13-36 ある意味平和な平常運転
「えーっと……」
意外な質問に仁の目が泳いだ。
場の雰囲気を変えるという意味では大成功の質問だったと言えよう。
いつショウロ皇国から帰って来たのか、と言うリシアの問いに仁は窮したのだから。それを救ったのは礼子。
「リシアさん、お父さまは、デウス・エクス・マキナ様にお願いして、連れてきてもらったのですよ」
「え? マキナ様?」
「はい。マキナ様は、優れた移動手段をお持ちなのです。マキナ様から口止めされていますので詳しくは話せませんが」
「そ、そうなんですか。……やっぱりジンさん、凄いです。あのマキナ様とお知り合いだなんて」
「まったくだ! ジン殿は凄い!」
どうやら礼子は、老君と密かに魔素通信機でやり取りをし、この場をしのぐ言い訳をでっち上げたらしい。
とりあえず、先日の打ち合わせで決めた、『マキナが仁の兄弟子、ただし弟子時代に面識はない』の設定を使う事になる。
「それから、遅くなりましたが、ゴーレム馬と治療の魔導具をお返しいたします。ありがとうございました! 凄く助かりました」
仁の雰囲気が変わった事を察したリシアはほっとした。
「それはよかった。それじゃあ預かっていた馬を返さないと」
リシアとパスコーの馬は村長に預けていたのである。
元々村長宅には10頭以上の馬が居たらしいが、10年前の徴兵時に馬も全て持って行かれ、それ以来飼うのを止めていたらしい。しかし1頭もいないと何かあったときに不便と言うことで、1頭だけ飼うことにしたのだそうだ。だから村長は馬の世話に慣れているのである。
「助かります。パスコーさんは騎士見習いから騎士になり、新しい馬を手に入れたそうなので、こちらで引き取らせていただきます」
当面の話としてはそのくらいなので、暗くなる前に一応馬を確認してもらうことにする。なにしろ仁は馬のことはまるでわからないのだ。
「とりあえず、馬の様子を見に行こうか」
まだ4時前、ようやく傾き始めた夏の日が眩しい。
グロリアはカイナ村に来るのは初めてだったので、簡単な説明をしながらゆっくり進んだ。
「向こうが麦畑、こっちは野菜畑。カイナ村の畑はほとんどが共同で世話をしているんだ」
「共同で? つまり個人の畑ではなく、本当の意味で村の畑、ということか」
「そう。だから世話をするのも共同。収穫物も公平に分配する。難しい事だけどね」
「うーむ、そうしたら、畑の世話をしなくても収穫を分けてもらえることになるのか?」
グロリアの問いは当然である。仁もカイナ村に来たばかりの時は同じ事を思ったものだ。
「ジンさん、そこのところはどうなんですか?」
だからリシアたちに答えるのは難しくなかった。
「そこは小さな村だからね。お互いに助け合わないとやっていけないから、自ずと分担が決まっていてさ。村長がちゃんと働きに応じて分配するし、みんな働き者だからさぼったりはしないしね」
「そ、それはなんというか、ある意味理想的な共同体ですね……」
リシアは仁の説明を受けてびっくりしている。普通、そのような組織になると、必ずと言っていいくらい怠けて楽をしようとか、自分の分け前を少しでも増やそうとか考えるものだ。それがここカイナ村にはないという。驚くのも無理は無かった。
「あっちが俺が世話になっているマーサさんの家で……」
「おにーちゃん!」
家の前で草むしりをしていたハンナが、目ざとく仁を見つけて走ってきた。
「あ、騎士のおねーちゃん! それにえーと……」
顔見知りのグロリアを見つけ、顔を綻ばせるハンナ。リシアを見て、顔は覚えているのだが名前が思い出せないと首を傾げる。
「私はリシアですよ、ハンナちゃん」
「あっ、そうだ! ちょぜいかんのおねーちゃんだ!」
「ハンナ、ちょぜいかんじゃなくて徴税官、な」
「うん、ちょーぜいかんのおねーちゃん」
ハンナも加わって賑やかになった一行は、ほどなく村長宅に着いた。そこには小さくだが、『ミレスハン診療所』の看板が掛かっていた。
「ミレスハン診療所? ジン殿、診療所、とはどういう場所なのです?」
医者、医師、病院、診療所などという単語はこの世界に無いので、グロリアが面食らうのも無理は無い。
新たなる出発、ということで、サリィと相談した結果、『診療所』という名前にしたのである。
「一般的には治癒院、と言う名称で知られているんじゃないかな?」
それならわかる、とグロリアは頷いた。リシアも感心する。
「ジンさんは村に治癒師を招いたんですね。確かに必要ですよねえ……」
かつて救護騎士隊に籍を置き、自身も治癒魔法が使えるリシアはちょっと考え込んだ。
