15-11 仲間の忠告
「老君、どう思う?」
ルカスの身体を調べたデータも全て老君に伝えた仁は、結論を問いただした。
『はい、データが少ないのでかなり推測が入りますが、ルカスはヴィヴィアンさんが語った昔話の『人とほとんど変わらない従者』の事ではないかと思われます』
「やっぱりそう思うか」
仁もそれを考えていた。別種族なのか、あるいは人為的に作られた種族なのか、それはわからないが。
「で、あの2人は信用出来そうか?」
礼子を通じて、シオンとの会話は全て聞いていたはずの老君に更なる質問をする仁。
『はい御主人様、概ね問題は無さそうに思われます』
「そうか」
『隠していることはあるでしょうけれど、嘘はついていないようです。少なくとも害意は無さそうですし、情報集めの役にも立ちますので当面は援助してもよろしいかと』
「わかった」
『但し、時間調整が難しいかもしれませんが、ご自身でお仲間の全員に話しておく必要があると判断致します』
「それはそうだな。エルザは知っているだろうが他のみんなに話さないといけないな」
カイナ村午後4時は蓬莱島午後6時20分。ショウロ皇国ロイザートでは午後1時である。
「仕事の真っ最中かもしれないが……」
ラインハルトには悪いが、こちらの方が優先度は高いだろう。
魔素通信機で連絡を取り、30分後には『仁ファミリー』全員が揃った。
すなわち、仁、エルザ、ミーネ、ラインハルト、ベルチェ、サキ、トア、ステアリーナ、ヴィヴィアン。
緊急ということで、とるものもとりあえず集まってくれたのである。
「さて、緊急と言ったのには訳があって……」
仁は、老君にもサポートしてもらいつつ、昨日からの流れを説明していった。
「……というわけなんだ。連絡が遅くなって済まない」
「ま、魔族ですって? ジン様、大丈夫なんですの?」
まずベルチェが心配そうな声を上げた。
「うむ。ジン、その魔族……シオンとルカスと言ったか。本当に信用出来るのかい?」
ラインハルトも慎重な意見を述べた。
「ああ。それに関して、俺と老君の意見は『信用出来る』で一致した。信頼まではいかないけどな」
「うーん……あの……マルコシアスとかアンドロギアスを知ってるからね……」
サキもまだ疑心暗鬼が抜けない、と言った表情をしている。
が、仁を除いて、彼等と対面したエルザの意見は違った。
「私の印象では人間と変わりない、と思った」
「え?」
「『診察』で診た時、身体のしくみ、みたいなものは人間と変わりが、なかった」
「ふむ……だとしたらあの異常とも思える力や耐久力、それに特殊能力は?」
エルザの説明に納得しきれないといった顔のラインハルト。そこへ老君からの声が掛かった。
『それについての仮説があります。魔族は特殊な身体強化をしていると思われるのです』
老君は、気を失ったアンドロギアスが強力とはいえ、炎魔法で灰になったということを考察してみた、という。
『人間の身体には水分がありますから、1000度を超える温度に曝されたとしても瞬時に灰になるということは考えられません』
「ああ、確かにな……」
電気炉の取鍋に落ちて地球での生を終えた仁としては、身体を焼かれるという事については人後に落ちない。もっとも、少々トラウマになっていたが。
『炎魔法は、自由魔力素を熱エネルギーに変える魔法です。つまり、自由魔力素が多量にある身体に魔法をぶつけたら』
「……体内の自由魔力素が熱に変わり、瞬時に灰になる……というのか」
『その通りです。おそらく、体内の水分も含めて、魔力同位元素で出来ているのではないでしょうか』
老君の仮説は一応頷けるものではあった。身体を作る細胞、それ自体が魔力同位元素で出来ていれば、魔力との相性は抜群にいいはずだ。
『魔族の身体強化は、人類が使うものとは原理からして違うのでしょう。ルカスの方法をただ今解析中です。系統がまったく異なるので時間が掛かりそうですが』
「うーん、確かにな。一部の騎士などが使える強化魔法は、使われていない能力を引き出す系と、僕は推測している」
現代地球の知識を得たラインハルトは、その知恵を以て魔法の解析を独自に進めていた。
「魔族のやり方は、どちらかというとゴーレムの強化に近いのかもな」
仁もラインハルトの説を支持する。
「……今は、それよりもあの2人の、話」
エルザの指摘に、軌道修正することになる。
「ああ、そうだな。……で、明日、具体的な話を始めるつもりだ」
「ふふ、ジンの事だから、具体的な案も考えているんだろう?」
サキからの指摘に仁は笑って答える。
「ああ、案と言うほどでもないんだが、カイナ村で穫れた食料は魔族に売るのもいいかと思っている」
「なるほど」
