14-10 廃墟
青空の下に出ても、仁たちの顔は晴れなかった。1人、ハンナを除いて。
「おにーちゃんたち、ぐあいわるいの?」
ハンナは心配そうに仁の顔を見上げた。そして手を伸ばし、頬に触れる。
「おにーちゃん、げんきだして」
仁の頬に触れたハンナの掌は温かく、ほっとさせてくれる。
「……ああ、そうだな。もう済んでしまったことだ」
そう言って、仁はハンナを抱き上げ、肩車をした。
「きゃ」
突然のことにハンナはびっくりしたような声を出したが、すぐ笑顔になる。
「わあ、おにーちゃん、ありがとう!」
その光景を見たエルザ、サキ、ステアリーナも顔を綻ばせた。
「ふ、そうだね、ボクらにはもうどうすることもできないことだしね」
「そうよね。せっかく観光に来たんだし、ね」
「……ジン兄なら、きっと、いつか月へも行けるようにしてくれる、と思う」
そんな彼等を礼子は無言で見つめていた。
「では皆さん、別の場所を見に行きますか? 少し先に王宮があります」
雰囲気が変わった事を察したレグルス45が案内を再開した。
「王宮か。行ってみよう」
気持ちを切り替えて、一行は王宮を目指す。ハンナは仁の肩の上。眺めが良くなったのではしゃいでいた。
王宮もまた、蔓に覆われていた。
そしてここも、何者かによって漁られていると見え、何カ所かの入り口が開いている。仁たちとしては助かるので気にはしていない。
「ふうん、なんか古風な作りだね」
「……うん。デザインが何となく、古くさい」
サキの意見にエルザも同調した。
「そう? セルロアの王宮とそんなに変わらないけど……」
一方、ステアリーナは、セルロア王国の王宮とは変わらない、という。それだけセルロア王国は伝統があるということ。
「おにーちゃん、あれ、なに?」
仁の肩から降りたハンナは礼子と並んで歩いていたが、ふと右を見ると、変わった形の物を目にしたのである。
「ん?」
「あら」
同時にそちらを見たステアリーナも声を上げた。
「猫の置物、ね」
「ねこ?」
ハンナは猫を知らないようだ。そもそもこの世界では愛玩動物を飼うという習慣がほとんどない。
馬は愛玩動物ではないし、牛、山羊も同様。犬は一部の地域で飼われているようだが、愛玩用ではなく番犬としてだ。
唯一例外と言っていいのは小鳥だが、これも鳴き声を楽しむのが目的である。鳩は言わずもがな、通信用。
現代地球のように『癒し』を求めて猫を飼う習慣はないのである。もう一つの理由は、『ネズミ』が少ないこともあるだろう。
ネズミの害は以前仁たちが麦を納めに行く時に使った『獣除けの鈴』のような魔導具で防げるため、気まぐれな猫を飼うと言う習慣が発達しなかったのである。
だが何ごとにも例外はあるもので、
「へえ、レナード王国でも猫を飼う習慣があったのねえ」
と感心したようなステアリーナ。それはつまり、セルロア王国の一部の人間は猫を飼っている、ということである。
「気まぐれで人に慣れない、媚を売らない、だから猫は魅力的なんだ、という人が多いのよねえ」
ステアリーナはセルロア王国の猫事情をそう説明した後、
「……でもわたくしはあまり好きじゃないわ。どっちかというなら犬の方がいいわねえ」
と、犬派であることを打ち明けたのである。
「ああ、俺もそうだな」
仁も同様だった。孤児院ではちゃんと躾けられた雑種の犬を1匹飼っていた。仁は時々散歩に連れて行ったことがあるくらいで、世話のほとんどは年少組の子供たちだったが。
そんなことをぼんやりと考えながら猫の置物を眺めてみる。
外見は地球の猫と変わりはない。大きさは、置物なのでどこまで正確かはわからないが、原寸大と仮定すれば大体同じと言えるだろう、と仁は判断した。
「そうね、これってほぼ実物と同じね」
ステアリーナもそれを裏付けてくれた。そしてハンナの思いがけない言葉。
「ねえおにーちゃん、ああいうの、つくれる?」
「え?」
