14-25 クゥプにて
セレネを魔法外皮で被覆する作業は問題なく終わった。
動力源を少し弄り、魔素変換器仕様にしたので、半永久的な動作が可能である。
隷属書き換え魔法対策として、胴体全体に薄いミスリル銀の鎧を着けさせた。
「これでまあ安心だな」
最後に、『障壁結界』の発生機能を付加しておく。同行する従者の中でもっとも防御力が弱いのでそれを補うための機能だ。
「ありがと、ジン君、ラインハルト君」
その後、エルザとステアリーナはセレネの服を作る事にした。
「下着もちゃんと作って、あげる」
「そう、ありがとう、エルザさん。じゃあお願いね」
女性魔法工作士2人がそっち方面を整えている間、仁とラインハルトは髪の毛と靴を用意することにした。
靴は魔獣の革、軽く磨り減りにくい。
髪の毛は地底蜘蛛の糸から作った人造毛髪のウィッグ。色はステアリーナと同じ銅色にした。
その作業が終わった頃、エルザとステアリーナが服を持ってやって来た。
「あらー、素敵になったわねえ」
ブルートパーズ・ゴーレムだったセレネはすっかり見違えるような外見になっていた。豊かな銅色をした髪の毛のおかげでステアリーナと姉妹のようだ。
「それじゃあ下着を着けさせてあげましょう」
「……」
下着は現代地球風のブラジャーと短めのドロワーズだった。思わず目を背ける仁とラインハルト。
「服はやっぱりこれ」
侍女ということで黒のワンピースと白いエプロンの組み合わせ、つまりメイドルックである。
礼子、アアル、ネオン、そしてセレネの4体は期せずして全員黒系のエプロンドレスとなった。
エドガーは黒のブレザー上下。そしていかにも護衛と言った外見の黒騎士、ノワールがいる。
「目立ちそうな一行だな……」
今更な事を言い出す仁であった。
* * *
「夕食ですわよ」
午後6時過ぎ、ベルチェが呼びに来た。
「今日はサキさんにも手伝っていただきましたからきっと美味しいですわよ?」
そのサキの手は傷だらけである。
「サキ姉、手を出して。……『手当』」
外科治療用の治癒魔法である。エルザは一行の回復役が定着してきていた。
「ありがとう、エルザ」
「うん、女の子は手をきれいにしておくことが大事。お母さまにそう、教わった」
「エルザが『お母さま』と呼ぶのはマルレーヌさんの事だね? ミーネさんの事は『母さま』って呼んでいるものね」
「うん。……サキ姉は侯爵家の血筋。もう少し身嗜みにも気を使うべき」
「くふ、耳が痛いね」
ぽりぽりと頭を掻くサキ。
「さあさあ、召し上がって下さいまし。……あなた、どうぞ」
そんなサキとエルザを尻目に、ベルチェがラインハルトにワインを注いでいた。
メニューはステーキ、スープ、パン、サラダ。そしてナウダリア川で取れる魚を使った天ぷらであった。
「練習しましたのよ」
天ぷらの衣をさっくりと揚げるのはなかなか難しい。ベルチェはペリドたちに特訓を受けた、と言った。
天つゆでなく、蓬莱島産の藻塩である。仁は、衣のさくさく感を味わえるので塩派であった。
「うん、ベルも上達したな」
「そうですか? 嬉しいですわ」
「……ごちそうさま」
「あら? サキさん、もうよろしいんですの?」
「うん、美味しかった」
そんな夕食のひととき。仁たちの世界は平和であった。
* * *
さて翌朝、25日の7時20分。一行は予定通りに蓬莱島を出発した。
ステアリーナはお土産としてパンを用意してもらい、セレネに持たせている。もちろんイースト使用のふかふかパンだ。他にも若干の食材を持つ事にした。
そして、軽量化魔法を発生させる魔導具として、全員が指輪を嵌めていた。老君が大急ぎで製作したものである。
前日のうちに先行させていたファルコン1は砂浜に着陸しており、その転移門から仁たちはクゥプ西の海岸に降り立った。
現地時間は午前3時、真っ暗である。夏なので寒くはないが、こんなに暗くては何も出来ない。
