14-35 湖上にて
仁が女の子に対する欲求がない、と言ったその言葉に、女皇帝は目を丸くした。
「ジン君、それって、……その、そう言う事なの?」
「そう言う事ってなんですか……」
そんな聞き方をされても仁としても答えようがない。女皇帝は聞き方を変えた。
「女の子じゃなくて、その、もっと小さい子とか、逆にうんと年上でないと駄目とか」
「違いますよ」
「じゃ、じゃあ、……もしかして、男の人がいい、とか?」
「何でそうなるんですか」
仁は頭を抱えた。普段は聡明で毅然としている女皇帝がこんなことを言い出すとは思ってもみなかった。
「まさか、人形に……」
「やめて下さい……」
女皇帝には、仁が本気で否定していることが容易にわかるので、この話題はここまで、と打ち切ることにした。
(本当は、エルザかサキと一緒になってもらえたら、と思うのだけれど)
それを言葉に出す事はせず、女皇帝は話題を変えた。
「魔族についてはわからないことだらけ、ね。不安だわ」
「で、しょうね。でも、俺に出来ることはしますよ」
「ええ、ジン君のその言葉を聞ければ千人力ね。我が国でも出来るだけのことはするから、何でも言ってみてちょうだい」
「はい、その時は」
それから暫くは無言での空の旅が続いた。
宮城が小さく見えてきた時。
「……力が、欲しいわね」
小さな声で女皇帝が呟きを漏らした。
「力、ですか」
「ええ、力。人材、経済、武器。国民を守るための力が、もっともっと欲しいわ」
「……」
心の奥底から絞り出すようなその言葉に、仁は何も言えなかった。
だが、そこに同行している礼子の耳を借り、老君はしっかりと聞いていたのである。
* * *
熱気球は無事宮城前広場に着陸した。
先に降り立った仁に手を取られ、再び地を踏んだ女皇帝に宰相が駆け寄る。
「陛下、無事のお帰り、お喜び申し上げます」
「ええ、ありがとう。危険なことも無い、快適な空の旅でしたよ」
女皇帝はそこでくるりと振り向き、仁に向かって微笑んだ。
「ジン・ニドー卿、感謝します」
宮城内の会議室へと一同は戻った。
そこには、ステアリーナとヴィヴィアンが待っていた。
「ジン君、彼女、ヴィヴィアンはショウロ皇国在住の外国人登録者第二号となったのよ」
女皇帝自ら説明してくれる。気さくすぎて宰相は横で困り顔をしている。
「ああ、いいですね。これからも亡命は受け入れるんですか?」
そんな仁からの何気ない質問であったが、女皇帝は笑って答える。
「ええ、そうね。その人が本当に困っているなら、ね」
そういえば陛下は相手の本質を見極められるという噂もあったな、と仁は思い出した。
もしも偽りの亡命で、その実ショウロ皇国の内情を探るとか、戦争時に内通するとかの目的があっても見抜けるのだろうか。それなら安心ではある。
(何だかんだ言ってもショウロ皇国には友人が大勢いるしな……)
仁としても肩入れしたくなるのは無理もないところだ。
「……なのよ」
そんな事を考えていたら、女皇帝陛下の発言を一部聞き逃してしまった。大変不敬なことである。
だが、そんな仁の内心での狼狽ぶりを感じ取ったのか、女皇帝は言い方を変えてもう一度説明してくれたのである。
「つまりね、ラインハルトの実家であるランドル家にはこれからしばらくの間、亡命者を預けるつもりということよ。ラインハルトが外交官をしていたという実績も加味して、ね」
ステアリーナ、そしてヴィヴィアン。短期間に2人の亡命者を受け入れたショウロ皇国。
この先、セルロア王国の不安定さを考えると、これで亡命者がもう来なくなるとは考えにくい。それでまずはランドル家に受け皿を任せようというわけである。
ショウロ皇国のあり方を聞き、仁も安心した。亡命を認めず、送り帰すという選択もあったからである。
どうやらショウロ皇国はセルロア王国との友好よりも人材の確保を優先したらしい。
確かに、今のセルロア王国とは正常な国交を保てるとは考えにくい、と仁は正直な感想を持った。
「そういうわけだ。ラインハルト。君の実家、ランドル伯爵には追って任命書を送付する」
最後は宰相が締めた。
* * *
宮城の貴賓室で一泊した仁たちは、翌朝早く発った。おかげで昼にはまだ大分ある時刻にはコジュに着けた。
「へえ、外輪船が3隻、か」
仁が感心したように言った。
今、仁たちの目の前にはラインハルトが製作した『スカーレット・トレイル』の他に、同型の外輪船が2隻浮かんでいたのである。
「ああ、今後トスモ湖の水運を担っていくことになるだろうな。魔法技術者として嬉しい限りだ。だが、ジンには謝らなくちゃいけないが」
「謝るって、何を?」
怪訝そうな顔の仁にラインハルトは真顔で言った。
「外輪船を量産することを、さ」
だが仁はそのセリフを笑い飛ばす。
「それこそ余計な事だ。ラインハルトが今言ったじゃないか。人の役に立つ物を作るのが技術者の喜びだ、ってな」
「それを聞いてほっとしたよ」
「だが、それならこうした方がいい、という提案はあるぞ」
「おお、それはいい! バンネへ渡る船の中で聞かせてもらおうじゃないか!」
そんな2人をステアリーナとヴィヴィアンは羨ましそうな、また若干の呆れが混じったような顔で眺めていた。
「ラインハルト様、出発の準備が出来ました」
「お、ご苦労。じゃあみんな、行こうか」
礼子、仁、ステアリーナ、ヴィヴィアン、ノワール、そして最後にラインハルトが乗り込み、『スカーレット・トレイル』は発進した。
人魚型ゴーレムの『ローレライ』が後押しするため、他の外輪船よりも更に速いという特徴がある。
夏とはいえ、湖を渡る風は涼しい。ステアリーナとヴィヴィアンはその風を受けながら湖上の旅を楽しんだ。
そして、仁とラインハルトはといえば。
「……で、甲板をせり出させて外輪の前後を覆って……」
「ふんふん、そうすれば乗り降りも楽になるな……」
「水飛沫を避けるカバーも欲しいよな」
「ああ、それに……」
コジュからバンネへの船中、本当にその話ばかりしていた。
「……仲が良いのね」
ヴィヴィアンは既に呆れを通り越した顔つきだ。
「いいじゃないの。平和な証拠よ」
ステアリーナは笑って答える。
未来は不透明な闇の中。だが、それを照らす光は間違いなくここに存在していた。
お読みいただきありがとうございます。
20140618 13時53分 誤記修正
(誤)その実ショウロ皇国内情を探るとか
(正)その実ショウロ皇国の内情を探るとか




