14-17 閑話26 セルロア王国と老君
セルロア王国は小群国最大の国である。人口はおおよそ20万人。
200年前に南部のコーリン王国、100年前に東部のリーバス王国を併呑して今に至る。魔法工学の進んだ国である。
首都はエサイア、人口1万8000。旧ディナール王国王都のあった場所にあるため、歴史ある国である、といった自負が国民にはある。
が、自負は時として驕り・慢心に取って代わられるもの。
大半の貴族は気位ばかり高く、その実、能力は大した事のない者ばかりであった。
現王の2代前すなわち祖父に当たるギヨーム・ブローニュ・ド・セルロアは中興の祖と言えよう。
貴族中心だった政権を王家中心に変え、各種の法整備を行い、魔法技術を奨励した。
技術者を優遇し、技術開発を奨励したのもギヨームである。技術者を格付けし、1位から順にアルファ、ベータ、ガンマ……の順位名を贈ることを決めた。
おかげで、魔法技術を中心とした文化が花開き、自動人形・ゴーレムにおいては小群国一の座が揺るぎないものとなったのである。
隣接するフランツ王国を武威で隷属させ、半ば属国化したのもギヨームだった。
他の周辺国家とは緊張感あるもののそれなりに友好的な国交を行い、国民は彼の御代を讃えた。
現在のセルロア王、リシャール・ヴァロア・ド・セルロアはギヨームの孫に当たる。
ギヨームの政策を無難に引き継いだ父シベール・ヴァロア・ド・セルロアとは異なり、独自の政策を行っていた。
「第一内政長官ランブロー、本日の報告を行います」
「第一外務長官ボジョリー、本日の報告を行います」
王位簒奪を防ぐため、という理由により、王宮で政治に携わる貴族から全て血縁者を排除したのである。
その代わりに、地方政治は血縁者すなわち王族に任せ、公爵家もしくは大公家として各地方を統治させた。
王位継承権の順位をはっきりさせ、お家騒動を出来る限り防止した。
だが、国政は実力主義、地方は血族主義、というアンバランスさはさまざまな軋轢を生んでいた。
統一党の台頭を許すことになったのも、こういった地方の大貴族を離反させるような温床があったればこそ。
現在はそういった貴族は全て粛清され、表面上は、王国に忠実な者だけで政治がなされているように見える。
だがその裏では権力争いや王位継承権の順位を巡る争いが絶えなかったのである。
地方都市ゴゥアを含むセルロア王国北西部の領主はユベール・ベルタン・ド・パーシャン公爵。王の従弟でかつ現王妃の兄であり、王位継承権9位。40歳という働き盛りだ。体形はビヤ樽。
祖父ギヨームとは異なるやり方で領内を治めようと躍起になっていた。
異なるやり方とは、『法』ではなく『人』である。
時に冷酷な判断を下す『法』ではなく、『人』が街を治めるといえば聞こえはいいが、それはすなわち『贔屓』を生み、『不公平』を作りだした。
領地内の町は公爵の弟などの血縁者に統治させており、彼等は自分の利益しか考えないようになっていったのである。
そんな統治を嫌い、町を出て行く者もいたことはいたが、他の町も五十歩百歩であったり、よそ者は受け入れられなかったりで、結局は戻ってくることになったのだ。
国外への逃亡は厳罰対象であったから、国民の大半は半ば諦めをもって日々の生活を送っていた。
おとなしくして、納税などの義務さえ果たしていれば大過なく過ごせることもまた事実。
見た目は平和で穏やかな統治に見えるのであった。
* * *
「くそう、あの庶民どもめ!」
その日、ユベール公爵の嫡男、アルベールは憤りながら家に帰ってきた。妹のベアトリクスも一緒である。
「兄様、ステア……なんとかというあの女の家に兵を派遣しましょうよ!」
「ああ。それに魔族のこともある。まずは父上に報告してからだ」
ゴゥアは北西部を治めるユベール公爵の本拠地である。この日、二人の父である公爵は家にいた。
「父上、お話があります」
「何だ、アル?」
アルというのは父である公爵がアルベールを呼ぶ時の愛称である。
「領地内の不埒な魔法工作士について、そして魔族らしき者についてです」
「何だと?」
寛いでいた公爵が少し身じろぎをすると、180センチ、148キロという巨体の圧力に耐えきれず、座っていた頑丈な安楽椅子が軋んだ。
