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マギクラフト・マイスター  作者: 秋ぎつね
14 家族旅行篇
475/4299

14-26 語り部

「この地方の郷土料理なのよ。炒めた野菜をトメトゥルジュースで煮込むの」

 味付けはそれぞれの家で違うのよ、とヴィヴィアンは簡単に料理の説明をし、

「お口に合うといいけど」

 と言いながら、各人の分を小鉢に取り分け、配っていった。実に手際が良い。

 全員にスープを配り、パンも行き渡ったのを見て、ヴィヴィアンは改めて自己紹介をする。

「それじゃあ、改めまして。私はヴィヴィアン。ステアの幼馴染みで語り部やってます」

「それじゃあわたくしのお友達を紹介するわね。こちらからサキさん、ジン君、エルザさん、ベルチェさんとその旦那様のラインハルトさん。それに従者……自動人形(オートマタ)のアアルさん、レーコさん、エドガー君、ネオンさん、ゴーレムのノワールさん」

「すごいわね……壮観だわ! これだけの自動人形(オートマタ)やゴーレムを拝見する機会なんてそうそうないでしょうね」

 そう言ってうっとりとした顔のヴィヴィアンだったが、朝食前だったことに気が付き、

「あらいけない、皆さん、どうぞ召し上がれ」

 と食事を勧めた。一同は『いただきます』を口にしてまずスープに口を付けた。

「美味しい」

 酸味のあるトマトをベースに、香辛料を利かせた味、と言えばいいか。この世界ではトマトではなくトメトゥルと言うようだが。

「よかったわ」

 皆の顔を見、それがお世辞ではないことを知ってヴィヴィアンは微笑んだ。そしてパンをちぎってスープに漬け、口に運ぶ。

「まあ、美味しいわ」

 今度はヴィヴィアンが驚きの声を上げた。

「ちぎったときにも感じたけど、このパン、ふわふわだし、不思議ないい香りもするのね。とっても美味しいわ」

 香り、というのは天然酵母の醸し出す匂いのことだろう。この世界ではまだ酵母は使用されていないのである。


 仁たちも朝食は軽くしか食べていなかったのでちょうど良い具合に空腹が兆しており、珍しい味覚を楽しむことが出来た。

 お互いに新しい味覚を楽しんだ朝食の後は、カヒィという飲み物が出される。

(コーヒーだよな)

