15-19 暴走
フェルナンの後ろ姿を見送った仁は、一同に言った。
「さて、俺たちは俺たちで情報を集めよう。今の話によれば、けっこう噂にもなっているようだしな」
「そうね。そうすれば、あの男がいい加減な情報を持って来た場合にもすぐそれとわかるしね」
なかなか頭の回転も早いらしく、シオンは大きく頷いた。
(礼子、念のため、俺に付いている隠密機動部隊のうち2体をあのフェルナンに張り付かせて、おかしなことをしないかどうか見張らせてくれ)
(わかりました。パンセとビオラに任せましょう)
一番小柄な2体を選び、指示を出す礼子。これで、密告やおかしな組織に目を付けられたりなどの心配はとりあえずしないで済みそうである。
まず仁たちは観光を装って町中を見て回ることにした。
「……」
「…………」
「……汚い」
路地を抜けようと一歩踏み込んだそこはゴミの山だった。生ゴミだけでなく、訳のわからない、得体の知れないようなゴミで足の踏み場もない。
回れ右をして、来た道を戻る一行。素直に大通りを歩くことにしたのである。
食料品店には並べられている食材がほとんど無く、魔導具店も品揃えが豊富とは言いがたい。
アクセサリー店に到っては、高級品が2,3点置いてあるだけだった。
「やっぱり経済がおかしいのか?」
「うん。そうだと、思う」
「ほんと、汚いわね。人間ってだらしないのねえ」
「……魔族にもいろいろな族がいるように、人間にもいろいろな者が、いる。それだけ」
そんな会話をしながら通りを進んでいくと、先程の中央通りに出た。
「よし、ここを真っ直ぐ行ってみよう」
仁がそう言って歩き出した時、突如として周りが騒がしくなった。悲鳴も聞こえる。
「何だ?」
「お父さま!」
礼子が仁を庇うように立つ。エドガーもエルザの前に立った。
「うわあああ!」
「ぼ、暴走馬車だあ!」
声のする方を見ると、1台の小型馬車がものすごい勢いで走ってくる。御者の姿は無い。
馬は1頭だが、口から泡を吹いている。それが馬車を牽きながら中央通りを疾駆してきたのだ。
気が付いた人々は慌てて避けるが、馬と馬車の進路は真っ直ぐではなく蛇行しており、避けたと思った方へ馬が向かったりして、非常に危険である。
「きゃあああ!」
今1人、跳ね飛ばされた。その馬車は仁たちの方へ向かってくる。
礼子は馬を押さえようと飛び出しかけたが、仁を守るにはそばにいた方がいいと考え直し、踏みとどまった。
代わりにこっそりと魔法を放つ。
(『麻痺』)
相手が馬なので最強の出力で放ったところ、一瞬にして馬は気絶してしまった。
「うわああ!」
誰かの悲鳴。気絶した馬はそのまま地面に倒れ込み、同時に馬車は横倒しになって通りに叩き付けられる。
そして訪れる静寂。
仁たちの2メートル手前で馬と馬車は停止していた。
最初に我に返ったのは礼子。
「お父さま、お怪我はありませんか?」
「あ、ああ。これだけ距離があれば、な」
「怪我をした人が、いる」
中年の女性が倒れている。先程の悲鳴は彼女だったようだ。
「……大丈夫ですか?」
「あ、あ、あし、脚が……」
見れば、右脚の脛から下がおかしな向きに曲がっている。車輪で踏まれたらしい。
「……少し我慢、して。『診察』……これなら大丈夫。『痛み止め』」
「え? あ……」
「ちょっと、痛い、かも」
痛み止めをかけたエルザは女性の脚をくい、と捻った。整復である。これをやっておくと治癒魔法の効きが非常に良くなる。
「あ、うっ!」
「『快復』」
おおよその整復をしてすぐに治癒魔法をかけるエルザ。その掌から淡い光が放たれ、女性の脚に吸い込まれていく。
「……治りました……ありがとうございます!」
文字通りあっと言う間に骨折が治癒した。女性は地面に擦りつけんばかりに頭を下げる。
「ありがとうございます! で……でも……私……お金が……」
「いい。お金が欲しくて治したんじゃない。気を、付けて」
「あ……ありがとうございます! ありがとうございます!」
女性は何度も何度もお辞儀をしながら立ち去っていった。
エルザの言葉に周囲からどよめきが上がる。
「おい……只だってよ……!」
「信じられねえ……あ、いや、あの格好……外国人か……それならわかる」
「外国人てなあ気前がいいんだなあ」
などという呟きからすると、こうした治療を無償で行うという行為は非常に珍しいようだ。
一方、仁は横倒しになった馬車を調べていた。
周囲は野次馬ばかり、誰一人として馬車をどかそうとか、乗客はどうしただろうとか、そういった行動に出なかったからだ。
「あ……!」
馬車の中にいたのは初老の女性。身なりからして貴族であることは間違いがない。
仁はその女性を馬車から担ぎ出した。小柄な女性だったので、非力な仁でもなんとか運べたのである。礼子は手を貸したそうにしていたが、仁が自分でやると言って聞かなかったのだ。
石畳の地面に寝かせるのは憚られたので、着ていたコートを脱いで敷こうとしたところ、
「お父さま、これを」
礼子が馬車の中から毛布を見つけ出して地面に敷いた。それで老婦人はそこに寝かすことにしたのである。
「礼子、エドガー、馬車を戻して道の端に寄せろ」
「はい、お父さま」
「はい、ジン様」
2人に命じたのは、こんなところで礼子の実力を見せる必要もないと判断したからである。
それでもエドガーは少年型、礼子は更に小柄な少女型である。その2体が馬車を軽々と引き起こすのを見た野次馬は目を剥いた。
ちょうどそこへエルザが戻って来たので、仁は横たえた女性の診察を頼む。
「『診察』……大丈夫、少し打ち身と擦り傷があるだけ。もうすぐ気が付くと、思う。……『手当』」
打ち身と擦り傷を治療するエルザ。
「これで、大丈夫」
「ご苦労さん、エルザ」
そんな2人のところへシオンとルカスが近付いてきた。
(へえ、やるじゃない。さすが魔法工学師とその妹、ってとこかしらね)
シオンは感心した様に言った。一応気を使っているのか、小声で。
「どけどけ!」
「邪魔だ! 散れ!」
がちゃがちゃと音を立てながら、軽鎧姿の兵士が6名やって来た。
「こ、これは!」
馬車に書かれた紋章を見て、貴族家の見当を付けたらしい。
「おい、貴様! いったい何があった! 説明しろ!」
隊長と思われる1人が、仁に向かって居丈高に怒鳴ったのである。
「え? ……この馬車が暴走して来て、馬が倒れて、馬車が横倒しになって。で、乗っていたこの人を助け出した。そんなところですよ」
「間違いないな? でたらめ言うと承知せんぞ!」
仁を睨み付ける兵士。だがその時。
「あなたたち、失礼があってはなりませんよ? その方の言っていることは本当です」
気が付いた老婦人が凛とした声で言い放ったのである。
いつもお読みいただきありがとうございます。
20140710 13時08分 誤記修正
(誤)最初に我に帰ったのは礼子
(正)最初に我に返ったのは礼子
20220615 修正
(誤)俺に付いている隠密機動部隊のうち2体をあのフェルナンに貼り付かせて
(正)俺に付いている隠密機動部隊のうち2体をあのフェルナンに張り付かせて




