14-22 発想
「お前……貴殿たち、は?」
自分を救い、ギガントーアヴルムを斬り捨てているゴーレムを見て、グロリアは我知らず、人間に対する言葉づかいをしていた。
「我々は、デウス・エクス・マキナ様から派遣されたゴーレム部隊です」
ランド11が代表して返答した。
「マキナ殿から?」
「……助かったあ!」
今や、8匹いたギガントーアヴルムは全て斬り捨てられていた。
そして、兵士たちの何人かはマキナの名を知っていたようで、安堵の声と共にその場にへたり込んだ。
「……あんたたち、普通じゃないわね……あたしの可愛いギガントーアヴルムをよくもー!」
いきり立つ魔族の少女、アルシェルを取り囲むランド12から19の8体。もう逃げ場はない。2メートルほどの距離を置き、バリアを張ってアルシェルを牽制していた。
まだどんな能力を有しているかわからないので直接接触は避けている。8体のバリアとバリアが接触しているので逃げ出す隙間はない。
「おとなしくしていれば危害は加えません」
「ふざけるんじゃないわよー! 『Divieniunschiavo』!」
アルシェルが隷属魔法を放った。が、対策済みのランドたちには効果が無い。
派遣部隊のリーダー役を務めるランド11がアルシェルに向かって言い放つ。
「その魔法は効きません。しかし『Distruzione』や『gravita』を使われると面倒ですからね。魔力妨害機起動します」
ランドたちのバリアも無効になるが、それはたいした問題ではない。もはやアルシェルは袋のネズミだ。
「なんで魔法のことまで知ってるのー? ええい、『gravita』!」
重力魔法を必死に唱えるアルシェル、だが何も起こらない。
「な、なんで? どうして? 何をやったのよー?」
さすがのアルシェルもこれには狼狽する。
「答える義務はありません。むしろこちらの質問に答えて貰いましょうか」
「素直にはいそうですかと答えるわけないでしょー!」
「でしたら方法は幾つかあります」
ランド8体に囲まれたアルシェルに向かい、ランド11は右手を伸ばし『麻痺』を発動させようとした。
直接攻撃で気絶させる手もあったのだが、それは今回見合わせた。
見かけが少女であることに加え、前回、『アンドロギアス』があっさりと灰になったことから思ったより肉体強度がないらしいことを考え合わせたのである。
『麻痺』を使うことに決めたのだが、結果的にそれは悪手であった。
原理上、魔力妨害機と同時に他の魔法を発動することは出来ない。
一瞬だけ魔力妨害機を切ったその瞬間、ランド8体に包囲されていたアルシェルが消えた。逃げようと必死になってずっと転移魔法を発動させ続けていたらしい。
魔力妨害機が途切れたその一瞬で転移魔法が発動、アルシェルはランドたちの5メートルほど後方に出現したのである。
ランドが再度魔力妨害機をアルシェルに向けるより、途切れることなく発動させようとし続けていたアルシェルの転移魔法発動の方が早かった。
彼等の前からアルシェルは完全に消え去ったのである。
「……逃がしてしまいましたか」
残念そうにランド11が呟いた。そしてゆっくりとグロリアたちに向き直った。するとグロリアはランド11がリーダーだとわかったのか、
「わ、私はクライン王国女性騎士隊副隊長、グロリア・オールスタット。貴殿たちの助力に感謝する」
頭を下げ、礼を述べたのである。
「いえ、我々はマキナ様の指示に従っただけです。……お怪我をなさってますね」
だがグロリアは首を振り、
「いや、私より重傷を負った者がいる」
と、先程ギガントーアヴルムに跳ね飛ばされた兵士の方を見やった。
が、既にその兵士はナース・アルファによって治療されていたのである。
「あ……あのゴーレムもマキナ殿の?」
「はい、ナース・アルファと言います。救護専門です」
「マキナ殿とはたいした人物なのだな……」
そして何気なくナース・アルファを眺めていたグロリアは思わず呟いた。
「……エルザ殿?」
ランド11からリアルタイムで情報を得ていた老君はエルザそっくりのナース・アルファをグロリアに見せてしまうというミスに気付いた。
そして大急ぎで言い訳を用意する。
「はい、一時保護されていたエルザ様をモデルにされたとのことです」
「ふうん、なるほど。まあ、あれこれ詮索するようなことでもないな」
一応それでグロリアは納得したようではある。根が単純なこともあるのかもしれない。
「治療終わりました。あとはグロリアさんだけです」
怪我をした兵士の治療を終え、ナース・アルファがやってきた。
「お、おお、そうか。よろしく頼む」
「『殺菌』『快復』」
傷口を殺菌し、次いで治癒を行う。その治癒魔法により、グロリアの腕や肩、頬に付いた傷が癒えていった。
「おお、すごい! もう痛くないぞ! 感謝する」
簡略式ではあるが、騎士としての礼を行うグロリアであった。
「それでは我々はこれで。道中、お気を付けて」
