15-18 フランツ王国・ロロオン町
門を潜った先には関所があり、フランツ王国の国境警備兵が待ち構えていた。
「止まれ!」
目の前で止まった馬車をじろじろと眺める警備兵たち。
仁は自分で降りようかと思ったのだが、エルザに止められ、エドガーにクライン王国の出国許可証を持たせて兵に提示した。
「確認する。少し待て」
兵達の長らしき者が許可証を受け取ると、奥にある小さな建物へ誘導された。
御者であるスチュワードはゆっくりと走らせ、指示されたポジションに馬車を駐めた。
「なんだ? この馬、ゴーレムなのか?」
「この馬車も見たことのない形してやがるぜ」
そこにいた兵士たちは不作法にも車体をぺたぺたと手で触ったりしている。礼子が怒気を孕んだ表情をしているが、仁はそれを宥めるように肩をそっと叩いた。
「気にするな」
「……はい」
3、4分後、フランツ王国側の責任者と思われる役人がやって来て、馬車と乗員を確認していく。
「ふむ、ショウロ皇国士爵、ジン・ニドー、その妹エルザ・ニドー、友人シオン、ルカス。それに従者自動人形のレーコとエドガーか。御者はスチュワード、で間違いないな?」
「はい」
その時、エルザが役人に何かを手渡した。
「お役目、ご苦労様」
役人は受け取ったものを手の中で確かめるようにしていたが、すぐに、
「よし、通れ」
と許可を出したのである。
仁たちを乗せた馬車はやや速い速度で街道に出、関所から距離を取った。
「エルザ、何をしたんだ?」
薄々わかってはいたが、確認のため仁はエルザに尋ねた。
「金貨を2枚、握らせた」
要するに袖の下、賄賂である。仁はエルザがそういった裏技を知っていたことに軽い驚きを覚えた。
「……ライ兄に教わった」
昨夜、フランツ王国へ行くことになったので、ラインハルトにいろいろ注意事項を聞いたというのだ。
「できれば行かない方がいい、とも言われた。ほんと、そのとおり。士爵に対する態度じゃ、ない。教育がなってない」
「あー、やっぱりな。俺も注意しろと言われたよ」
2人の会話を耳にしたシオンは少し済まなそうな顔で言った。
「悪かったわね。わざわざ危ないことをさせたみたいで」
だが仁はそんなシオンに笑顔を向けた。
「気にするな。フランツ王国に来てみたい、と思っていた事も事実なんだから。だが、そう思うんなら、もう少し君たちのことを教えてもらえないか?」
「……どんなことをよ?」
「君のお姉さんが、どうしてフランツ王国に行ったのか、とか、何故百手巨人が君たちの後を追ってきたのか、とかさ」
「百手巨人ですってえ?」
老君からの報告にあったことをここで教える仁。
そしてそれはかなり効果があったようだ。
「……百手巨人はおそらく『傀儡』の一族があたしたちを追わせたのね」
「そうか、やはりそういう能力を持った一族がいるんだな」
「……お察しのとおりよ。『傀儡』の一族は、隷属魔法が得意なの。大抵の魔物は僕に出来るわ」
仁は頷いた。アルシェルに関して老君が立てた仮説と一致するからだ。ここぞと仁は気になっていたことを尋ねる。
「その能力は人間や君たちにも有効なのか?」
「いいえ、私とルカスには普通の隷属魔法は効かないわ。大抵の魔族は精神攻撃に耐性があるから。人間は……どうかしら? 前例を知らないからわからないわね」
それを聞いて仁は、『知識転写』が効かなかったのもその耐性によるものかもしれない、と密かに思ったのである。そしてマルコシアスの例から考えても、人間には有効だろう、とも。
「姉さまのことはあたしも知らなかったわ。おそらく、あたしたちが出発した後、別行動というか、あらためて派遣されたんでしょうね」
「ふーむ、どっちかが失敗してももう片方が成功すればいい、といったところかな?」
クライン王国だけでなく、フランツ王国にも食料援助の交渉に行った、ということらしい。地形的には無理ないところ。
パズデクスト大地峡から見て、クライン王国の方がやや近いが、途中に険しい山がある。一方、フランツ王国は少し遠いものの、途中で越えるべき山の高さは低い。
「なるほどな。君のお姉さんは運が悪かったな……」
「……うん」
姉のことを思い出したのだろう、シオンは顔を俯かせた。
だが仁としては、どちらかが過激派魔族に対する囮だったのだろうと考えていた。そして百手巨人が追って来たところを見ると、囮はシオンたちであろう。
交渉に向かないルカスのような者が護衛として付いてきたこともそれなら納得できる。
囮の方が交渉に成功して、本命が失敗したというのは何とも皮肉だ、と仁は思ったが、シオンに話すことはしなかった。
街道をやや速めの速度で進んだ結果、昼過ぎにはロロオン町に到着できた。
外国人は町中に馬車を乗り入れることができないというので町の入り口にある駐馬車場に馬車を駐める。もちろん金を取られた。
