15-07 対話
仁が呼び出したランド隊に担架を持たせて運ぶことにした。
多少村人の注意を惹いたものの、仁が関係しているとわかると、みんなそれ以上興味を示さず、それぞれの仕事に戻っていったので仁もほっとした。
2人はランド隊を見てもたいして驚いていない様子。仁はおや、と思ったが。その場では何も言わなかった。
そして二堂城2階の客間に布団を敷き、そこに寝かせることにする。
「しばらくここで過ごしてもらえるかな」
「ええ、ありがとうございます」
「……」
そして沈黙。
仁はあらためて2人に聞く事にした。
「さて、何か言いたいことがあったら聞くから、話してくれないかな?」
「……」
だが2人は沈黙したままである。
「それじゃあ仕方ないな。俺から幾つか聞きたいことがあるんだ」
そこで仁は手を変えて、自分から質問を振ってみることにした。
「魔族って知っているかい?」
「!!」
その質問に2人は飛び上がらんばかりに驚いた。
「ど、どうしてそれを?」
「お嬢様に指一本でも触れたら承知しないぞ!」
シオンは怯え、ルカスはいきり立って仁を睨み付けた。
「やっぱりか。そんなに怯えなくていいよ。俺は今まで何人かの魔族と出会ったというだけだから」
「え?」
「……ラルドゥス、ドグマラウド、ベミアルーシェ、マルコシアス、アンドロギアス、アルシェル。知った名はあるかい?」
「ええっ!? あ、あなた、い、いったい、な、何者なんですか?」
青ざめたままのシオン、だが、その目は仁にひたと向けられている。
「俺は魔法工学師、二堂仁、ジン・ニドーだ」
「魔法工学師? 実在したのですか……」
その名を聞いたためか、少し落ち着いたシオンが感慨深げに言った。
「アドリアナ・バルボラ・ツェツィ亡き後、誰もその名を継げる者はいなかったと聞いていますのに」
今度は仁が驚く番だった。
「君は先代の事を知って……いや、聞いて知っているのか……」
「先代? そうするとあなたはやはり……」
「ええ、お父さまは間違いなく、アドリアナ・バルボラ・ツェツィお母さまの後継者です」
今まで黙っていた礼子が口を挟んだ。シオンはそんな礼子をじっと見つめ、
「……黒髪の自動人形……確かに、あなたは魔法工学師……」
そう言ったのである。
* * *
少しシオンも落ち着いたようなので、改めて話を聞くことにする仁。
「……私は、ジン様が仰るように、魔族です。氏族名は『森羅』。『森羅』のシオンと申します」
「俺はルカス。お嬢様の護衛だ。従者だから氏族名はない」
「その氏族名っていうのは姓みたいなものなのか?」
「ええ、そうですね。そう言ってかまわないと思います」
この際仁は疑問に思っていた幾つかのことを聞いてみることにした。その方がシオンが話しやすくなりそうだったからである。
「なあ、こんなに自由魔力素の少ない場所で平気なのかい?」
「え、ええ。正直、少し苦しいです……」
「ふん! 俺は鍛えているからな! この程度……」
ルカスは強がってはいたが、その顔色が悪いところから、やはり苦しいであろう事が見て取れた。
「そうか。やはりな。ところで君たちは、やはり北の大陸からやって来たのか? あの細い地峡を通って」
「!」
「貴様! パズデクスト大地峡のことを知っているのか?」
仁は、地形に限定すれば、この世界の北半球はだいたい把握している。とはいえ、本当に地形だけだ。
どんな危険があるかわからないし、思いがけないトラブルの引き金にならないとも限らないので地上の調査に関しては未踏査の土地がほとんどであるが。
「ああ、地形だけはね。パズデクスト大地峡、っていうのか。で、君たちはその北にある大陸に住んでいるんだね?」
「そんなことまでご存じなのですか……さすがは魔法工学師ですね……」
少しずつではあるが、シオンの重い口も解れてきたようである。
「はい、仰る通り、我々はパズデクスト大地峡の向こう、ゴンドア大陸に住んでいます」
北の大陸はゴンドア大陸と言うようだ。礼子を通じ、老君はそう言った情報を細大漏らさず蓄えていく。
「こちらみたいに……国というものは無いんです」
魔族の社会はどうなっているのか、という事を聞かれたシオンはそう答えた。
「氏族ごとにまとまって、集落を作っています。大きい氏族は100人くらい、小さい氏族は10人くらいで、しょうか」
これまでわからなかった貴重な情報が得られ、仁は内心興奮気味である。
そしていよいよ核心を突いた質問。
「魔族は、また攻め寄せてくるつもりなのか?」
「……」
この質問には、さすがにシオンも即答できなかった。だが、代わってルカスが怒鳴るように言った。
「そんなわけあるか! あれは一部の氏族が勝手にやってることだ!」
「ルカス」
「……う、わかり、ました」
シオンに睨まれ、ルカスは口を噤んだ。
「……今ルカスが言いましたように、私たち全部が争い事を好んでいるわけではないのです。力の強い、一部の氏族が……急進派とか過激派と呼ばれていろいろ画策しているようですが」
「なるほどなあ」
魔族も一枚岩というわけではないようである。
まだまだ聞きたい事は山のようにあったが、仁はちょっと休ませようと、ベーレを呼んで蓬莱島特製ペルシカジュースを持ってきてもらうことにした。
「いろいろありがとう。これを飲んで一息ついてくれ」
3人分持って来てもらったので、まず仁が飲んでみせる。それを見て、シオンもカップを手に取った。ルカスも何か言いたげではあったが、シオンより先に口を付けた。
「おいしい……いえ、これは……」
「お嬢様、魔力が……」
サリィの診療所で出した物よりも自由魔力素含有量が多いジュースだ。2人は夢中でそれを飲み干した。
それを見ながら礼子は臨戦態勢である。魔力が戻って攻撃的にならないか、と警戒しているのである。もちろん周囲にいる仁の隠密機動部隊も同様だ。
だが、それは杞憂に終わる。
「ごちそうさまでした。ああ、身体が随分楽になりました」
「……美味かった。感謝する」
飲み干しても2人は態度を変えることがなかったのである。
「ジン様、この飲み物、自由魔力素を多量に含んでいますのでしょう?」
「ああ、そうだよ。君たちには効果が高いと思ったんだ」
「ええ、とっても。ありがとうございました」
そしてまた話を再開する。
「もういいだろう。君たちが何をしにやって来たのか、教えてくれないか?」
「……はい。……あの、……けて……さい」
「え?」
「……助けて下さい!」
シオンはその端正な顔を今にも泣き出しそうに歪め、床に手を突き頭を下げた。
「お願いします! 助けて下さい!」
仁は困惑するしかない。
「貴様! お嬢様が頭を下げて頼んでいるのに、無視するのか!」
ルカスが怒って声を荒げるが、仁としても如何ともし難い。
「……シオン、もうちょっとわかりやすく話してくれないか? 誰を助けるのか、何があったのか、それを教えてもらわないと答えようがない」
「あ……す、済みません!」
気ばかり焦って具体性を欠いてしまった事に気付き、シオンは顔を少し赤く染めた。
いつもお読みいただきありがとうございます。
20140628 15時56分 表記修正
『族』という呼称を『氏族』に変更しました。
20151225 修正
(旧)「俺は魔法工学師、二堂仁だ」
(新)「俺は魔法工学師、二堂仁、ジン・ニドーだ」




