命じた隠密機動部隊に確認したが、荷物を荒らされたり調べられたりなどはされていないとのことだった。
「いいかシオン、交渉は俺とエルザに任せておいてくれ。君たちはこっちの習慣とか知らないだろうしな」
「わかってるわよ、ジン。またお淑やか演じることにするわ。ルカスはあたしがいいって言わないうちは喋っちゃ駄目よ」
「お、お嬢様……」
「お前はあたしのこと第一なのはいいけど、周りが見えていないからね。ジンとの交渉で思い知ったわ。あんたは黙っていること。いいわね?」
「は、はい……」
シオンはそれなりに、いやかなり頭が回るようだ。そういう点で仁は安心した。
「それじゃあエルザ、迎えの馬車が来るまでの時間、簡単にでいいから、ショウロ皇国式の作法を教えてくれないか」
「ん、わかった」
ということで1時間ほど、エルザによる礼儀作法の講座が開かれたのであった。
* * *
午後5時を1分ほど回った時刻、出迎えの馬車がホテル前に着いた。
これも1頭立てである。その代わりに2台ある。どうやら町中を走らせていいのは1頭立ての小型馬車だけ、と決められているらしい。
乗り込む組み合わせで少し揉めたが、結局仁、エルザ、エドガーが1台。シオン、ルカス、礼子が1台、という組み合わせとなった。
石畳の通りを馬車はゆっくりと走っていく。向かうは街の北西。そこにラファイエット公爵家の別邸があるらしい。
「面白い町だな。古い建物と新しい建物が入り混じっている」
「おそらく戦争の、せい」
仁とエルザは窓から見た町並みについていろいろ推測を述べながら。
そしてルカスは礼子に話しかけ……。
「れ、レーコさん、ジン……様はいいご主人ですか?」
「私はお父さまに作られ、お父さまのために存在しています。いいも悪いもありません。あなたごときがお父さまを語ろうとしないで下さい」
ばっさりと切り捨てられていた。シオンとルカスの監視のためとはいえ、一時的に仁のそばを離れた礼子は不機嫌だったのだ。
15分ほどで公爵家別邸に到着した。
「おいでなさいませ」
門扉は大きく開け放たれており、門を入って玄関前で馬車を降りた仁たちは大勢の使用人に出迎えられた。
「よく来てくれたわね」
玄関ホール奥で、カトリーヌが一行を待っていた。
「さあ、どうぞ。お前たち、失礼のないようにね」
仁、エルザ、シオン、ルカスの4人にそれぞれ侍女が付き、大広間まで案内していった。
「うわあ……」
仁が思わず小さく声をあげたほど、その大広間は豪華に飾り付けられていた。
床は赤を基調としたふかふかの絨毯。よく見ると模様が浮き出るように織られている。
壁には色とりどりのタペストリーが掛けられ、その間には趣味のいい絵画が飾られている。
正面にはフランツ王国の国旗が飾られ、その両脇にはそれぞれ金と銀の鎧が置かれていた。
天井は極彩色に着色された彫刻で彩られ、魔導ランプを散りばめたシャンデリアが下がっている。
部屋中央に置かれたテーブルは漆黒の木で出来ており、側面と脚には緻密な彫刻が施されていた。
カトリーヌはテーブル奥の席に着く。仁たちも侍女によりそれぞれの席に案内された。
カトリーヌの右に仁、そしてシオン。左にエルザ、そしてルカス。礼子とエドガーはそれぞれ仁とエルザの後ろに立つ。
「ようこそいらして下さいました、シュバリエ、ジン・ニドー卿」
シュバリエ、というのはフランツ王国での士爵の呼び名である。因みにエゲレア王国ではナイト、ショウロ皇国ではリッターと呼ぶ。
「あらためて名乗ります、私はカトリーヌ・ド・ラファイエット、前公爵の妻でした。今はただの未亡人です。ですから外国から来たあなた方は普通に接してくれると嬉しいわ」
そう言われてもはいそうですかというわけにはいかないのが貴族社会である。
上の者は下の者に寛容さを示すのが美徳とされている。そして下の者はそれに甘えることなく、礼儀を尽くすこと。
事前にエルザから言われていたので、仁はそれなりに対応することが出来た。
「本日はお招きをいただきありがとうございます。このような席を設けていただけるとは……光栄のいたり」
エルザに教わった口上を述べ、頭を下げる仁。そんな彼を見てカトリーヌは微笑んだ。
「あら、お礼を言うのは私の方ですよ。暴走した馬車を止めてくれたばかりか、治療までしてくれたのですものね。……でも今はそんな問答よりも、晩餐を始めましょう」
カトリーヌがぱん、と手を打ち鳴らすと、待ち構えていた侍女が進み出て水晶製のグラスにワインを注いだ。
「それでは、出会えたことに感謝をして。乾杯」
カトリーヌの音頭で、仁たちはグラスを掲げた。
「乾杯!」
ワインはやや甘口で口当たりがいい。食前酒としていいチョイスだった。
「さあ、たくさん食べてちょうだい」
ステーキ、濃厚な冷やしシチューをはじめ、海のないフランツ王国では貴重な、魚を使った料理も並んだ。
いずれも品のよい味付けで、全員満足のいくまでたらふく食べたのである。
いつもお読みいただきありがとうございます。
20140711 誤記修正
(誤)その両脇にはそれそれ金と銀の鎧が
(正)その両脇にはそれぞれ金と銀の鎧が
(誤)礼子とエルザはそれぞれ仁とエルザの後ろに立つ
(正)礼子とエドガーはそれぞれ仁とエルザの後ろに立つ
201407012 誤記修正
(誤)荷物を荒らされたり調べられたととかはされていないとのことだった
(正)荷物を荒らされたり調べられたりなどはされていないとのことだった
20160517 修正
(誤)だが帰ってきた返事は兵士の予想を超えていた。
(正)だが返ってきた答えは兵士の予想を超えていた。
20220615 修正
(誤)別宅
(正)別邸
2箇所修正。