村長宅の裏手に回ると、小広くなっていて、馬が3頭放し飼いになっていた。
「えーっと、私の馬は……え、ええ?」
パスコーの馬は栗毛の牡馬(雄)。リシアが乗ってきたのは鼻先の白い栗毛の牝馬(雌)。村長が元々飼っていたのは栗毛の牝馬。
その2頭の牝馬のお腹が少し大きくなっていたのだ。
「おお、ジン。……と、リシア様」
村長のギーベックは馬を厩に入れるために出てきたところ。リシアを見ると酷く申し訳なさそうな顔になった。
「ジンからも謝って貰いたいんだが……」
そう前置きをしてギーベックはリシアに頭を下げた。
「申し訳ない! リシア様の馬ですが、一緒にしておいたらパスコー様の馬に種付けされてしまいました!」
「えええ!?」
真っ赤になるリシア。
「春でしたので、ちょうど繁殖期に重なりまして、気が付いたら……」
「ふむ、パスコーの馬は節操がないのだな。2頭も孕ませるとは」
グロリアは横でそんなことを言っている。それを聞いたリシアはますます顔を赤らめた。
「あー……どうしよう」
仁もちょっと困った顔。
「おうまさん、赤ちゃんうむの?」
ハンナだけはわくわくしている。
「どうします? まだ乗って行かれるくらい大丈夫ですが」
「そうですね……でも無理はさせたくないですし、子馬が生まれるまで預かっていただけますか? 費用は払いますので」
「いえ、こちらこそ、お預かりした馬がこんな事になって……」
「リシア、それじゃあリシアが使っていたゴーレム馬、そのまま使っていていいから」
悩んだ末、仁はリシアにゴーレム馬を1体譲ることにした。
「い、いいんですか?」
「ああ。ただ、少し整備をしてからにしたい。もう夕方だし、今夜は泊まっていくだろう?」
「ええ、そうなりますね。よろしくお願いします」
ということで、ゴーレム馬が1体、リシアに譲られることとなった。
リシアと仁がそんな話をしているとき、グロリアは農作業から帰ってくる村人たちを何とはなしに眺めていた。
その目が大きく見開かれる。それは、ある村人が持つ鉈を目にしたからだ。
「あ、あれは! もしや……いや、そんな!」
「え? グロリアさん、どうしました?」
リシアの声も耳に入らぬ様子でグロリアは飛び出した。そしてその村人の前に立ちはだかり、
「そ、その鉈を見せてくれ!」
と叫んだものだから、村人はびっくりした。すぐそばに村長と仁がいるのに気付き、助けを求める。
「そ、村長ー!」
その声を聞きつけた仁、リシア、そして村長ギーベック。
「……グロリアさん……」
仁とリシアは相変わらずのグロリアに少し呆れつつも、村人……ジェフにアドバイス。
「なんだかすみません。あの、悪い人じゃないので、ちょっとだけその鉈を見せて上げてくださいませんか?」
「へ? はい……」
一応顔見知りであるリシアにそう言われたジェフは、手にしていた鉈をグロリアに差し出した。
それを受け取ったグロリアは、鉈の刃がアダマンタイトでできているのを見て驚く。
「な、これは! 刃の部分だけだが、アダマンタイト製だと!」
その鉈は、昨年仁が、カイナ村の非常事態ということで作った1つであった。
「このようなアダマンタイトの使い方が……!」
グロリアのテンションが高まっていく。
「ジン殿! 私は1週間ほどトカ村に留まります。その間に是非! こういった『剣』を作って下さい!」
「……はあ」
リシアと仁は苦笑し、同時に溜め息を吐いた。
仁は変わらないグロリアの性格に。
そしてリシアは、『トカ村を運営するに当たって、領地経営の先輩であるジンさんにいろいろ教えていただきたいんですが……』、というお願いをするタイミングがなかなか来ないことに。
夏の夕暮れ、カイナ村の空には色づき始めた雲が1つ浮かんでいた。
閑話を挟んで13章、終了です。まもなく新章スタート!
お読みいただきありがとうございます。
20140513 15時38分 表記修正
(旧)凄く役に立ちました
(新)凄く助かりました
(旧)馬も新しく飼った
(新)新しい馬を手に入れた
(旧)どうせ今夜は泊まっていく
(新)もう夕方だし、今夜は泊まっていく
20140513 22時00分 表記修正
(旧)診療所、ということは診療する場所なのだろうが、診療とは?
(新)診療所、とはどういう場所なのです?
20140514 11時26分 表記修正
本文2行目に、
『意外な質問に仁の目が泳いだ。』を追加。
(旧)雰囲気を変えるという意味
(新)場の雰囲気を変えるという意味
20200420 修正
ゴーレム馬の数え方を『台』から『体』に。(2箇所)




