13-30 常識外れ
「なんというか……これはまいったな……」
イナド鉱山から這い出してきた巨大百足は最初の5匹ほどの大きさはなく、大きくてもせいぜい体長10メートル、体幅1メートル未満。
だがその数が半端無い。優に100匹は超えているだろう。
「さて、どうしたものか」
「ジン、そんな悠長なことをいっている時じゃないぞ!」
「サキ姉、落ち着いて。慌てたからといっていい対策を思いつくものでも、ない」
「う……それはそうだけど」
「ジン兄を見て。冷静に対策を考えてる。さすが」
エルザに褒められた仁であるが、その外見とは裏腹に、内心は焦りまくりであった。
(魔法剣はもう使えないし……あれだけ小さいと魔力砲も相性が悪いしな……ん? 小さい?)
と、ここで仁は思いついたことが。
「試してみるしかないな……。礼子、桃花……いや、超高速振動剣を受け取れ!」
もしもの時にと思い、持って来た超高速振動剣。仁は三度ペガサス1から剣を投下し、礼子はそれを受け取った。
「礼子、そいつで切れるかどうか、確かめてくれ!」
既知世界で最も硬い金属、マギ・アダマンタイトの剣。魔力砲で打ち出されたアダマンタイト製の砲弾が貫く事が出来たのだから、切断することもできるはずだ。
そしてそれは間違いなかった。
仁たちが見守る中、礼子は見事に巨大百足を両断したのである。切断面から体液が噴き出す。礼子は機敏にそれを躱した。
小さい分、噴き出す量も少ないのでなんとかなったのだ。
「よし、これで助かった!」
仁は老君を呼び出し、陸軍ゴーレム50体に、超高速振動剣を持たせ、転送するように指示したのである。
『承りました』
言葉少なに拝命した老君は、5分と経たないうちに50体の陸軍ゴーレムを送り込んできた。
「よし、ランド隊、出力全開だ! できるだけ短時間にそいつらを細切れにしろ! 一度斬ったらすぐに障壁結界を展開。体液にはできるだけ触れるなよ?」
仁の指示が出ると、送り込まれてきたランド51から100の陸軍ゴーレムは行動を開始した。
礼子も加わり、そこに繰り広げられたのは一言で言って混沌。二言でいうなら一方的な蹂躙。
切り口を焼けないため、体液がそこらじゅうに撒き散らされて白煙を上げている。ランドたちは体液に触れないよう機敏に立ち回り、障壁結界を張り、そしてまた切り刻んでいる。
それでもこれだけの数の巨大百足を相手にしている以上、多少の被害は受けてしまうもの。
無傷で斬りまくっているのは礼子だけであった。
約1時間後。
合計129匹の小型巨大百足を細切れにして、この殲滅戦は終了した。50体の陸軍ゴーレムの大半は身体のあちこちを溶かされてしまったが、動けなくなったものはいない。
「……今度こそ、終わったのか?」
イナド鉱山の坑道内をランド91から100までの10体に命じ、調査させることにした。
待つ事10分、報告が入る。
「『ご主人様、坑道の最奥部に到達しました。巨大百足は一匹も見あたりません。殲滅できたようです』」
「そうか、ご苦労。一通り調べたら戻って来い」
仁も肩の力を抜いた。
気が付けば、もうすっかり夜となり、空には月が昇っていた。おおよそ8時と言ったところか。
「ジン兄、お疲れ様」
「ジン、なかなか手強かったね……ボクはもう駄目かと思ったよ……まあ、ボクらは空中だから、すぐにどうこうというわけじゃないんだが、なんというか、ね」
「……絶望感?」
適切な言葉を探すサキに、エルザが助け船を出した。
「そう、それだ! 絶望感。人間ではどうしようもない相手に対する畏怖というか、ね」
緊張から解放された反動か、今のサキは口が軽い。
「それをこうして何とかしてしまうジン、君は大概だね……さすが魔法工学師だよ!」
「いや、今回は俺も焦った。俺もまだまだだなあ、と思い知らされた。あんな魔物がいるなんてなあ……」
レーザー砲で対処できないとは仁も思っていなかったのである。
確かに、光である以上反射するという防御方法がある。仁は、光を反射する結界を作れないか、などと考えた。
「魔力砲も今一つ使い勝手が悪いしなあ……」
要は、近接・中距離戦用の武器が貧弱だと言えばいいだろうか。
これに関してはプラズマソードを実用化するつもりはある。