「先日献上した短剣がありましたね?」
「うむ。10万トールで買ったと言ったが、あの短剣、価値はその10倍以上だ。もしかして作者がわかったのか?」
今年15歳になる王女殿下の成人の祝いに贈る短剣、それを作らせる職人を彼等は捜していたのである。
「はい、いえ、同じ職人の作と思われるナイフを所持していた庶民を見つけ、聞きただそうとしたのですが、反抗的な奴でして」
「ふむ。だが、お前に付けてやった護衛自動人形部隊、あれはどうした?」
「……申し訳ないことに、そ奴等……複数名いたのですが、そ奴等が引き連れていた化け物自動人形に破壊されました」
「何だと?」
「おまけに、ベアトに付けて下さったアンドロというあの従者、何と魔族だったのです」
「何!!」
「お父さま、本当です。自分で『狂乱のアンドロギアス』と名乗りましたから」
「うむむ……」
深く背もたれに身体を預ける公爵。またしても椅子が軋み音を発した。
「……それで?」
「はい、魔族の方は僕とベアトとで倒しました」
「そうか。さすがは私の子供たちだ」
ものは言いようである。礼子が気絶させていなければ、この2人レベルでは100人集まってもアンドロギアスを倒すことは出来ないだろう。
「それで、不埒な魔法工作士というのは?」
「はい、ステア何とかという女と、その友人らしき数名です」
公爵は少し考えてから、思い当たったように口を開いた。
「ステア……ステアリーナ・ベータか?」
「ああ、そんな名前でしたね」
「あれはいい女だ……こほん、あれがどうしたと?」
「あいつが連れていた連中の化け物自動人形が護衛自動人形部隊を壊滅させたのです」
「うむう……そいつも魔法工作士なのか?」
「おそらく」
「わかった。手配しよう。詳細は家宰に話しておけ」
「わかりました。よろしくお願いします」
それでアルベールとベアトリクスの我が儘兄妹は父親の前から退出した。
だがこの時、老君から指示を受けた第5列の1体、カペラ10が『不可視化』を展開し、すぐそばにいたのである。
「……以上、報告終わります」
『了解。短剣回収を命じます。代金は今送ります』
一部始終を老君に報告すると、すぐに指示が返ってきた。少し遅れてカペラ10の手元に金貨が転送されてくる。
『泥棒はいけませんからね』
とは老君の言。一応短剣が10万トールで購入されたことを会話から知ったのである。今の仁、というか蓬莱島の財政状況、10万トールならぽんと出せる。
公爵の書斎奥に置かれていた短剣を回収し、代わりに10万トール分の金貨を置いておく。剣が金貨に化けたのを知ったらどんな顔をするだろうか、と老君は密かにほくそ笑んでいた。
次のターゲットは我が儘兄妹である。
老君は、セルロア王国首都エサイア担当の第5列、レグルス11とデネブ25に指示を出す。
『内政長官の報告書に、今から送る書類を紛れ込ませなさい』
『軍務長官の報告書に、今から送る書類を紛れ込ませなさい』
老君は事実をありのままに記入した書類を作っただけ。すなわち、
『ステアリーナ・ベータをぞんざいに扱い、他国へ亡命させてしまった。行き先は不明』
『魔族らしきものが侵入したようだが、確認もせずに殺害、従って情報を得る事は出来ず』
と。
こういう不手際は、現王が最も嫌うところであることを老君は第5列により知っていたのだ。
この事実が王の知るところとなり、アルベールとベアトリクスが叱責され、王位継承権をそれぞれ10ランク落とされることになった。
アルベールは13位から23位に、ベアトリクスは21位から31位に落ちた。
2人の父親であるユベール公爵も同様に5ランク落とされた。9位から14位になったことで、数日間機嫌が悪かったとのことである。
* * *
『これは手始め。次はどんな手を打ちましょうか』
蓬莱島の頭脳、老君は、主人である仁とその家族に無礼を働いた相手を決して許しはしないのである。
お読みいただきありがとうございます。
20140603 08時51分 表記修正
(旧)今の仁、10万トールならポケットマネーである
(新)今の仁、というか蓬莱島の財政状況、10万トールならぽんと出せる
仁が直接出したわけではないので。