「今日はここで泊まって情報を集めよう」
仁はそう提案する。シオンとルカスもそれに異存はなかった。
「さて、と。まずは宿を決めないとな。……うっ?」
駐馬車場から町へ足を踏み入れた仁は、これまで訪れた町とは似ても似つかない風景に息を呑んだ。
「これは……」
「……ひどい」
異様な風景だった。
建物は石造り、クライン王国と似通っている。だが住民は大きく異なっていた。
大きく分けて2通り。金持ちと貧乏人。それは一目で見て取れる。格好が違うからだ。
金持ちは立派な服を身に着け、通りを堂々と歩いている。全体に肥満気味な体形をした者が多い。
貧乏人は薄汚れた服を身に纏い、顔色も悪く、身体も痩せていて、通りの端をびくびくしながら歩いていた。
「ここまで格差があるとはな」
「……人間もやっぱり差別とかあるんだ」
シオンが1人頷いている。
「そうさ。人間だっていろいろな者がいる。いい奴、悪い奴。正直者、腹黒い者。強い者、弱い者。……残念だけどね」
ルカスは、人間も一枚岩ではないことを目の当たりにし、何か思うところあるのだろう、終始しかめっ面をしていた。
「……旦那、貴族の旦那」
そんな時、仁たちに声を掛ける者があった。
「宿をお探しですかい? いい宿を知ってますぜ。外国の方なら気に入ること間違いなし!」
貧乏人のカテゴリに入るだろうその男は、見た目はまあまともといえる格好をし、追従笑いを浮かべ、仁たちに擦り寄ってきた。
20代後半か30代前半といったところだろう。痩せぎすの体形であるが、引き締まっており、目には力を感じた。
礼子とエドガーは即座に臨戦態勢に入る。ルカスはワンテンポ遅れた。
だが男はそんな彼等の殺気にも気が付かないようで、ぺらぺらと喋り続ける。
「あっしはフェルナンと言いまして、この町で情報屋をやってます。宿の他、何か情報がお入り用でしたら承りますぜ?」
先程、馬車を降りたときに話していた『情報を集めよう』というセリフを聞いていたらしい。なかなか抜け目がない男のようだ。
「じゃあまずは宿を紹介してもらおうかな」
仁が答えた。その宿次第で、フェルナンと名乗った男の評価をしてみようと思ったのである。
「へへ、それじゃあこっちへ付いてきて下せえ」
フェルナンは先頭に立って歩き出した。仁たちはその後を付いて行く。礼子とエドガーは警戒を解かない。
中央通りを真っ直ぐ行き、交わった別の通りを右へ。町の北側に当たるその一角は高級住宅が建ち並んでおり、大きな公園まであった。
その公園に隣接して、大きなホテルが建っていたのである。
「ここがそうですぜ。『オテル・ルノール』と言いまさあ」
「ちょっと待っていて貰えるか?」
仁はポケットから銀貨を1枚出し、フェルナンに握らせた。そして全員でホテルへと向かったのである。
結論を言えば、ホテルは当たりであった。
1泊2食、ルームサービス付きで10000トール。もちろん4人(自動人形は荷物扱いなので無料だった)で、だ。
4人で10万円なら許容範囲であった。物価が高いことや、その倍くらい出さないとまともな宿はないだろうと覚悟していたのである。
チェックインし、荷物を預けた仁たちは、念のため、仁付きの隠密機動部隊2体を留守番に残して、改めて全員でフェルナンの待つホテル前の公園にやってきた。
「へへ、どうでした? いいホテルでがしょ?」
「ああ、まずまずだな。で、数日前にイーナクで捕まったという男女のことを知っているか?」
時間の無駄とばかり、仁はかなりの直球勝負を仕掛ける。
「へえ、もうその噂は広まってるんでやすかい? 何でも魔族の尖兵だって噂で」
「ああ、それだ。その2人について、出来るだけの情報を知りたい」
フェルナンは少し考えたあと、
「……金貨10枚で引き受けましょう。明日の昼、またここで。ああ、前金で幾らかいただけますかね?」
仁は礼子に言って、金貨5枚をフェルナンに渡した。
「よし、明日の昼、だな。よろしく頼むよ」
「へへへ、任しておくんなさい」
金を受け取ったフェルナンは足早に姿を消したのである。
いつもお読みいただきありがとうございます。
20140710 13時50分 表記修正
(旧)チェックインし、荷物を預けた仁たちは、改めて全員でフェルナンの待つホテル前の公園にやってきた
(新)チェックインし、荷物を預けた仁たちは、念のため、仁付きの隠密機動部隊2体を留守番に残して、改めて全員でフェルナンの待つホテル前の公園にやってきた。
ホテルを信用しきれないと言うことで、留守番を残しました。
20150508 修正
(旧)いいえ、私とルカスには隷属魔法は効かないわ
(新)いいえ、私とルカスには普通の隷属魔法は効かないわ




