14-06 錬成
「なるほどなあ……」
仁は納得した。
仁自身は、魔結晶をエネルギー源にしたことはあったものの、魔力を使いきることはなかったのだ。
通常、高価な魔結晶をエネルギー源とするような使い方はしないので、わからなかった事実。
「普通は魔導式を書き込んで魔導装置として使うものね。そんな使い方だと、おそらく魔結晶の持つ魔力の1割も使えないんでしょうね」
ステアリーナの推測は仁と同じであった。
「そういうことだな。きっと、消費した魔力素の分、軽くなっているんだろうけど……」
そもそも魔力素や自由魔力素の重さがわからない。ほとんど重さがないということしかわかっていないのである。
「これで言えることは、魔力素が結晶構造の隙間に入り込むと言うよりは、同時に結晶して魔結晶が作られるという可能性が高いな」
結晶する際に、魔力素の存在も必要と言うことである。
「だけど、魔力素の他の構成要素が何か、わからなかった、ね」
残念そうにエルザが言った。
「いや、想像はできる」
「え?」
「魔力素が無くなると結晶も無くなる、そんな物質は俺は知らない。と、いうことは……」
「……自由魔力素から作られた物質?」
「ああ。俺はそうじゃないかと思っている。仮に『魔原子』と呼ぼう」
「魔原子……」
科学の初歩を身に着けているエルザは仁の理論に付いていける。
「魔力子、魔陽子、魔電子などの魔粒子でできていて、魔粒子は自由魔力素からできている」
「……そして、魔力素との相互作用で魔結晶を、形作る?」
「その通り。すごいぞ」
エルザの頭の回転は速い。
「多分、質の低い魔結晶だと、魔力素を消費したら多少の残留物があるはずだ」
そして、これも実験して確かめることができた。
質の低い魔結晶が消費されて消えた後、若干の鉱物性粉末が残ったのである。
更に、蓬莱島品質でなく、一般に流通しているような品質の魔結晶だと、見かけ上はそのままだが魔力素が抜けきったただの石になることまで検証できたのである。
* * *
一応の目処が立ったので、仁たちは一休みしていた。
「さて、魔結晶の正体について、仮説ができたわけだが」
「ああ、ジン、ボクに『知識転写』が使えたら! 『科学』をもっと知りたいよ!」
「わたくしもですわ!」
サキとステアリーナが心底思ってます、といった声音で叫ぶように言った。
「でも……そう、か。2人の適性って調べてなかったっけ」
仁はこの機会に知識転写に対する2人の適性を調べてみることにした。
「いいかい、魔導式はこうで、魔鍵語はこう」
以前、ラインハルトとエルザにした説明をサキとステアリーナに行う。
「一回で成功させようとしなくていいからな。適性を見るだけだから」
「わかったわ。『知識転写』」
「それじゃあボクも。『知識転写』」
2人の魔力の流れ、働きは礼子が追っていた。
「……どうだい?」
「サキさん、ステアリーナさん、2人ともレベル3くらいまではなんとかなりそうです」
レベル3と言えば、エルザが初めて適性を調べたときと同じ。その後の訓練次第で、レベル1か2くらいはアップすることもある。現にラインハルトもレベル3までは使えるようになっていた。現在のエルザはレベル5まで使いこなせる。
「レベル3なら、初歩的な知識は、覚えられる」
「ほんとかい! それじゃあさっそく頼むよ、ジン!」
「わたくしもお願いするわ!」
もうお昼なのだが、2人の熱意に負け、仁はラインハルトに伝えたのと同じレベルの知識を知識転写させることにした。
ラインハルトの時の魔結晶は消さずにおいたので、すぐに準備は済んだ。
「『知識転写』」
「『知識転写』」
まずは、元となる魔結晶から別の魔結晶へ、知識を移動。それを今度は自分へと転写すれば完了である。
「…………」
「……」
得た知識の膨大さにしばし絶句する2人。仁もエルザも覚えがあるのでそっとしておき、昼食の準備をする。
といっても、既にペリドが用意しているものを運んでくるだけだ。それも礼子が大半は済ませてしまったが。
仁とエルザ、サキはカイナ村からの移動のため、朝食後それほど時間が経っていないので少し控えめ。
イーストを使って焼いたパンに、ハンバーグや野菜を挟んだ、つまりハンバーガーである。
「これ、おいしいわね」
ステアリーナは3個、仁は2個、エルザは1個、サキも1個を平らげた。
* * *
「自由魔力素がどのようにして魔原子になるのか、次はそこだな」
食事後、仁が次のテーマを口にする。
「魔原子と魔力素が組み合わさって魔結晶を作るのかな? ……ああ、父上が聞いたら飛び付いてきそうな話だね」
