02-05 改良、改善
「ここがあたしの工房よ。小さいけどね」
ビーナに案内されてやってきた工房。そこは、ブルーランドの郊外というかかなり離れた所にあった。ビーナの言うところでは、
「都市の中? あそこは金持ちと貴族しか住んでないわよ。一般庶民はみんな城壁の外」
だそうだ。仁はここにも政治の腐敗を感じるが、自分とは無縁だと、考えるのをやめた。
ビーナの工房は広さ10畳くらい。個人の工房とすれば普通だろう。が、置いてある道具・工具類が少なかった。
「それより、弟と妹は?」
病気だという弟妹が気になる仁。
「住まいはこの後ろ。気にしなくていいわよ」
「そうもいかないだろ。一応容態を見せてくれないか」
そう言って粘る仁にビーナは、
「あんた、病気のことわかるの?」
「常識的なことくらいならわかる」
「そ、そうなの? じゃあ、念のため診て貰おうかしら」
それで、工房の裏手にある家へと向かった。家といっても掘っ立て小屋に近い。
「工房にお金使っちゃったからね」
少し恥ずかしげなビーナだった。
「ナナ、ラルド、具合はどう?」
家に入り、2人が横たわる部屋のドアを開けたビーナは弟妹に声を掛ける。
「おねえちゃん、今日は早いね」
妹のナナ。12歳くらい、ビーナと同じ赤毛。
「うん、だいじょうぶ。いつもとおなじ」
そう答えたのが弟のラルド。やはり12歳くらい。こちらは茶色の髪。2人とも痩せこけている。
「そのひとは?」
ビーナの後ろにいる仁に気が付いたナナが尋ねた。仁は自己紹介する。
「俺は仁。ビーナの知り合いで、工房の手伝いをしてるんだ」
そう言うとラルドが、
「そうなの? おねえちゃんの先生って有名な魔法工作士なんだって。だからおねえちゃんもすごい魔法工作士なんだよ!」
自慢そうに言うので、
「ああ、そうだよな。俺もいろいろ勉強になるよ」
仁がそう言った時、部屋の外にいた礼子の顔が引き攣ったようだった。
* * *
家から工房に戻った仁。
「で? 2人の病気、なんだかわかる?」
怠そうな様子、歯茎からの出血から、仁は壊血病ではないかと当たりを付けていたが、確信が無いので、
「うーん、思い当たることはあるんだが、自信がない」
と答えるに留めた。
「そう、やっぱりね。そっちは期待してなかったからいいけど」
そう言ってビーナは弟妹の昼食にスープを温めに行った。
この機に仁は礼子に指示を出すことにする。
「礼子、急いで研究所に戻って、魔石を探してきてくれ。それから、桃みたいなあの実をたくさん持ってきて欲しい」
「でも、それではお父さまがおひとりに」
そう心配する礼子に、
「大丈夫さ。ここに危険があると思えないし、急いで行って帰ってきてくれれば」
「はい、わかりました。大急ぎで行ってまいります。くれぐれも危ないことをなさいませんように」
そう言って礼子は風のように姿を消した。そこにビーナが戻ってくる。
「あれ、ひとり? レーコは?」
「ああ、礼子にはちょっと用事を頼んだ。じき戻ってくるだろ。それより、始めようぜ」
「ふうん? まあいいけどね。じゃあ、そこに掛けて」
厚い木で出来た作業台を挟んで椅子に腰を下ろす2人。
「それじゃあ、なにからいこうか? ビーナに任せるよ」
仁がそう言うと、
「そうね、それじゃこれ見てくれる?」
ビーナが作業台に置いたのはランプ。どこの家でも使っているようなありふれたものだ。
「魔導ランプ、か」
「これって、先生の所で最初に作り方教わるのよ。それって基本だってことよね? だから見て欲しい」
「わかった」
手にとって眺める仁。魔石の魔力を、魔導基板に刻んだ魔導式で光に変換するもの。基本的に魔石は何属性でもかまわない。
「うーん、筐体の作りが甘い。魔導式が雑だから変換効率が悪い」
「さっきも魔導式が杜撰とか言ってたわよね。じゃあお手本見せてよ」
ここで実力を見せておけば、この先素直に意見を聞いてくれるだろうと、仁は思った。
「魔導式を書き込む魔導基板の替えは?……ああ、それでいい」
魔石に接触させて魔法を発動させる、いわば触媒の役目を果たす魔導基板。それに仁は魔導式を刻んでみせる。
「魔力吸引、魔力貯留、魔力安定化、魔力変換、魔力発動」
「ちょ、ちょっと待ってよ。『魔力貯留』『魔力安定化』って何? そんなの習わなかったわよ?」
魔導基板に式を刻み終わった仁はビーナに見せながら、
「魔石の魔力って、純粋じゃないから、揺らぎが大きいんだ。だから吸引してすぐに光に変換するとちらちらしちまう」
仁の説明に、ビーナは思うことがあったらしく、
「ああ、確かに、明かりってちらつくわよね。それってそんな理由だったの?」
「そうさ。試しにこの魔導基板と交換して光らせてみな」
そこでビーナは、仁が刻んだ魔導基板をセットし、ランプを起動させる。
「灯れ」
するとランプは明るく灯る。しばらくそれを見ていたビーナは、
「消えろ」
ランプを消し、仁に向き直って、
「確かに、ちらつきがないし、明るくなったみたい。あんた、口だけじゃなかったのね」
苦笑した仁は更に、
「売り物にしようって言うんなら、筐体も少しは凝らなきゃ駄目だろう。有名な魔法工作士の作ならともかく、まだ無名の新人だったら人目を惹くような物にしないと」
「なるほどね……」
今度は素直に聞く気になったようだ。ここぞと仁は、
「他の物もそうだ。思いつきで作ったように見受けられるが、これだって有名な魔法工作士だったらお客はわれ先にと買いに来るだろうけど、そうじゃなかったら、まずお客が何を欲しがっているか考えて作らなくちゃ」
「確かに……。あんた、ジン、すごいわね」
商売の心得とも言えない程度のことだが、ビーナには新鮮だったらしい。真剣に考え始めた。そして、別の魔導具を取り出し、仁に見せる。
「それじゃあ、こっちは結界発生の魔導具なんだけど」
「うん」
手にとって調べていた仁だが、突然その手が止まり、顔をしかめる。
「……」
「何?」
「これ、何に使うんだ?」
「結界を張るのよ」
「それはわかる。何に対して、何に対する結界を張るんだ?」
「え?」
仁の質問に答えられないビーナ。
「はあ……。やっぱり考え無しに作ったんだな。その様子じゃ、試してみてもいないだろう?」
「え、ええ。それは1番新しい作だから」
そう答えたビーナに仁は手にした結界発生の魔導具から魔導基板を取り出し、
「ここの式だけど、これだと、発生する結界はいろいろなものを防ぐよな?」
「ええそうよ。打撃、水、火、雷、風」
そこで仁は、
「それだ。いいか、それだけのものを防ぐ結界は確かにすごい。だけど、この魔石を使うんだと、大きな結界は張れないだろ?」
「まあね。荷物に張る様な使い方になるわよね」
「そこで問題が出る。中に人が入れない結界だから、1度発生させたら、魔石の魔力が尽きるまで解除できない」
「ええ? ほんとだ、気が付かなかった……」
仁の指摘はまだまだ続く。
仁は弟妹の病気についてわかったようですが、今は確信が無いので黙っています。代わりに果物を取りに行かせてます。
また、結界の特性で、打撃と風を防ぐということは空気の振動を通さない、つまり音が通らないから結界解除の声が届かないんです。