猫型の置物、と言うことではないだろう。猫型ゴーレム……。仁は面白そうだ、と思った。
置物のあった所には扉があり、半ば開いていた。中を覗き込むと、埃だらけで、壊れた人形や玩具が散乱している。王子か王女の部屋だったらしい。
ここもめぼしいものはとっくに漁られた後だったようだ。
「……なんか、おもしろくない」
今度はハンナがしょんぼりしてしまった。
確かに、廃墟巡りというものはもの悲しくなるもののようだ。
「……外へ出ようか?」
仁がそう言えば、ハンナは無言でこくん、と頷いた。
エルザ、サキ、ステアリーナも察し、何も言わずに回れ右したのである。
* * *
一行は首都跡を離れ、川沿いにトータスを走らせていた。
昼食は車内で軽く済ませた。
なんとなく意気消沈してしまった一行。
もう帰ろうかとも思ったのだが、せっかく出てきたのだから1泊だけでもと思い、こうしてキャンプ地を探しているのである。
「お、あそこなんていいかもな」
川から1段上がった所に小広く拓けた草地があった。眺めも良さそうである。
仁はスチュワードに命じ、トータスをそちらへと走らせた。
仁渾身の作、12連ゴーレムエンジンの出力は、40度近い坂をものともせず、ぐんぐんと登っていく。
「おお、ここはよさそうだ」
草は背丈が低く、少し刈り払いするだけで快適な空間が確保出来た。
車内にもスペースはあるとは言え、やはりオートキャンプもどきをするのであれば、屋外で食事がしたい、と仁が拘ったのである。
「うわあ……」
「あらあら」
折り畳みのテーブルと椅子を人数分出そうとして気が付いた。
固定していなかった荷物がみんな後方へ寄ってしまっていたのである。40度の坂を登ったせいである。
「……改良しないとな」
そんな荷物を整理し直し、あらためてティータイム。日除けのタープも張ったので、夏とはいえ川風が心地よい。
「ああ、やっと清々したよ」
サキがしみじみと呟いた。
「おいしい!」
砂糖をたっぷりと入れたテエエ。精神的に疲れたときにはいいだろうという礼子の心遣いだ。
お茶うけには干したワイリー。甘酸っぱさが凝縮され、美味しい。
廃墟巡りでささくれ立った心が癒されるひとときである。
「結界の秘密はまた今度、だな……」
上空から見るとまるでそこに国があるように見える幻影結界。
仁にも同じものが作れるかと問われたら疑問だ。
同じような効果、は出せると思うが、同じ方法かどうかはわからない、といったところか。
場合によったら第5列を増やしてみよう、と内心で思う仁であった。
日が傾く前に夕食の準備。定番のバーベキューである。
石を積んで作った炉の上に、かねて用意の鉄板を置く。火力調整が面倒なので薪ではなく魔石で加熱だ。
山鹿の肉と野菜がメイン。そこに小麦粉で作った麺、つまり『うどん』を加え、ウスターソースで味を付ける。ソース焼きそば風焼きうどんだ。
鹹水のことがよくわからなかったので細めのうどんで代用したともいえる。
トカ村で『パシュタ』を見た仁が思いついたのだ。
「わあ、ちょっとかわってるけどおいしい!」
「ほんとだね。ジン、なかなかいけるよ!」
それでもそこそこ好評のようだ。
夏の日が暮れる前には食べ終わり、食器や鉄板は川で洗い、浄化の魔法で更にきれいにして片付けた。
ちらほらと星が見え始める。川から吹いてくる風が心地よい。
全員、トータスの2階に移動する。
ここでも、40度の坂を登ったため布団が少し寄ってしまっていたので直す羽目に。
そうしてから布団に寝転び、開いた天窓から空を眺めた。
まずハンナが、次いでエルザが、そしてサキが、ステアリーナが、仁が眠りに落ちる。
眠る必要のない礼子は天窓を閉め、スチュワードと共に警備に当たった。
「お父さま、良い夢を」
礼子の呟きは降るような星空に吸い込まれていった。
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