「あー、魔力爆弾があったら……いや、周辺への被害が大きいか。……ん? それならバリアを張れば……いや、広範囲にそれはちょっと……だけど……」
仁が思索に耽りだしたのを見て、エルザとサキは口を噤んだ。特にエルザは、こういう時の仁は、得てして突拍子もないアイデアを閃くらしいと薄々感じている。
そしてその期待通り、
「できるかもしれない!」
仁は何かを思いついたようである。
「タイタン2体から半球状の結界を同一目標に向けて放射するんだ。半球が2つ合わされば球状になる。その球状結界に相手を閉じ込めることができる。その中に魔力爆弾を転送機で送り込んだら……!」
一見エルザに話しかけているようでもあるが、そうではない。口に出すことで、再確認しているのである。
だがそばで聞いていたエルザはその原理を理解し、さすが仁、と感心していた。そして魔素通信機を通じて聞いていた老君はさっそく詳細検討に入るのであった。
そんな時、またしても緊急連絡が入る。
「『ご主人様、坑道が崩れそうです』」
「なに? 調査中止! 全員急いで戻れ!」
地盤が脆くなっていたのか、それとも巨大百足が出てきた反動か。仁は地下に向かったランドたちを大急ぎで帰還させた。
仁の命令に忠実なランドたちは脇目もふらずに地上を目指す。その際、見慣れない魔導具らしきものに気が付いたが、仁の指示を優先したため、確認する事はなかった。
もし確認していれば、とある新事実がわかったかも知れないのだが、そうしていたら半数のランドは埋もれてしまったかもしれない。
地下の魔導具を確認できなかったことは良かったのか悪かったのか。それは誰にもわからないが、その魔導具を回収していたら、この先には違った運命が待ち受けていただろうか。
ランドたちが地上に出て数秒後、坑道が崩れ、イナド鉱山は廃鉱となったのである。
「よし、全員無事だったな」
今度こそ終わりだろう、と仁も力を抜いた。
イナド鉱山周辺は荒れてしまっていた。立木は折れ、大小の岩が散乱し、所々穴が穿たれている。
おまけに巨大百足の細片が散らばり、体液の影響もあって白煙を上げているところもあった。
「……後片付けが大変だな」
まあそれはクライン王国にやってもらうことにしよう、と仁は確認のためペガサス1を移動させた。
「あー……こっちは素材になるかな?」
礼子が光の剣でばらばらにしたものは断面がその途方もない熱で焼き付いており、体液なども噴き出してはいない。
仁は老君に言って回収させることにする。同時に、破壊された汎用ゴーレムも回収させる。
『帰還用の転移門を積んだコンドル3を派遣しました』
その言葉通り、大型輸送機コンドル3が転送されてきた。
「ふう、ジン、君はいったい何機、飛行機だっけ? ……を持っているんだい?」
サキが溜め息を吐きながら言う。
「まあ今度、ゆっくりとな」
「ああ、そう願いたいね。まあジンとの付き合いはこれからだ。お手柔らかに頼むよ」
疲れたような笑いを浮かべるサキ。
「サキ姉、ジン兄との付き合い方、よく考えないと」
「え!?」
「それは、付き合うな、という意味かい?」
聞きようによっては酷いセリフである。
「……というかそうとしか聞こえないんだが」
わざと悲しそうな顔をする仁。
「……エルザにそんな風に思われていたなんてな……」
「あ、いえ、そうじゃ、なくて、その」
俯いた仁を見て、エルザは慌てる。
「ち、違うの。ほら、ジン兄は、常識がない、じゃなくて、常識外れだから」
「……エルザ、ボクが聞いてもそれって酷いと思うぞ」
「う、あ、あ……」
エルザは赤くなったり青くなったり。
「ち、ちが……」
エルザは既に涙目。それに気付いた仁とサキは慌てる。
「エ、エルザ、わかったわかった」
「悪かった悪かった。言いたいことはわかってるから」
「……」
「ボクとしては、なんかエルザの反応が可愛くて、つい」
サキがエルザの頭を撫でながら言った。
「……しらない」
ぷいっ、と横を向くエルザ。
「くふ、エルザのそんな顔も初めて見るよ。エルザ、本当に可愛くなったなあ」
「……サキ姉の、ばか」
ペガサス1の中は平和であった。
お読みいただきありがとうございます。
20140507 22時55分 表記修正
(旧)転移門を積んだコンドル1を派遣
(新)転移門を積んだコンドル3を派遣
転移門積んでいるのはコンドル3でした。