不可視化の結界を展開させたファルコン内で仮眠を取ろうかとも思ったが、何のために人気のない時間帯に来たのかわからなくなるので、ゆっくり歩いてクゥプを目指すことにした。
礼子を初めとする自動人形・ゴーレム達は暗闇でも平気なので、それぞれの従者と手を繋いで歩くことにした。これで砂に足を取られてバランスを崩しても平気だ。
休み休み2時間ほど歩くと、夜明け、日の出となり、クゥプの町も見えてきた。少し曇っている。
「西側は砂浜で、遠浅だから漁には向かないの。東側は磯が多いから漁師の船が出てるはずよ」
ステアリーナの説明を聞きながら、仁はエリアス王国の町、ポトロックで出会った造船工、マルシアの事をちょっと思い出していた。
彼女も、生活費や船の経費を稼ぐため朝早くから漁をしていたな、と懐かしく思い出す仁。
「やっと着いたわ。お疲れ様」
ステアリーナの声に仁が我に返ると、足元は砂浜ではなく、固められた地面であった。
「あとちょっとで知り合いの家よ」
ステアリーナの先導で、一行はクゥプの街中に入った。
ポトロックとも少し似たところのある石造りの家が建ち並んでいる。このあたりはやはり潮風対策だろうか、と仁は思った。
「石材は……大谷石じゃなくて砂岩か? 崩れやすいんじゃないか?」
砂岩は砂が堆積して出来た岩で、粒子が粗く、軟らかいため加工しやすいのだが、その分風化しやすい。だが、温かみのある石材である。
有名なところでは、フィレンツェの古い街並みは砂岩だそうだ。
触ると、風化した部分がざらざらと崩れ落ちるかと思いきや、意外としっかりしている。
「ちゃんと『強靱化』の魔法が掛かっているわよ」
ステアリーナの説明に仁も納得したのである。
「ここよ。もう起きてるかしらね」
時刻は5時半頃。
大通りから少し入った先の路地にある家。大きさはクゥプ庶民の一般的な家としては中の大くらい。2階建て、5LDKといったところか。
玄関にはノッカーとして、木の板が吊されている、それを木槌で叩いて来客を知らせるのだ。
ステアリーナが木槌を振り下ろすと、かあん、という乾いた音が響いた。そしてすぐに扉が開く。
「お久しぶりね、ヴィー」
「誰かと思ったらステアじゃないの! ほんと、久しぶりね! 今日はどうしたの?」
出てきたのはステアリーナと同じか、少し年上に見える女性。白髪かと見えるような明るいプラチナブロンドに焦茶色の目。仁よりも小柄である。
「お友達を案内して来たのよ。今、いいかしら?」
「もちろんよ! ……ようこそ、クゥプへ。ステアのお友達なら大歓迎だわ! さ、入ってちょうだい」
ヴィーと呼ばれた女性は仁たち一行を家に招き入れた。
中に入るといい匂いがしている。朝食の仕度をしていたらしい。
「みんな、彼女はヴィヴィアン。わたくしの幼馴染みなの」
ステアリーナが紹介を始めようとすると、ヴィヴィアンはそれを一旦遮る。
「ちょっと待ってね。仕度だけ終わらせちゃうから。……えーっと、どうしようかしらね。スープは何とかなるとして、パンが足りないわね……」
「あ、パンならお土産に沢山持って来たわ」
「そうなの? 助かるわ。それじゃあ、座って待っていてちょうだい」
広めの台所には大きなテーブルがあり、仁たち全員が座ってまだ余裕があった。
ステアリーナはセレネに持たせた荷物の中からパンを取り出し、人数分切り分けた。
「お待ちどおさま」
ヴィヴィアンはスープの入った大きな鍋をテーブルの上にどん、とばかりに置いた。
「おや?」
仁はそのスープを見てちょっと驚いた。
赤い色、独特の匂い。
どう見てもトマトスープであった。
トマト発見?
お読みいただきありがとうございます。
20140610 19時42分 誤記修正
(誤)以外としっかりしている。
(正)意外としっかりしている。
20190717 修正
(誤)ステアリーナの声に仁が我に帰ると、足元は砂浜ではなく、固められた地面であった。
(正)ステアリーナの声に仁が我に返ると、足元は砂浜ではなく、固められた地面であった。