 セルロア王国南部に第5列(クインタ)が派遣されたのは最近のことなので、仁もこの味は知らなかった。トメトゥルについても同様。

 この後、蓬莱島ではカヒィつまりコーヒーと、トメトゥルつまりトマトの栽培が開始されることになる。


「それで、一番の目的なんだけど」

 カヒィを飲みながら、ステアリーナが切りだした。

「ジン君やラインハルト君、エルザさんはわたくしと同じく魔法工作士(マギクラフトマン)でね、猫のゴーレムを作ろうと思ってるの」

「へえ、猫の、ねえ……それで、猫の動きを観察しに来たのね?」

 ヴィヴィアンは納得したように頷いた。

「この辺で猫を飼っている家と言えばやっぱりあそこかしら?」

 ステアリーナは心当たりがあるらしく、ヴィヴィアンに同意を得るような口調で尋ねた。

「そうね、テクレス家がいいかもね」

 2人は意見の一致を見たらしく、頷き合う。そしてヴィヴィアンが説明を始めた。

「テクレス家、っていうのはこの町一番のお金持ちの家なのよ。商人でね、船を使ってエゲレア王国やエリアス王国と商売して大儲けしているみたい」

 それを補足するようにステアリーナが続ける。

「でも人当たりはいいのよ。特に国外からのお客の話を聞くのが好きだから、みんなで行ったら驚喜するわね、きっと」

「まあ行ってみるにしてもまだ時間が早すぎるわね」

 時刻はおおよそ6時半。クゥプの住民は皆早起きだそうだが、それにしてもまだ早すぎる。

「あの、さっき『語り部』って仰いましたよね?」

 ヴィヴィアンが自己紹介した時から気になっていた仁が、ついにその質問を口にした。

「ええ、そうよ。私は32代目の語り部。まだまだ未熟ですけどね」

 少しはにかんだ表情でヴィヴィアンが答えた。

「それももう一つの目的だったのよね。ヴィー、ジン君たちに昔話を幾つか聞かせてあげてくれない?」

 ステアリーナからヴィヴィアンへの思いがけない申し入れに仁は内心大喜びであった。

「特にジン君はそういう昔話に興味があるの。お願い」

「ステアの頼みですものね、いいわよ。で、どんな話をお望み?」

 いきなりのことに、仁は少し考えてから返事をした。

「太陽の向こうからやって来た祖先の話とか……出来れば、ですが」

 するとヴィヴィアンはにこっと笑った。

「あら? 面白いわね。普通、私たち語り部に来る依頼はね、竜を従える勇者の話とか、姫君と騎士の悲恋物語とかが多いのよね。そんな大昔の、それも本当かどうかわからない話なんてほとんど話した事はないわ」

 語り部というのは要するに文字を知らない庶民に物語や歴史を教える立場の者だ、とヴィヴィアンは言った。

「でも文字にもなっていないような貴重な話も伝えているつもりよ。それが語り部の誇りだもの」

 そう言って微笑んだヴィヴィアンは、ゆっくりと語り出した。

「……遠い遠い昔のこと……」


*   *   *


 人々の祖先は別の大地に住んでいたという。


 そこは楽園であった。

 人は空を飛び、手を使わずとも物を持ち上げることができた。

 人とほとんど変わらない従者がいて、主人たる人々は労働は何一つする必要がなかった。

 貧富の差はなく、従って争い事も起きなかった。

 病気もなく、怪我もしない。

 人は趣味に没頭し、色とりどりの文化が花開いた。

 そんな日々は永遠に続いていくと思われていた。


 だが。


 数百年か、はたまた数千年が経った頃か。少しずつ、人口が減ってきたのだ。

 それは生まれてくる子供が減ったから。

 人は長寿になったが、それでも生まれてくる子供の数よりも亡くなる人の方が多かった。


 そしてまた数百年。

 楽園は楽園ではなくなっていた。

 

 最盛期の1000分の1以下に減った人口。

 残った人々の更に一部は、楽園を捨てる決心をしていた。

 巨大な空を翔る船を作り、別の世界を探す旅へ。


 長い長い旅の末、見つけた新天地。

 人々はその大陸の一つを新たな故郷に決めた。大陸は無人で、豊かな自然と豊富な資源があった。

 船は新天地を見下ろすように空に浮かべておき、人々は新天地で暮らし始めた。


 新天地の暮らしは楽ではなく、何割かの人々は船へ戻り、そこで暮らすことを選んだ。

 そしてまた数百年が経ち、人々は新天地で再び繁栄の時を迎え始めていた。

 過去を教訓とし、同じ轍は踏まないように。


 そして増えた人々は隣の大陸へと移り住んでいく。


 また数百年が経ち……。


*   *   *


「……ここまでなの」

 ヴィヴィアンが済まなそうな声でそう言った。

「その後、人々がどうなったか、は伝わっていないのよ」

「ありがとうね、ヴィー」

「……でも、面白かった」

「昔の話はなんというか、想像をかき立てるね!」

「うーむ、なんというか、解釈に悩むな」

「興味深いお話でしたわ」

 皆、それぞれの感想を持ったようだ。

「もちろん、伝えられているお話だから。本当かどうかはわからないわよ」

 しかし、そうは思っていない者がいた。仁である。

「……もしかしたら月って、その宇宙船なんだろうか?」

 小さな声で、独り言のようにぽつりと呟いた。

 お読みいただきありがとうございます。


 20140609 16時46分 表記修正

(旧)ステアリーナの頼みですものね、いいわよ

(新)ステアの頼みですものね、いいわよ


(旧)思いがけないステアリーナの懇願に

(新)ステアリーナからヴィヴィアンへの思いがけない申し入れに


 20151017 修正

(誤)自動人形(オートマタ)のアアルさん、礼子さん

(正)自動人形(オートマタ)のアアルさん、レーコさん

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