「マキナ殿にくれぐれもよろしくと伝えて欲しい。いつかお会いしたい、とも」
「はい、伝えます」
隊列を組み直したグロリアと兵士たちはランド隊に敬礼をした。そしてグロリアの号令。
「出発!」
グロリア一行がドッパへの道を進んでいく。
兵士たちがグロリアを見る目は尊敬を交えたものになっていた。
あれだけの怪物相手に一歩も引かず、自分たちを守ろうとしてくれたのであるから。
その後姿を見送っていたランド隊は、彼等が見えなくなると帰還の途についた。
少しラクノー寄り、街道を外れた所に転移門を積んだペリカン1が待機していたのである。
当然、ペリカン1はグロリアたちがドッパに着くまで、上空から見守っていた。
* * *
「グロリアは無事だったか」
老君を通じ、戦闘の様子を追っていた仁とエルザはほっと息を吐いた。
『今回の魔族は『傀儡』のアルシェルと名乗りました。見かけは少女ですが、中身は何歳かわかりません』
「だな」
『逃がしてしまったのは残念です。それでも今回、ほんの一部ですが、彼等の使う転移魔法の情報を得る事が出来ました。これは僥倖と言っていいと思います』
転移魔法は基本的に防ぎようがない。
もし、蓬莱島に転移され、老君が破壊されたらどうなるか。計り知れない損害である。
また、敵対する勢力の情報は多ければ多いほどいい。仁は老君からの説明を待った。
『まず、転移先の指定ですが、目視している場所もしくは特定の場所へのみと思われます』
ランド12から15の4体が一瞬の『精査』で得た情報だという。
ランド11がアルシェルを麻痺させるため、一瞬だけ魔力妨害機を切った時のことだ。
老君は魔族の魔法に関する情報を欲しており、どんなに僅かでもいいからとランドたちに指示をしていたのだ。
その指示があったため、魔族が『麻痺』にどんな反応を見せるか確認するため、『精査』を使ったのである。
結果、魔族の反応ではなく、転移魔法の発動に伴う魔力の流れを感知したというわけだ。
「なるほど。そうすると、とりあえず蓬莱島に攻め込まれる心配は無いと見ていいのか」
『はい、御主人様』
転送機のような使い方は出来ないとわかった。当面の危険は無さそうであるが、安心してばかりもいられない、と仁は思った。
「武器ばかり開発してたけど、防御ももっと充実させないといけないか」
「ジン兄、『障壁』じゃ駄目なの?」
仁の呟きを聞きつけたエルザからの質問。
「ああ。幾つか欠点があるんだよな」
「欠点?」
「うん。『障壁』には『魔法障壁』と『物理障壁』があるよな?」
「ん」
「基本的に、『魔法障壁』は魔力を通さないし、『物理障壁』は炎や打撃、剣なんかを通さない」
だが同時に中からの攻撃も出来ない、と仁は結論を口にした。
「唯一の例外としては俺の腕輪みたいに、『障壁』を発生させている魔導具で同時に攻撃魔法を発動する時だ。完全に同期しているから、例えば『光束』を放つとき、そこだけ『障壁』を無効にすることができる」
しかし通常は『障壁』と攻撃魔法は別々に発生させるので、『障壁』を張っているとこちらからも攻撃出来ないわけである。
「魔力砲なんかは撃てないよな」
「確かに」
「そういう意味で『障壁』には改善の余地があるんだよ」
「……納得した。さすが、ジン兄」
「他にもできないかと思っている結界があるんだよな」
『障壁』は結界の1バリエーションである。
仁は、魔法を吸収してしまう結界、攻撃を反射する結界、攻撃を転移させてしまう結界、などのアイデアを述べた。
「……すごい。そんな発想が出てくるなんて、ジン兄は天才」
「いや、受け売りなんだ」
エルザの賛辞を受けた仁は、素直に本で読んだもの、と白状した。
正確にはマンガやアニメも含んでいるのだが。
「……ジン兄の世界の人って、すごい」
「ああ、発想力は凄いかもな」
発想力というか妄想力は世界一かもしれない、と、仁は出身国、日本のことを懐かしく思い出すのであった。
Divieniunschiavoは「奴隷になれ」。Distruzioneは 「破壊」。gravitaは重力ですね。
お読みいただきありがとうございます。
20140605 16時22分 表記修正
(旧)唯一の例外として、俺の腕輪みたいに
(新)唯一の例外としては俺の腕輪みたいに
20140605 21時11分 表記修正
(旧)重力魔法の詠唱を唱えるアルシェル
(新)重力魔法を必死に唱えるアルシェル
(旧)大急ぎで言い訳をでっち上げる
(新)大急ぎで言い訳を用意する
(旧)ご存じのどなたかに似てますか? 何でも、マキナ様が旅先で見かけた女性をモデルにされたとのことです
(新)はい、一時保護されていたエルザ様をモデルにされたとのことです
20141122 11時56分 誤記修正
(誤)あ……あの自動人形もマキナ殿の?
(正)あ……あのゴーレムもマキナ殿の?
ナース「ゴーレム」でした。