サキの父、というのは高名な錬金術師、トア・エッシェンバッハである。
「そういえば、サキのお父さんって、今どこにいるんだ?」
「……ボクが祖父さんの所に行っている間に一度帰ってきたらしい。で、2、3日家にいて、またどこかへ行ってしまったらしいよ……」
家に居つかない人物である。
「そ、そうか……」
気を取り直した仁は仕切り直し。
「えーと、自由魔力素がどのようにして魔原子になるのか」
今や、この場にいる4人は、原子の構造がどのようなものか、その概念を知っている。それはあくまでも簡略化されたモデルであるとはいえ、今のテーマを議論するには十分であった。
「そもそも魔法の発動ですら解明されていないわけなのよね」
「魔導士は、空気中にある自由魔力素を呼吸などで取り入れ、体内で魔力素に作り変えることができる。この魔力素は、精製した人間の意志とイメージにより、様々なエネルギー形態を取らせることができ、またそれを操ることができる。これが魔法である、だと思ったが」
「……え?」
「……それもアドリアナ・バルボラ・ツェツィ……様の知識ですか?」
驚いた顔の2人に、仁は頷いてみせる。
「ああ。こういう点において、今は後れてしまっている。魔導大戦のせいだな」
度々脱線するが、これも気心の知れた者同士故である。
「……つまり、精神力が自由魔力素を魔力素に変化させると? ならば魔原子にもできるんじゃないか、ということだね?」
「そういうことかな」
サキの発言に相槌を打ちながら、仁は、魔導士というものは地球で言う超能力者に近いのではないか、と考えていた。少なくともそういう位置づけで不具合はない。
誰でもが魔法を使えるわけではない、という点において、魔法使いと超能力者は似ていると言えよう。
「……じゃあ、自然にできた魔原子はいったい?」
その言葉に仁は考えを戻す。
「それにも興味はあるが、まずは人工魔結晶を作る、という目的に立ち戻ろう」
「ふむ、そういえばそうだね。欲張りすぎてもまとまらないからね」
「そうすると、原子の構造を知っていれば、もしかして魔原子を作れるかもしれないということになるわね」
ステアリーナが核心を突いた。
「ああ。まずは一番簡単な構造の原子から始めてみるのがいいだろうな」
「水素、だったね?」
「そう。ただ、水素は気体だから目に見えない。ちょっと工夫が必要だな」
ということで、気体を集める実験でよく使う方法、つまり水を入れたコップを伏せ、その中に気体を……というやり方で試してみることにした。
自由魔力素は水中にもあるので、あとはどうやって自由魔力素を水素に変換するか、である。
「……」
「…………!」
4人はいろいろな方法で水素を発生させようと試みた。
水素の構造をイメージし、コップの中にある自由魔力素を変化させる、というのが大筋だが、なかなか上手くいかない。
最初に成功させたのはやはり仁。イメージ力の差であろうか。
「できたぞ!」
「おお、何か気体が発生しているね。『分析』……ふむ、水素に間違いないね。さすがジン」
分析の魔法は、本人が知らないことはわからないのだが、今やサキは水素の存在も構造も知っているわけであるから分析できるのだ。
仁が成功したのを見て、エルザ、サキ、ステアリーナも成功した。前例を見る、というのは有効な手段らしい。
とにかく、これで自由魔力素から原子を作る事ができることが分かったわけだ。だが。
「……ジ、ジン、なんか身体が怠いんだけど」
「……わたくしも」
「……私も、ちょっと」
仁を除いた3人が身体の怠さを訴えた。
「魔力切れですね」
礼子の診断結果。やはり『錬金』術は生易しいものではなかったようだ。
前回、今回と少々理屈っぽい回になりました。こういう話も書いてみたかったのですが、あまり続くとくどいので半分くらいにしてみたつもりです。
お読みいただきありがとうございます。
20140520 12時10分 誤記修正
(誤)この機会に知識転写対する2人の適性を
(正)この機会に知識転写に対する2人の適性を
20140521 09時38分 表記修正
(旧)仁自身は、魔結晶をエネルギー源にしたことはなかったし、
(新)仁自身は、魔結晶をエネルギー源にしたことはあったものの、魔力を使いきることはなかったのだ。
魔結晶をエネルギー源にしたことありました……orz
(旧)ー
(新)更に、蓬莱島品質でなく、一般に流通しているような品質の魔結晶だと、見かけ上はそのままだが魔力素が抜けきったただの石になることまで検証できたのである。
を『質の低い魔結晶が消費され・・・粉末が残ったのである。』の後に追加。
面目ないです。