王国へ納める必要は無いので必然的に仁がため込むことになるのだが、必要な分以外は売れるなら売ったほうがいいというわけだ。
「足りなければトカ村も視野に入れている。魔族がどのくらいの量を必要としているのか、それがわからないから、まだ案とも言えないんだが」
「なるほどな。まあその2ヵ村に関しては問題無さそうだな。だが、いきなり大量の食料を売るというのは危険だぞ」
この世界の食糧事情は潤沢というほどではない。幸い、クライン王国は農業国なので多少の余剰食糧はあるのだが、飢饉や天災などに備えての備蓄も必要であるから、余剰分を全て売り払うというわけにもいかないのである。
「多少なら蓬莱島に備蓄もあるしな。だが、最終的には自給自足させたいよな」
作物についてはトポポ(=ジャガイモ)や、小麦、ライ麦、蕎麦、キャベツ、インゲン豆などが考えられるのだが、蕎麦以降の作物はまだ見つけていない。
「あとは酪農だな」
ゴーレム中心の作業なら何とかなるだろうと考えている。
「アプルルは比較的寒い地方でも栽培できるはずだよ、ジン君」
今まで黙って聞いていたトアがそんな助言を。
「あ、そうですね。……あとは漁業とかもいいかな」
鯨漁ではないが、何かそういう魚や魔獣がいるかもしれない。
『ビニールハウスや温室も併用すればいいと思います』
老君も案を出してくれた。
「これだけ案があれば、当面の食糧事情改善は出来そうだな」
仁も安心した。
「そうなると、魔族の人口が気になるな」
それがわからなければ、必要な食料の総量も算出できないからだ。
「ああ。それについてはどうしても聞き出さないとな……」
そんな仁の顔を見て、
「でもジン兄、まさかと思うけど、魔族の国へ行く、気?」
少し心配そうな顔をしたエルザが仁に尋ねた。
「うん、いずれは、と思ってる」
「それは絶対反対。ジン兄、行っちゃ、駄目」
仁の答えに、更に顔を青ざめさせたエルザ。
「ああ、僕も反対だ。ジン、さすがにそれは駄目だよ。危険過ぎる。いくらその、シオン、とルカスだっけ? ……が信用出来ても、他の連中が……」
「そうですわよ、ジン様。行かずとも何か方法があるでしょうに」
ベルチェもラインハルトと共に反対の意を示す。
「ジンなら何か手があるだろう? 自分が行かなくてもさ」
サキもそう言って仁を魔族の地に行かせたくないという意向を表明した。
信頼する仲間たちにそうまで言われた仁は渋々頷く。
「……わかったよ。行ってみたかったけど自重する」
仁の言葉に全員胸を撫で下ろした。
「……魔族、ね……物語の中でしか知らなかった存在がいきなり身近に……」
「ヴィー、ジン君と付き合うというのはそう言う事なのよ」
「ううん、ステア、別に怖いとか嫌だとか言うんじゃないの。ただ驚いているだけ」
ヴィヴィアンは少し戸惑いの混じった顔でステアリーナに笑いかけた。
それを聞いていた仁やラインハルト、エルザは苦笑に近い笑いを浮かべたのである。
とにかくこうして一応の結論が出たので、この日は解散することとなった。
* * *
「俺は行かないが、誰かに行かせる必要はある。ということで、『身代わり人形』をグレードアップしよう」
ラインハルトとベルチェは領地カルツ村に帰り、トアとサキもステアリーナとヴィヴィアンを伴って実家へ戻った。ミーネはカイナ村へ。
エルザは仁と共に蓬莱島で今まさに作業を開始するところである。
「以前作ったときは触覚が無かったからフィードバックが上手くいかず、扱い難かったんだが今度はどうかな?」
その人形はデウス・エクス・マキナとして使っているので、また新たに作ることになる。が、職人とエルザが手伝ってくれるので30分ほどで基礎部分は完成してしまった。
「よし、試してみよう」
マキナを操るときと同じように、専用シートに腰掛け、魔導投影窓を通して身代わり人形の視覚を己のものとする。
操作は魔素接続の応用。仁が考えた動作を身代わり人形が自己判断して最適化する。言葉も同様に身代わり人形が自己判断で話すが、必要に応じて仁の声をそのまま話すことも出来る。
「やっぱり動作が自然になったな」
触覚を加えたことでより動作が人間に近くなったのである。
「ジン兄、すごい」
エルザは感心することしきり。
「こうなると、一緒に行く礼子はどうするかな……」
「お父さま、わたくしはお父さまのおそばを離れたくありません」
「そう言うと思ったよ。うーん、さて、どうするか」
仁は再び考え込んだのである。
いつもお読みいただきありがとうございます。
20160410 修正
(誤)「ふふ、仁の事だから、具体的な案も考えているんだろう?」
(正)「ふふ、ジンの事だから、具体的な案も考えているんだろう?」




